第2話迷路

あみはもう5年ほど、人に会っていなかった。仕事もしているし、友達はいるし、街を歩けば、人と通りすぎる。それでも あみは、ひとに会えていなかったのである。会っているのは、自分ではない、自分の主人だ、とでも言うのか、会う人には、すべて、憑依していた。誰か分からないが、おそらく、自分をよく知っている、いつも同じ、特定の人物が。                  あみが、相談したよろずの、相談人の言葉が思いうかぶ。それは、進行する。それは、感染する。それは、隣の人や後ろの人の、頭の中と、自分の中を、いったりきたりする。 つまり、こういうことだ。自分に暴力を加えてくる周りの人と、その暴力を受け、爆発的な憎しみをかかえている自分と、その自分を助けようとしている、自分が愛した人とは、同一人物だ。一見矛盾する。このトリックのなかに、かれこれもう、5年もいる。ここから、脱出するには、このトリックをとく以外に 出口は、なかった。今日もまた、この出口のない、人には見えない、薄くすすだらけの、のっぺりしたコンクリートにはりめぐらせた、巨大迷路の何百回と通った、おなじ通りに、全身土ぼこりをかぶった、ところどころ、きり傷から出血している、エネルギーを一滴ものこらず、使いはたした、勇敢な女の子が、ぼう然と、壁にもたれかかり、しゃがみこんでいた。目の先には、透明になった、最後のそと側のかべから、自分の世界、この迷路の、そと側の景色が見えている。  断崖をはさんで、そこにある外側の景色の中の、陸地は、そこにまちがいなく、自分を探している、自分が愛している、自分を愛している彼が、存在していることは、確かだった。 いや、まてよ、その彼さえ、・・・憑依者かもしれない・・・。もう、そんなことは、どうでもよかった。おなじく、憑依している彼女はやはり、なに物をも見えず、なにも、口に入らず、ただ一心に、かれを見据えた。 彼女にとって、ホシである、彼を。

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