第3話

 不可視物管理課の最後の出勤の日、木下は課の皆に挨拶をしていた。


「短い間でしたが、今までありがとうございました。また時間が空いたら顔を出そうと思うので、その時は皆でご飯でも食べに行きましょう」


 最後の挨拶をし、木下はお辞儀をする。



「木下、何かあったらいつでも連絡していいからな? もし相談事があったら俺で良ければ相談に乗るし」


「ありがとうございます梶原さん。心細くなったりしたら連絡します」


「おう! いつでも連絡してこい!」


 木下は不可視物管理課の男性職員である、梶原と別れの挨拶を交わす。


「あっあと高田課長の娘さんの実貫ちゃんに、課長が浮気してましたって伝えておいてださい」


「課長また浮気してたのか?」


「いえ。最近何かムカついたので虚偽の報告をしようと思って」


「了解。なんかテキトーな事でっち上げて報告しとくわ」


 理不尽に責め立てられようとしている高田。それを止めようともせず協力しようとする梶原。


「ねぇ君達。そういうやり取りって普通本人目の前にしてやらなくない? っていうか本人の目の前じゃなくてもやらないで? もうこの扱いにも慣れてきちゃってる自分が嫌なんだよ」


 そのやり取りを見ていた高田が、もはや諦めたように窘める。


「寂しくなるなぁ……」


 根本がしょんぼりしながら木下との別れを惜しむ。実は木下は、先日根本にファーストキスを奪われてからあまり話をしていない。なんとなく気恥ずかしかったのだ。


「あっ! そいえばこの前は家まで送ってくれたらしいね。ありがと木下! まぁ何も手出してくれてないっぽいのがちょっと不服だけど!」


(らしいね……?)


「根本さん。僕が家まで送った時、何したか覚えてます?」


「いやぁ実は全然記憶がなくてさぁ。全く覚えてないんだよねぇ」


(この人僕のファーストキス奪っておいて何も覚えないの!?)


 納得が行かない木下は根本のせいではないと分かりつつも、腹が立っていた。


「……しばらく根本さんとは口聞きません」


「なんで!? なんで別れの日にそんなこと言うの!? 私何かした?」



 ツーンとした態度で根本に接する木下に、課の職員達は何かあったんだろうなぁと察し、空気を読んで何も言わずに木下を送り出した。


 *


 木下は埼玉県にある訓練場に向かっていた。

 まずは泊りがけで訓練を行うことから始めるとのことだった。


「丁種って、訓練して望まないといけないほど危険なんだな」


 電車で向かう途中でそんな事を考えていた。


 訓練場に着くと、他の部隊に編成される者も到着しているようで、入口の方に人だかりが出来ていた。

 その中には見覚えのある者を見つけることが出来た。


「やぁしばらくぶりだね。幹鷹……だっけ?」


「こんにちわハルちゃん!」


 居合わせた人物は説明会の際に隣に座っていた、深見料だった。


「ハルちゃんて何? なんで一回しか会った事ないのにそんな馴れ馴れしいの?」


「んーごめん! こういう知らない人ばっかりの所で知ってる人見つけると、急に安心するというかテンション上がっちゃって……」


 照れくさそうにする木下に、深見は少し呆れた態度を取りながら答える。


「まぁ分からなくもないけどね。私もこの中に知り合いってあんたしかいないし。ちょっとほっとしたってのはあるよ」


「そっか良かった! じゃあこれからはよろしくね料ちゃん!」


「ちゃんづけはやめろ……その呼び方恥ずかしいんだよ」


 少し顔を赤くしながら、怒っているのか恥ずかしがっているのか語気を強める深見。


「それじゃずっとここに留まっているわけにもいかないし、中に入って準備しようか」


 木下と深見の二人は、訓練場の中に入ってこれから始まる説明と訓練の準備をしはじめた。


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