第5話夢
何もない迷路の中で、あみは夢を見ていた。こんな物騒な場所で幸せなゆめを見ることさえ、気がひけた。しかし夢は、意に反して幸せな夢だった。高級なリゾートホテルにいる。外は雪がふっていて、山が広がっている。あみは背中を出して、窓のそとを見ている。彼の声がして・・・。 かれの手が、せなかのレースの肌着とこすれて、レースのない生身の背中にふれる。心地よい。かれがそばにいるんだな そう実感が、わく。あるはずの場所にあるべきものがあるような感覚だ。ないなら不自然だ。まったく自然に、彼の手が、自分のからだの一部のように感じる。ずっとまえから、そこにあったように・・・。 もう、なにもいらない。しあわせで、思考回路は停止している。そのとき、ホテルの部屋のチャイムがなる。チャイムは、あみが子供のころからのトラウマだ。でちゃいけない・・・・。出ないで・・・・。彼がドアのほうへ、向かっていく。彼のまえに立ちふさがり、『わたしが、出る』と、つぶやく。なかなか、ドアを開けられないでいると、ドアの向こう側から『ルームサービスです』と、こえがする。ルームサービス?頼んだ?彼に聞く。『い、いや・・・・』彼も困惑している。 すると、あみの後ろで、ドアの施錠が解除される音がする。彼も危険を感じたようだ。いっせいに、ドアと逆向きに逃げる。チェーンの音が、ドアをすごい力でこじあけようとするはずみで、ガシャガシャ鳴っている。 逃げなきゃ・・・逃げなきゃ・・・逃げなきゃ。そこで、いつも、目が覚める。恐怖のシーンをのぞけば、しあわせな夢だった。ずっと、このゆめの中にいたい・・。向こう岸に、彼の姿は、もういなくなった。きっとほかに、かわいい女の子でも、できたんだろう・・。わたしは、彼を責めない。けっして。これは、わたしの責任である。彼の責任じゃない。いいや、私の責任ですらない。この迷路の製作者の責任だ。ただ、あみには嬉しいニュースがある。もうすぐ、世界は終わることだ。世界が終わるなら、胸の痛みもおわる。すべて、終わるのだ。ずっとずっと、ずっと、走って生きてきた。自分のじんせいのゴールは、まちがいなく彼の胸だった。それなのに、今、そのゴールからもはぐれている。もう行くとこはなく、やはり出口はなかった。 ほんとうに、彼のことが好きだった。おっきな街にいて、体はちっちゃく、度量はすごくおおきく・・・。好きだった・・・。自分がすべて包み込まれるようで 海みたいなやさしさがあった。 でも愛せば愛しただけ、ここからは逃げられない。愛すことを、やめなければ・・・・。
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