最終話 JOKER
父さんの口から真実を全て聞かされた時、和は口を半開きにして、話を頭の中で繰り返した。
まさかそんな前から、会社をクビになっていたなんて。
それに、闇金にまで手を貸してこの始末だ。
父さんは間違いなく、追い込まれた状況を利用され、ヤクザの男に洗脳されている。
その追い込まれた状況を初めに作ってしまったのは、自分達だと知り、大きな後悔をして、罪悪感を覚えた。
母さんと姉さんが死んだ原因も、元は自分達にもあると思った。
「ご、ごめん...」
謝ったところで、もう元には戻れないし、父さんが許してくれることはないと分かっているのに、そうせずにはいられなかった。
「そんな言葉、もう必要ない、俺達に必要なのはこのカードだけだ」
父さんは直美の傍に散らばったハートとクローバーの3を拾い、アンパンマンの目に傷が付いたハートの3とJOKERのその2枚を渡してきた。
和はそれをすぐには受け取らず、代わりに口を動かした。
「でも、こんなの間違ってる!父さんはその男に洗脳されている!なんでそんな信じられないやつの言いなりになるんだ!」
「うるさい!もう俺にはこうするしか道はないんだ!だから黙ってその2枚のカードを受け取れ!」
父さんの口調からして、もう和の言うことには心にも響きそうにはなかった。
どうにかしないとという義務感だけを背負いながら、2枚のカードを渋々拾い上げ、適当にシャッフルする。
和はそこで言いそびれていた1つの疑問を父に問いかける。
「じゃあ...最後に1つ聞いていい?」
「なんだ?」
「なんで、あの時俺を殺さなかったの?」
和は父と姉さんがババ抜きをしている間、仮死を演じながらそのことについて考えていた。
そもそもあのまま死んだふりを続けるべきなのかも分からなかった。
信頼していた直美に裏切られ、父に銃口を向けられ死を覚悟したのに、額に飛んできたのは血色のペイント弾だった。
その時は、なにがどうなってるのか分からなかったが、もしかしたら母さんも生きているかもしれない希望が生まれた。
しかし、あの時はちゃんと火薬の臭いがしていたことに気づき、間違いなく母さんは死んでいると自分の中で解決した。直美の時も一緒だ。
なぜ、俺だけが生かされているんだ?
「お前が正しい道を選んだからだ」
「正しい道?」
和にはなんのことかさっぱり分からなかった。つまり、姉さんは間違った道を選んだから死んだのか?
「そうだ、もしお前があの時直美を信じずに、同じことをしていたら、お前もああなっていた」
話の途中で、父さんが目を無残な直美の姿に向けて、釣られて和も苦々しく同じ方を向いた。
「お前にはまだ家族を想うところが少しだけ感じられた。ただそれだけで、チャンスをやった。」
父さんが俺にチャンスを与えるメリットなんてあったのか?
和はもしかしたら、父さんが元の父さんに戻ってきてくれるかもしれない希望だと一瞬解釈した。しかし、すぐに間違っていると思い返す。
もう戻れない。
何もかも戻らない。母も姉も。
だから、このゲームをこのままの流れで終わらせるわけにいかない。
和が勝つにせよ、父さんが勝つにせよ、どっちみちこの先にあるのは絶望のみ。
だからせめて、最後だけは和が父さんを正しい道に行かせるべきだと思った。
今度は、無視をせず、正面から父さんと向き合おう。
そのために、俺は死んだんだ。
「わかった...父さん、でも」
でも、に続けて和が口にする。
「俺が勝ったら、父さんは死ななくていい」
「は?どういうことだ」
父さんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静顔になる。
「そのままの意味だよ、これからは2人で過ごそう、母さんと姉ちゃんの死体は俺らで何とかすれば、警察にもバレないよ」
「和...お前本気で言ってるのか?俺は家族を殺した、それにまだ借金だってある!」
父さんはさっきよりも目を丸くして驚いた顔で言った。
「借金は2人で頑張って返済しよう、時間はかかるけどしれないけど」
父さんは、まさか和がそんなことを言ってくるとは思わなかったのでどう返せばいいのか分からないでいた。
「でも、もし父さんが勝ったら2人のように俺を殺してくれて構わない。父さんの新しい人生の幕開けだよ」
和は不気味に微笑んで見せた。
俺とこのまま一緒に暮らすだって?正気なのか?
和義は自分の息子の和が、なにを考えているのか全く分からなかった。
まるでこのゲームの主導権を、握られた気分でいた。
和が生み出した2つの選択。
和が勝って、俺は死なずに2人で一緒に暮らしていく。
和義が勝って、和を殺し、新しい人生を歩む。
この勝利の選択だが、実は和義は意図して選ぶことができるのだ。
なぜなら、和が持つ2枚のカード、どっちがハートの3で、どっちがJOKERが知っているからだ。
別に和義はイカサマをしたわけではない。
偶然だった。
渡した2枚のカードを馬鹿な和は、目の前でシャッフルした。和義は瞬きせずに、そのカードの在り処をじっと見ていた。
おそらく、和はそんなことを気にする頭の余裕がなかったのだろう。
きっと、俺の状況整理に追われてたはずだ。
つまり和義は、今この瞬間に未来を選べることができるのだ。正確には、JOKERを取って、和がまたそれを取った場合、そうではなくなるのだが。
和義は、すぐに右のJOKERを取ろうとしたが、何故かすぐに手が行かなかった。
それは、怪しんでいるからじゃない。
自分の中で、もう一つの未来もいいのではないかと思う自分もいたからだ。
洗脳が解き始めてきたのか、決意は揺らぎつつあった。
今度は和と2人でやり直せる。
和義は、和の持つ2枚のカードをじっと見つめながら必死に考えてた。まるで、学生が進路選択を悩むかのように。
その刹那、家の外からパトカーの音が聞こえてきた。
大きく心臓が跳ね上がり、思わず音が聞こえた方面の窓もない壁に視線を向けてしまった。
しかし、パトカーはどうやら家を通過したみたいで、耳に音だけが余韻を残した。
もう一度目線を元に戻し、2枚のカードに目をやる。
パトカーの音を聞いたせいで、自分が人を殺めてしまったという恐怖と焦りが今更になって少し現れ始めた。
この、感情は厄介だ。なんとかして押し殺さないと正しい選択ができなくなってしまう。
大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせると、再び選択を考える。
和は表情一つ変えずに、真剣な眼差しで和義を見つめている。
俺は...俺は...
今まで生きてきた人生を走馬灯のように、頭の中を走る。
そして、ようやく辿り着く。1つの進路に。
やっぱり...やっぱり俺は!俺の未来はこっちの方が輝いている!
和義は渾身の力をこめて、1枚のカードを取った。
その時だった。
ドンッ!と大きな音と共に、廊下から大量の足音が聞こえてきた。
なにが起きたのか全くわからず、反射的に、顔色一つ変えない和の後ろの廊下に繋がるドアを見た。
今度は目の前の扉が激しい音と共に開いて、数人の警察官が突撃してきた。
和の後に3人の警察官が横に並び、同じ構えで銃をこちらに向けている。
3人の後には、狭い廊下に所狭しと警察官が待ち構えている。
「手を挙げろ!」
1人の警察官が和義に威嚇するような声で言った。
和義は思いもしない展開に、声も出すことができず、呆然としていた。
和の顔を見るが、さっきと表情は変わっていない。まるで、このことが分かっていたかのように。
「手を挙げろと言っているんだ!」
「お、おい!なにがどうなってんだよ!おい!和!これはなんだ!」
警察官の言葉は耳に届いているが、状況整理で頭がいっぱいになり内容は耳に入っていなかった。
「見ての通りだよ、父さん」
「なんでここに警察が来るんだよ!それに話が違う!俺は勝ったのに!」
和義はそう発狂し、ポケットから拳銃を取り出し、和に照準を合わせようとしたが、その前に別の銃声が聞こえた。
それと同時に、手に衝撃と拳銃が手の中から飛んでいった。
「くっそぉぉ!なんだよこれ!」
「父さん、さっき俺は勝ったよねって言ったよね、自分が取ったカードよく見てみてよ」
いつの間にか和義は息遣いが荒くなっていて、呼吸を整えつつも地面に置いてある表の向きのトランプを、ゆっくり裏面にした。
「え、え?なんで...?」
そこには、JOKERが見えるはずだった。幻覚では無い。それは思い込んでいただけで目に映るのは、ハートの3だった。
なんで?なんで?確かに最初から最後までずっとカードを見ていた。シャッフルの時に俺が見間違えたのか?いや、そんなミスは絶対にしていない、カードは把握していた。
「なんで...ずっと見ていたのに」
「やっぱり父さん、見逃さなかったんだね、カードの在り処がバレバレだったってこと」
「なんだって?」
「俺はあえてあの適当なシャッフルを見せた。父さんにカードの内容を知ってもらうために」
和義はただ黙って和の説明を聞いた。
「父さんはずっと俺のカードを見ていたって言ってたよね?でも、1回だけ見ていなかった時がある」
1回だけ見ていなかった...?そんなとき...あった!あの時だ!パトカーの音が聞こえた時だけ俺はカードから目を逸らしていた!
あの隙に、カードの順番を変えたというのか。
でも、そんなの...
「そんなの、パトカーが来なかったらできなかったことだ!たまたまだ!」
「たまたまじゃないよ、あのパトカーは俺が呼んだんだから」
は?呼んだ?いつ?そんな隙はなかった。呼べるはずが...
っっ!!
あった...また1箇所だけ...あの時間なら確かに呼べた!仮死の時だけは!
でも、和の口から声なんか聞こえなかった。携帯を使って警察を呼んだとしても声に出さなきゃここの住所だってわからないはずだ。
「ど、どうやって呼んだんだ?」
すると、和は自分の袖を捲って腕を見せてきた。そこには、びっしりと住所やら、文字やらが綴られていた。
「これを、ビデオ通話にして警察官に見てもらったんだ」
あの死んだふりをしている間にこんなことを...
「パトカーのあの通り過ぎる音も、俺が指示した通りにしてくれた」
ここまで計画を練られていたのか...
和に完敗され、ここまでされると分かるとこれ以上抵抗する気もなくなった。
警察が銃を構えながら後に廻ってきて、手首を後ろにして手錠をかけられる。
半ば強引に警察に立たされると、そのまま外へと出た。
パトカーの後部座席に入った瞬間、1つの謎が生まれた。
なぜ、和はあんな選択を出してきたのだろうか。
あんなことをしなくても、和の勝利は確実だったのに。
謎を持って、最後に自分の幸せの記憶箱を目にして、車は刑務所へと走り出した。
和義は車の中で、その疑問について考えてみたがハッキリとした答えは見つけることができなかった。
ついに、恐怖のババ抜きが終幕した。
45分くらいで終わったババ抜きだが、気持ち的には一日中していた気分だった。それほど、長い風に思われたのだ。
後からやってきた救急隊員が手際よく、母さんと姉さんの死体を運んでいく。
残されたのはなんなのか。
それは、和にはわからない。
警察官達がいろいろ和義に心配して駆け寄ってきたりしてくれたが『1人にしてくれ』と言った。
周りに警察官達が現場を調べているが、まるで1人でこの家にいるみたいな感覚に陥った。
ふと、和の目に、ある物体が入ってきた。
それはさっき、父さんが和を撃ち殺そうとして弾き飛ばされた拳銃だった。
こんなにも吹っ飛んでいたのかと思いつつ、銃の元まで歩み寄る。
父さんは最後の最後でも気持ちが変わらなかったなぁ...
寂しい気持ちになった。
本当はあの時、JOKERをとって欲しかった。
もし取っていたとしても、今の現実は変わらないだろうけど、それでもとって欲しかった。
父さんは、俺を殺すことを選んだのだ。
俺も父さんも幸せを奪われたのだ。
JOKERに。
和は暗黒に染まった拳銃を拾い、それを隠すようにポケットに入れた。
まるで、JOKERに洗脳されたかのように。
幸せを奪うJOKER 池田蕉陽 @haruya5370
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます