転校生

 気温も徐々に上がり、セミの鳴き声がちらほらと聞こえてきた6月頃、何とも言えないその時期に転校生たる彼は県立船山高校に転校してきた。

赤井小葉あかいこのはと言います。どうぞ、よろしく!」

 端的且つ明確に自己紹介を終わらした少年、いや青年とも言うべきその転校生は、一つお辞儀をすると一瞬にして教室をざわつかせた。

 しかし、それは異端を見る目、などではなく、その青年の美しいまでの白い髪、タレ目のクール顔に教室の全員、特に女子共を見とらせたのが所以だった。

 もちろん、その日彼は言うまでもなく、注目の的になり、質問攻めにあったのは間違いない。

 そして、あまりの親しみやすさから次の日にはクラスに馴染んでいたのだった。



 #####



「定時報告:無事、県立船山高校に転校が完了しました。これより、実地調査に入ります」

「Y:こちら、了解した。健闘を祈る。切断オフ



 #####



 赤井小葉が船山高校に転校してきて一週間が過ぎた。

 教室は相変わらず、というかいまだに白狼の転校生(小葉の異名)の話題で盛り上がっている。

「でよー小葉……」

「でねー小葉くん……」

 というより、小葉の取り合いで男子陣営と女子陣営が殺気だっていた。まさに、東(男)の青龍と西(女)の白虎である。

「ははは、皆落ち着いて、落ち着いて」

 小葉は乾いた笑みを浮かべて、両陣営の間をどうにか持とうとする。

 しかし、その一言が火に油を注ぐ形となり、戦いの火蓋が今まさに切って落とされる寸前にまで至ってしまった。

「はは……ははは」

 喧騒に包まれる教室。ついにはお手上げだと諦めたのか、この場は自分がどうにかしなくてはならないと彼は悟った。

「あ、そういえばさっき先生に一時間目が始まる前に資料室まで来いって言われていたんだっけ」

 わざとらしくもなく、自然に思い出した感じで話した小葉は、たちまち席を立つと「じゃあ、ちょっと行ってくる」と言って、走って教室を出ていった。

 残ったのは、彼の真意を悟った両陣営と一時間目開始10分前というあまりにも浅はかな現実だけである。



 ♪♪♪♪♪



 言動とは裏腹に近場のトイレへ向かう小葉。言うまでも無いことだが、彼は規則をきっちりと守るタイプであるらしく、廊下に出た瞬間に走るのを止めて普通に歩いていた。そういうところが彼の持ち味でもあるのだが、逆に詰めが甘い部分でもあるのだ。自分の善行を些細なことで帳消しにしていることを本人は自覚していない。

 廊下を渡る小葉を「どうしたんだ」という目で見る教師陣。薄々本人も「あれ、まずいかも」と気づき始め、トイレに向かう道の途中から、回れ右をして今来た道を引き返している。

 時折、空き教室からちらっと見える時計が一時間目開始までのタイムリミットを教えてくれた。先ほど通った空き教室の時計の針はちょうど8時49分。開始まで残り一分だ。幸い、今彼がいる場所から教室まではそう遠くない。なんら、ハプニングが無ければギリギリ始業に間に合うだろう。

 小葉は曲がり角を曲がり、自身の教室の番号札を目視した。

 そして、にした。

 自分と反対方向から歩いてくる少女の姿を。

 真新しい、ほとんど使っていないように見える船山高校の制服に身を包み、正面、何か遠い所しか見ていない眼を黒縁眼鏡で覆う美しい少女。

 黒く艶やかな髪に所々混じった銀色は見ている者を引き寄せ、パンティストッキングによって魅せられるスラリと伸びた足は格別だった。

 かといって、小葉には見惚れているような時間は無い。彼は彼女をすれ違い様にちらりと横目で一瞥すると、そのまま教室へと向かっていった。

「……」

 少女は立ち止まり、その眼光で少し後ろを振り返った。



 %%%%%



 その日の放課後、小葉は教室のクラスメイトに近場のカラオケに誘われたが「ちょっと調べものがあるから先に行ってて、もしくは行けないかも」と言い残し、図書室へ向かった。

 図書室は小葉の教室である2年C組、本館三階から一つ降りた二階の別館との渡り廊下を右に曲がった一番奥にある。多少、本好きの人間にとっては教室からの道のりが長く不便だという声も上がるが、本館のそれぞれの教室に遅くまで残ってワイワイ騒ぐ者たちの盛声が聞こえなくなり、集中して読めるのが味だった。

 ガラガラ......

 小葉は図書室のドアを開けると、真っ先に本を貸出するカウンターへと向かった。

 その時、静寂に包まれた密閉空間に入ってくる人物は一瞬だけ必ず全員に注目を浴びさせられるのが世の理的なものなのだが、彼は一回目こそは驚いたものの二回目からはそういうものなのだと理解し、今回もまったく気にしていなかった。そこに自身が白髪だからという最もな理由は加わっていなかったりする。

「あら、あかは君。お久しぶり、元気してたぁ?」

 カウンター越しから読者が気にならないような声の大きさで話しかけてきた一人の女子生徒がいた。否、一介の女子生徒に見えるその人、実は全ての本の内容を把握した図書室の番ブックマス......

「お久しぶりって......伊織いおり先輩、昨日初めて会ってまだ一日も経っていませんよね?」

 西城伊織さいじょういおりは、図書委員の委員長を務める小葉の一個上の先輩、船山高校の三年生だ。おっとりとしたなかに根ずく彼女のユーモアさは一種の天然に近いものだが、本気なのか冗談なのかを突き詰めるのは以外にも難しい人である。

「で、あかは君、用事はあの本なの?」

「話をいきなり本題に修正しないで下さい。まあ、用事はその本なんですけど......」

 この人との会話は疲れる。そう本心から彼は感じていた。

 実は小葉がこの図書室を訪れたのは転校してきてから、今回で4回目だったりする。

 彼が伊織先輩と出会ったのはその三回目、つい昨日の放課後のこと。白髪ということで図書室に入ったとたん注目を浴びたが本人は別の解釈をしているので気にもせず、一、二回目の予鈴という失敗を糧に誰かに聞いてみようと真っ先にカウンターへ向かった。

 その時に応対してくれたのが、伊織先輩である。しかしながら、彼のお目当ての本は結局見つからなかったので「一日待って」という彼女の言葉に従い、今日また小葉はこの図書室を訪れたというわけだった。

「で、ありましたか?」

 小葉の探している本は少々特殊な物で、裏で図書室の番人ブックマスターと呼ばれている伊織先輩ですら見つからないとなれば、後は委員会の先生しか頼みの綱が無かった。しかし、

「ごめんなさいね、松島先生に聞いてみたのだけれど、そんな本は聞いたこと無いって、知識が足りなくてすまないって言ってたの」

「そうでしたか……」

 小葉は少ししゅんとした態度をとり「じゃあ、しょうがないですね」と独りこぼした。

「でもね、あそこならあるかもって松島先生が言ってたよ」

「それ、どこですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る