第5話 勝利の傷
とうとう直美と父さんの最終決戦が始まった。残るカードは、父さんのJOKERとクローバーの3、直美が持つハートの3だけだ。
直美がここで、父さんのクローバー3を引き抜いてしまうと、額に弾丸が飛んできてしまう。
一体どうしたら勝てるの?
直美は父さんと戦う決意をようやくでき、勝つ戦法を考えた。
しかし、父さんの2枚の手札を凝視するだけで、なにも思いつかない。
表の絵柄であるアンパンマンが、カードが教えてくれないだろうか、などの叶うはずもない願望を胸に抱いていると、まさか、それが実ってしまう。
っ!?あ、あれって確か...
父さんが持つ右のカードに注目する。
微かにアンパンマンの目のあたりに薄い傷が、ブラック・ジャックのようについている。
直美は小学生のころ、家族でババ抜きをしている時どうしても勝ちたいがために、2枚のJOKERに印をつけて、みんなに怒られたのを思い出した。
勝てる!いや、でも待って。
これがもし罠だとしたら?
パパが私にそのカードを引かせるために、わざとつけた傷だとしたら?
左のカードの表には父さんの手で上手いことアンパンマンの顔が隠れていて、傷が見えない。
まさか、その手で傷を隠しているなんてことは無いよね...
直美は、心の中でそんなはずはないと決め、右のカードに触れる。
恐る恐る裏を見るとJOKERだった。
直美は胸を撫で下ろすと、この勝負は貰ったと確信した。
後は父さんが私のハートの3を取るのをひたすら待つだけ。例えここでJOKERを引かれても、私がまた分かりきったJOKERを引くのみ。
勝ったわ
顔に笑を出さないよう、必死にポーカーフェイスを演じた。
父さんが訝しい顔をしながら、直美の持つ2枚のカードを交互に目をやる。
そして、決心したように1枚のカードを素早く抜き取った。
ちっ
直美が思わず歯を食いしばった。父さんがJOKERを引いたからだ。
しかし、すぐに直美の顔はすぐに落ち着くことができた。
再び笑が零れないように堪えながら迷わず1枚のカードを抜き取る。
表を見る。当然JOKER。
父さんが一瞬こっちの顔を見たが、すぐに頭を掻き始めた。
父さんがふぅと息を零したあと、1枚のカードを抜き取る。
ま、またJOKER!?
ここで1つの不安が過ぎる。
まさか、パパもJOKERの傷を知っていたとしたら?
いや、十分に有り得る。
子供の頃それで叱ったのは父さんだからだ。
でも、カードを引き取る時、分かってるような風ではなかった。あれが演技だとは直美には思えなかっか。昔から嘘は下手と分かっているからだ。
これはきっと偶然だ。
そういうことにしようと直美の中で解決した。
そして、右のカードのアンパンマンの目の傷を確認すると、それを華麗に抜き取る。
もはや直美はハッキリとJOKERを目視することなく、視界に写す程度にJOKER確認した。
父さんが何故か、直美の顔を見ていた。
直美は眉をしかめて覗き返すが、やがて父さんの目は2枚のカードに移る。
お願い!3を取って!
父さんは1回3のカードを手にした。
一瞬心が高まったが、カードを握っただけで、すぐにもう1枚のカードを抜き取った。
直美の願いは、まるで神様に届かなかった。
なんで、引いてくれないの!?
やがて気持ちは苛立ちに変化していった。
その怒りが行動に現れ、一瞬で傷のついた父さんのカードを抜き取った。
次こそは絶対に取らせる!...え?
父さんの顔を見ているが視界にはあってはならない2枚が揃っていた。
JOKERが...ない!?
目が見開いた。
なんで!?確かに傷のついたカードを抜き取ったはずなのに!
直美は1枚になった父さんのカードを見る。すると、そこにはもう1枚の傷のついたカードがあった。
父さんはさっき私の3のカードを1回触れた。あの時に同じ傷を付けたのだ。そして、私が引く時に、JOKERの傷を手で隠し、もう1枚の3のカードがJOKERを騙ったのだ。
でも、なんでなんでなんでなんで!?なんで分かったの!?
「やっぱな」
崩れ落ちた表情で、ゆっくりと父さんの顔を見る。
「な、なんで?なんでわかったの?」
私が連続でJOKERを当てたから?それなら父さんだって連続で当てている。どうして?
「直美は俺のカードを取る時、なんの迷いもなく1枚のカードを抜き取る。あたかもどっちがJOKERが分かってるかのように」
「っ!?」
確かに私は、なんの迷いもなく1枚のJOKERを抜いていた。
「死ぬかもしれないというのに、一切の迷いの顔も見せずにそんなことができるのは並の神経じゃない、だからおかしいと思った。」
「それだけで?」
「それだけじゃない、さっきお前は引き抜いたカードをちゃんとハッキリ確認もせずに、2枚のカードを俺に指し伸ばしてきた。確認せずともJOKERを取ったのは当たり前だからと思ってる証拠だろ」
「あっ...」
つい、「あ」を零しただけでもうバレバレだった。最悪だ。せっかくの必勝法を知ったのにこんなミスをするなんて...バカだわ私...
涙が出そうになった。
「傷を見て思い出した...昔直美が付けたんだったな、この傷...懐かしいな...」
父さんの顔から、小さな微笑みが見えた。
久しぶりにこんな父さんを見た。
いや、もしかしから私が見ていなかっただけで、父さんはどっかでこんな顔をしていたのかも知れない。
今更になって、家族の仲がどこかおかしい道に進んでいたのだと気づいた。今までの生活を蒼魔灯のように思い返す。
家族は確かにみんな一緒にいたが、形だけでそれぞれ独りだった。
そんなことを気づいたところで今更どうとなる事じゃない。どうせ今から額に穴が開いて、2人の元に行くだけだからだ。
でも、なんで涙が止まらないんだろう。死ぬのが怖いから?悔しさ?後悔?
そう言えばどうして父さんはこんなことを...
「ねぇパパ、最後に1つ教えて?」
「なんだ?」
父さんは既に銃口を直美に向けていた。
しかし、恐怖はなかった。
「なんでこんなことをしたの?」
「お前にそれを知る資格はない」
「...そっか...ごめんね...」
一瞬父さんの顔が歪んだのを目にしたのが、直美の最後だった。
悲しい銃声が家中を響き渡る。
残るのは切なさだけ。
これで、終わり...いや、始まりだ。
「いつまで、そうしているつもりだ?」
真っ赤に染まった顔を手で拭き取ると、上半身だけ起き上がってきたのは、なんと和だった。
和は直美の無残な姿を一瞥し、すぐに父さんに移した。
「いい加減に話してよ...なんでこんなことが起きてるの?」
悪夢はまだ終わらない...
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