第17話監禁

監禁されてからは20年になる。18のなつだった。あのころはまだ、夏がすきだった・・・。夏のにおいがして・・・あさの匂いがして、電車のにおいがすき、新しい部屋のにおいが、すき。匂いにも、光りにも、なににも敏感だった。あれから、20年38だ。   神様はよく、感謝しなさいと言われる。20年塀のなかにあっても、毎日の出される食事に、毎日の労働に、毎日の規則と規律に、感謝すること、できるであろう、囚人にさえ。・・・・ただ・・・・・神に問う・・・なんの罪なく、有罪であるものから、人生を奪われて・・・・、誰に感謝を?・・・・・・。生きていることにか?息をしていることにか?かろうじて・・・している息。            20年コンクリートの箱のなかにいると、五感の感度はにぶくなる。においにも、ひかりにも、おとにも。時間の感覚にも感情にも、にぶくなる。するどくなるものもある。犯人への怒りだ。やり場のないいかりはコンクリートに反射しては、自分にかえってきた。見えない敵を、目の前にひきづり出したい。そんな思いだ。            神様に感謝を?神様は、酷だ。つながれているチェーンの手かせから、手をはずそうとして、左手は、折れている。折れたまま、何年も経過し、そのままの形にかたまっている。左手は、チェーンから外れた。なんの意味もなかった。痛みしか、得られなかった。犯人の顔を、見たことがない。前の彼女はクリスチャンだった。祈れば救われる・・・・。彼女はいつも、言っていた・・・・。彼女の記憶だけが、この20年のささえだ。祈れば救われるって・・・・・・本当か?すぐに救急車がきて、すぐに警察がきてくれて、すぐに解放されるか?暖かい毛布でくるまれる、日を、待って20年。おそすぎる救出。         もしこの場に彼女がいたなら、彼女はこう言ったにちがいない。神は、あなたのそばにいます。コンクリートのはこのなかで、神はあなたに、静寂を与えました。あなたは、餓えを経験したことで、感謝を感じること、できるはず。とでも。彼女は、ピュアだった。そのピュアさゆえに、周りとは摩擦というのか、壁というのか、距離がしょうじていた・・・・そんな彼女になぜ、じぶんだけ、その彼女のかべをこえ、距離をこえ、摩擦を一切クリアしたのか・・・・・こんなピュアさのかけらもない俺が。笑みがひろがる。      高校の3年間つきあっていた。彼女は女子高で、ひとつ下だった。このまま暗い部屋のなかで死ぬんだ・・・・。そう分かっても、なすすべがない。怒りを抱けど、それをぶつける相手の姿がない。怒りは、生きるための、自分が生きているという、証明の炎かも、知れない。ただ、自分をこうした犯人が、実在すること、それだけは、間違いなかった。その人物が地球上のどこかにいることを、自分に再確認させるため、動くひだり腕で、コンクリートの壁に、チョークのように塗料がわりになる石で、そのじんぶつをかべに書いた。 書いたといっても、人のかたちをした、ひと形だ。顔やはっきりしたシルエットは、できない。石をもつ手は、やっと小石がつかめる程度だ。20年間、書いては消し、書いては消し また書いた 。かかずにはいられない・・・・・。となりには、彼女も書いた。結婚しただろうか。もし、自由だったら。彼女は、自分のために祈ってくれたはずだ。それなのに、救いはこなかった。かべに書いた彼女は、下手な絵であるのに、自分をなごませた。ならんでいる・・・・・・。犯人の絵と、彼女の絵・・・・・。並べたくなくて、その間に、仕切りを書く。ずっとずっと・・・・そのふたつのシルエットをながめていると、つたない絵であるため、どっちが、どっちであるか、分からなくなっていった・・・。そして、どちらが、どちらへ対する感情であるのかも、脳のなかで交錯し、まじりあっていった・・・・   ぼくのことなんか忘れてだれかと結婚している・・・・・祈りなんか、通じないじゃないか いかりはその対象を、犯人から彼女に移して・・・・・。彼女への愛情は、犯人への気持ちのなかに、まじって・・・・・・。許してくれ、俺が何かしたのか、俺に何を伝えたいんだ。彼女と犯人のシルエットは、いつの間にか、重なって、混同していった・・・・。

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