第7話出会い

実はここに来るのは初めてじゃ、なかった。10年か20年ちかく前かもしれない。やはり、電話の相手に、言った。『辞めます』と。一週間で辞めた。その時の相手と、同じ人とは断定できないが。とてもやさしかったこと、おぼえている。きっと同じ人だ。電話をかけて、『どうしたん?』 と、聞かれたとき・・・辞めます以外の、言葉がないか、探した。辞めますと言ったあとも、迷惑そうなそぶりひとつ、されなかった。理由をひつこく聞かれたり、困惑されたり、めんどくさそうにされたり、されなかった。       高速道路から、光る塔がみえた。こんなとこに住めたらな。バスの中で、思ってた。今からきっと、約18年前だ。        その18年間に女の子がしたことは、保険の営業、遺跡の発掘、服屋の店員にパン屋さん、旅館に、レストランに、結婚式場での、アルバイト。クリスマスに、クリスマスケーキ工場で、見たことないほどの、クリスマスケーキを作ったアルバイトが、いちばん、おもしろかった。他にも、病院の清掃業に、銭湯の番台、精密機器の製造に、訪問介護。  その18年間に、きれいなこころを なくした。できるなら、18年前にもどって、あの天使のようだった自分を、彼のうでの中へ。そしたら、18年間泣かなかったろう。 100㎞もの通勤時間は、その18年という月日を、もどったり、移動したり、また進んだりした。いったりきたり、するうち、無くしてた18年前の、自分は、そこにいた・・・。  置いてきたはずのゾンビは、バスに乗っていて、こちらにも連れてきた。ウィルスみたいなもので、そのウィルスが自分のなかにあるのだから。そのゾンビは、彼と、自分を、襲った。                 18年前に、電話をしたあの日が、スタートだったのだろう。それなら、まちがいなくここは、18年間探したゴールだった。探していた彼には会えた。18年前の電話のあいて。その運命の彼とも、すれ違い、女の子にはもう、他にどこにも、ゆくとこがなかった。女の子を、待っている街は、ほかには、どこにも、ない。女の子を、待っている人は、他にはいなかった。幸い、世界はもうすぐ、終わる。それは、さいわい、だった。世界の終わりは、それは、すなわち、女の子の悪夢の終わりである。そして、人生の。不思議と、恐れははなかった。愛する人に触れられなかったのに・・・。愛する人が、触れることが、なかったのに・・・。それは、彼の責任ではなかった。彼は、彼なりに愛してた・・・・。知っている・・・・。女の子は、バカじゃない。彼が、仕事のはなしをしているのか、それとも、伝えたいのは、仕事のはなしじゃないのか、それくらい、分かる。    でも、ふたりの間には、透明な壁があった。陸と陸との、あいだにはそこが見えない崖があった。結局、女の子は迷路から 出ることは なかった・・・・。そして、女の子の透明なかべからはもう、彼は見えなかった。  女の子は、ないしん ほっと していた こんな動きまわって、汗だくになり、やつれて、どろだらけの自分のところに、来てほしく、・・・なかった。もしも、まんがいち この同じ、迷路のなかで、わたしを見つけてくれたと、しても、・・・出られなかった。   出口をさがして、こんどは、ふたりで、飢えるのだろうか。・・・・いや、・・・それでも、かまわないから どろだらけでも、かまわないなら、1度だけ、彼のぬくもりを 知りたい・・・・  18年間の冷たい冷たい、コンクリートは、自分の体温ではね返る熱以外、人を感じさせなかった。           ただ、彼は背後にいる・・・。彼は、うしろにいる。探さなくても・・・、逃げなくても・・・ 追いかけなくても・・・・。はじめから。  ただ、感じるだけで、いい。はじめから。  あみは、もう5年以上日本語でテレビを見ていない。彼女のひとりごとは、ときおり、英語である。『It hehind you』そう、自分の口から、自分の意思ではなく、出た・・・。  繰り返されることばに、気がつき、意味をかんがえる。うしろに? いる?      彼は、後ろにいる。いつでも、きみのそばに・・・・。彼女はもう・・・・、自分のうしろにいるものを怖がらない。いつでも、彼といっしょだ。

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