第2話
「課長、ただいま戻りました」
説明会が終わり、不可視物管理課の事務所に戻ってきた木下。
「おかえり木下君。どうだったかな?」
「はい。内容を聞いて決めました。新しい部署に異動を希望します」
淀みなく言い切る木下。その答えを聞いて高田が答える。
「そうか……寂しくなるね。手続きはこっちでやっておくから、自分の荷物の整理をお願いね? あと早めに送別会の日取りを決めなきゃ」
「はい……ありがとうございます!」
高田が不可視物管理課の事務所にいる職員に向けて声をかけた。
「皆ー! 木下君が他部署に異動することになったよー」
「えぇ!? 木下いなくなっちゃうの!?」
木下の異動を聞かされ、眼鏡をかけた女性職員が声を上げた。
「そしたらもう木下にセクハラ出来なくなっちゃうじゃん! やだ!」
「いやそんな理由ですか根本さん! っていうかセクハラしてる自覚あったんですね」
別れを惜しんでくれるのは嬉しいが、理由がそういったものではと、がっかりしてしまう木下。
「えぇーでも嫌じゃなかったでしょう? 体は正直というか」
「嫌でしたーテキトーなこと言わないでください」
「え? でも新機能説明会の時……」
「あーっ!! その話はやめてください!」
その話を聞いていた、少し背の低い女性職員が木下に声をかけた。
「そっかぁ幹鷹いなくなっちゃうのかぁ……寂しくなるね」
「相馬さん……」
素直に寂しそうな態度をとる相馬に、嬉しくなる木下。
「まぁ二度と会えなくなるわけじゃないですし、たまに不可視物管理課に顔出しに来ますよ! また飲みに誘ってください!」
「うん! その時はとことん付き合ってもらうからね!」
笑いあう二人に、少し離れたところで業務用のパソコンで報告書を作っていたらしい男性職員が高田に声をかけた。
「課長。送別会の日程なんですが、明日なんてどうでしょう? ちょっと早いですが明日は金曜ですし、他の職員が戻ってきたら予定を聞いてみましょう」
「ひっ……そ、そうだね加藤君。他の皆も戻ってきたら聞いてみて、店に予約を入れようか……」
何故か加藤に声をかけられておびえる高田。必要以上に加藤を怖がっているように見える。
「また……体を鍛えている話、聞かせてくださいね」
「ま、まぁ話だけなら……」
話が一旦まとまり、その日の業務に戻る不可視物管理課の職員達。そしてその日は過ぎて行った。
~翌日~
送別会が終わり、木下はべろんべろんに酔っぱらった根本を、根本が借りているアパートまで送り届けていた。
「ほら根本さん。もうすぐだから頑張って歩いて」
タクシーで家の前まで送ってもらってから、肩を貸して歩かせる木下。
「んんー無理。木下おぶってぇ……」
「はぁ。しょうがないですねぇ」
仕方なく根本を背負い歩き出す木下。
「げっ! このアパートエレベーターとか付いてないんだ!?」
その三階建てのアパートは、殆んどのアパートに付いているようなエレベーターが設置されている様子がなかった。
「根本さん。何号室ですか?」
「んぅ……301号室ぅ」
「うわぁ最上階か。地味にきついなぁ」
仕方なく階段を上り始める木下。だがその時不味いことに気づく
(階段上るたびに根本さんの胸が背中に当たって、押し付けられて感触がやばい……早く部屋まで送り届けて帰ろう)
理性を保てるか不安になってきた木下は、急いで階段を上る。何とか301号室の前までたどり着き、根本から鍵を預かり部屋に入った。
「ほら根本さん。着きましたよ」
おぶっていた根本を玄関に下ろし、中に入ることを促す木下。
「んん~」
木下の言う事を聞かず、玄関で寝ころび始める根本。ため息をつき、お姫様抱っこになる形で根本を抱きかかえる木下。
「しょうがない人ですねぇ」
部屋に入り、ベッドまで連れて行き、根本を寝かせる木下。
(うわっ普通に下着とか干してあるし、っていうかアレ下着? 前何も隠せなくならない?)
部屋に干してある布地の面積がかなり際どい下着を見て気恥ずかしくなる木下。眠ろうとしているのを起こすのも忍びないという理由から、電機はは付けずにおいた。
「ほら根本さん。明日は休みなのでしっかり睡眠とってくださいね。僕は帰りますから」
布団を根本に被せて帰ろうとする木下。すると根本は上半身を起こして木下に抱き着いた。
「やだぁ帰らないで。今日は一緒に寝ていってよぉ」
「こ、こら何してるんですか。離れてください根本さん」
「やだぁ」
なかなか離そうとしない根本に、木下は落としどころを探す。
「わかりました。根本さんが寝るまでは待ちますから、それから帰りますから」
「やったぁ」
そこでようやく木下の腰に抱き着いていた根本は、木下から離れベッドに戻る。
「木下頭撫でてぇ?」
「はいはい。ホント早く彼氏とか作ったらどうですか? そしたらこういうのも彼氏にして貰えますし」
言われるがまま根本の頭を撫でる木下。気持ちよさそうに目を細める根本は、満足げに答える。
「彼氏は欲しいんだけどねぇ。今は仕事との両立は難しそうかなぁと思っててさぁ。仕事が落ち着いてから彼氏作るぅ」
ふにゃふにゃと妙な声を発しながら木下に甘える根本。
「まぁ不可視物管理課も出来てから日が浅いですし、霊に関わる特殊な仕事だから色々大変ですもんね」
「うん。そういえば木下はなんで不可視物管理課に入ったの?」
その質問に少しの間沈黙が流れる。
「少し長くなるけど良いですか?」
「うん。子守歌代わりに聞くぅ」
「子守歌代わりって……まぁ良いですけど」
根本の言動に少し呆れながら、木下は語りだす。
「うちの家庭、父親が早くに亡くなって母子家庭で、兄が父親代わりみたいな感じでずっと僕と母の面倒を見てくれてたんです」
「そうなんだ……? お兄さんいくつ?」
「生きていれば28です」
「生きていれば……?」
眠そうにしながら聞いていた根本は、少し体を起こし木下を見つめた。
「はい。僕が大学生の頃に亡くなりました。兄はいわゆる、『見える人』だったみたいで、霊が見えるだけじゃなく梶原さんみたいに霊の声まで聞こえていたらしいんです」
「そうなんだ。亡くなった原因は聞いても?」
「はい。当時はまだ種別は出来ていなかったと思うんですけど、おそらく甲種の霊に関わって取り付かれた後に、道路に飛び出して車に轢かれて亡くなってしまいました」
「……」
予想していたよりも重たい内容に、根本は聞いたことを少し後悔した。簡単に触れて良い内容ではなかったかもしれない。
「不可視物管理課に入ったのは、こういった霊の影響で、兄のように亡くなる人が出ない様にしたいと思ったからです。だから今回配属される部署も、そういった僕の希望を叶えられると思ったんです」
「そか」
「はい! だから今度の仕事も頑張りますよっ! ちょっと湿っぽい話になっちゃいましたが、なんだかんだ言って不可視物管理課の人たちも大好きですし、仕事も楽しいので良かったです!」
暗くなってしまった雰囲気を何とかしようと、無理に明るく振舞う木下。
「ほらっ! いい加減早く寝てください根本さん」
上半身を起こしていた根本をベッドに押し倒すように寝かしつけ、再び頭を撫でる木下。
するとしばらく頭を撫でられていた根本は、急にベッドからガバッと起き上がり、木下を押し倒した。
突然のことに驚き硬直する木下。
「ねぇ木下。私とエッチしちゃおっか?」
「いや急に何言ってるんですか根本さん! 意味わかんないですよ!?」
慌てて振り払おうとする木下。だが女性に手荒な真似をするわけにはいかないという気遣いからあまり強く出れず、根本に押し切られてしまう。
「いいじゃんかぁ。減るもんじゃないし」
「おっさんですよその発言! っていうか俺童貞なんで、減ります!」
焦って自分が童貞であることを素直にバラシてしまう木下。
「童貞なんだ? こんな可愛い子が食べられてないなんて珍しいねぇ。美味しそう」
「根本さん、ホントにやめましょう? 同僚とこういうことちやったら、後が気まずいですよ?」
「木下別の部署に行っちゃうからあんま関係なくなるじゃん」
「うぐっ」
逃げ場をなくされてさらに焦る木下。
「私が初めてじゃ嫌?」
真剣な眼差しで見つめてくる根本に、木下は勘弁したように本音を漏らす。
「正直嫌じゃないですけど、心の準備が出来ていません。この歳まで童貞だった奴のチキンっぷり舐めないでください?」
「そっか……嫌じゃないんだ?」
嬉しそうにする根本に問いただされて顔を赤くし、目を背ける木下。
「ごめん木下。私我慢できないや」
「え? 根本さん何をっ……んむっ」
顔を近づけてきていた根本に、唇を奪われる木下。
(うわっファーストキス奪われちゃったよ。っていうか唇やわらかっ。キスってこんなに……)
根本にキスをされ、蕩けてしまう木下。思考があまり働かなくなった頃、根本が唇を離した。根本も目が蕩けており、焦点が合っていない。そしてもう一度木下の顔に唇を近づけた。
またキスをされると思った瞬間、木下の肩に頭が置かれた。
「くー」
木下に覆いかぶさり寝息を立てる根本。そして我に返る木下。
(あっぶねぇえええええ。もう最後までしちゃって良いやとか思い始めちゃってた! このまま押し切られてたら確実に童貞奪われてた)
自分の肩で寝息を立てる根本を見てほっとする木下。
「もうホントにしょうがない人だな」
根本を枕があるところまで移動させ、布団をかけなお木下。
「おやすみなさい根本さん。あんまりこういう事しちゃダメですよ?」
そう言い残し、木下は根本の部屋を出て帰路に着く。
タクシーで自分の家に着いた木下は、自分の部屋に入ってスマートフォンを取り出し、カメラを起動させ周りを写した。そしてそこに写った人物に話しかけた。
「ただいま兄ちゃん。俺新しい部署に行くことにしたよ」
そこにいた霊はそうかと言う様に頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます