うそ発見の装置

 女は自宅のソファで横になっていた。テレビをつけることもなく、音楽を流すわけでもなく、ただ天井をながめている。昼下がりなのにカーテンを閉め切っているせいで部屋は薄暗かった。


 ピンポーン、インターホンが鳴った。彼が来たのだろうか、女はからだを起こしながら考える。近くにあった姿見で自分の身なりを確認した。彼は身なりに厳しい。


 髪を手櫛で整えると、急いでインターホンの画面を覗きにいった。彼は時間に厳しい。 


 画面には彼は映っていなかった。代わりにスーツ姿の男がひとりで立っていた。


 「はい」


 「どうもこんにちは。私はあなたにある商品を紹介したくてやってまいりました」


 「セールスですか?私はあまり興味がないので・・・」


 「そこをどうか、紹介をきくだけでも」


 女はため息をつき、玄関へと向かう。彼以外の誰かと話すのは久しぶりだった。


 玄関のドアを開けると画面に映っていた男がやはり立っていた。


 「どうぞ、あがってください」


 「恐れ入ります」


 「ただ、話をきくだけですからね」


 女は自分のした行動を再認識する。ああ、またやってしまった。いつもこんな調子で誰かを許してしまう。


 リビングの電気をつけ、小さなテーブルの前に案内する。男は礼儀正しい様子でテーブルの前に正座すると、ビジネスバッグを開け、中から小さな機械を取り出した。青と赤のランプが二つ付いているのが特徴的だった。


 「私が紹介したいのはこちらの機械です。この機械は誰かが発した嘘を確実に見破ることができます」


 「それって、嘘発見装置のようなもの?」


 「さようでございます。刑事ドラマなどではおなじみかもしれません。ですが、あれは確実性に欠けます。この商品は必ず嘘を当ててみせます」


 「まさか」


 女は疑いの目で男を見てしまう。セールスは「必ず」であるとか「絶対に」というのが決まり文句のようなもので、実際はへんてこな物をあたかも魅力的な代物へと変える。


 「そのような反応は慣れていますので、実際にテスターを用意しました。こちらを起動させるのでお好きにしゃべってください。嘘をついたところで機械が反応します」


 「私の血液型はA型」


 機械は青いランプだけを照らすだけだった。


 「小学生の時に飼っていたのは亀で、二匹。中学生一年生のときに一匹死んじゃって、もう一匹は今も生きている」


 機械は青いランプだけを照らし続けている。


 「その亀は今もここで飼っている」


 女が発言した後、青のランプが照らすのをやめ、代わりに赤のランプがついた。


 「どうやら亀はここにいないようですね」


 男は自信ありげだった。


 「確かに亀は実家にいて、ここでは飼っていないけれど・・・。偶然ってこともあるじゃない?」


 「納得してもらうまでテストしてもらって構いません。ただ、この機械は一度嘘を見破るともう使えないんですよね。なのでもう一つ別のを」


 そう言うと男はバッグから別の機械を取り出す。同様の仕様だった。


 女は誰にも知られていないような事実やかなり細かい過去を、嘘と交えながら話していったが、その嘘の部分だけをことごとく赤のランプが照らした。


 「そうね、まだ完全に信用しきったわけじゃないけど、性能は認めるわ」


 「ありがとうございます。ところで、あなたは今お付き合いされている方がいますよね。しかもその方から暴力を受けている」


 「えっ」女は目を丸くし、服で隠れているにもかかわらず無意識のうちに右肩のあたりを左手で隠してしまう。あざが他よりも多い箇所だった。


 「世間でいうところのDVですね。あなたたちのカップルにはそれがみられる」


 「でも彼は・・・」


 「優しい、のではないですか?普段はとても優しいのにちょっとしたことで腹を立て、怒りくるい、あなたに対して暴力をふるう。しかし、暴力をふるい終わってしばらくすると、彼はいつもの優しい彼に戻っている」


 女は押し黙ることしかできなかった。男の言う通り、彼は自分に暴力をふるい、そのあとで必ず謝り、許しを乞う。でも、誰かと一緒に過ごす限り、相手に不満を持つことだってあるだろうし、自分を愛しているからこそきちんと謝るのではないか。世の中からみれば彼は駄目な人かもしれないけれど、自分なら彼を許せる。彼を許せるのは自分だけ。


 「そこで、彼にこの商品を使ってみてはいかがでしょう。本気で謝っているのか、暴力を辞める気はないのか、彼とあなたとの間に愛があるかどうかを決定的に判断できる質問を投げかけて、試すのです。」


 女はしばらく考え込んだ。男はじっと結論が出るのを待っている。


 「・・・でも、たとえ、そのような質問をしたとして、彼が嘘でごまかそうとしたことがわかっても・・・私は彼を許してしまう気がします。今までだってそうだったし、これからだって・・・」


 「では・・・この商品はあまり役に立たなさそうですね。仕方ないですが、無理に買ってもらう必要もないでしょう」


 男はほんの少しだけ寂しい表情をし、商品を再びバッグへと仕舞おうとした。


 「ちょっと待って。私ひとつだけ知りたいことがある。それはあなたの商品でしか知ることはできないと思うわ。その商品、買う」


 男の顔が先ほどとは裏腹にぱっと明るくなった。あんなに不愛想な顔がここまで柔らかい表情になるとは考えにくかった。


 「やはり私の目に狂いはなかったです!あなたは特別なお客様です。お一人様一台限り、特別価格千円でご奉仕させていただきます」

 

「あれ、訪問販売なのに案外良心的なのね」


「ええ、あなたは特別なお客様ですから。そして、この機械も一つの嘘を見破るにすぎません。慎重にお使いください」


 やがてスーツ姿の男は部屋を去っていった。「特別な」というのもセールスではキーワードなのだろうか。



(一年後・・・)




 女が町中を歩いていると、後方から声をかけられた。聞いたことのある声で、振り返るとやはりスーツ姿の男が立っていた。


 「こんにちは、あれから例の恋人とは別れたようですね」


 「ええ、あなたの商品が決め手となったわ」


 「差し支えなければ参考までに、彼にどんな質問をしたか教えてくれますか?」


 「実は、彼には使っていないのよ」


 「では一体どう使ったのですか」


 「機械の前で思いっきり叫んでやったわよ。『私は彼のことを愛しています!』ってね。そしたら見事に赤いランプがついちゃった」

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