第3話 二人で一緒に
母さんが銃弾で脳内を貫通されたにも関わらず、和の頭は意外にも冷静だった。
いや、もしかしたら直美に恐怖を吸収されたのかもしれない。
直美は母さんが死んだ後、パニックに陥りリビングから逃げ出そうとした。
しかし、何故か父さんの「直美!」という怒声で直美の感情を抑えることができた。
そして、直美の様々な覚悟は、斜めから見ていた和にも分かった。
父さんが和の手札のハートの3を取り、よしよし、というような顔をしていた。
次は和が直美の手札を取った。死ぬかもしれないドキドキ感を押し殺しながら、おずおずとカードの裏を見た。クローバーの3だった。心の中であぶねぇぇぇ!!と叫んだ。
さっき、もし父さんがハートの3ではなく、スペードのJACKを取っていたなら、今頃俺は蜂の巣になっていたかも知らない。そう考えると、少し恐怖を覚えたが、なんとかして振り払った。
そして、直美が父さんの手札のカードを取る順番が回ってくる。
直美が勢いよく、父さんの4枚のカードを1枚取ろうとしたが、カードに手を触れた状態で、動きが止まった。
なんだ?
和の頭の中で?が連発して浮かんできた。
しかし、直美の硬直状態は数秒後に解除されて、そのまま、そのカードを抜き取った。
気のせいだろうか、直美の顔が引きつっているように見えた。
もしかして、JOKERを取ったのか?
でも、このゲームでのJOKERは言わば神的存在。そんな顔にはならないはずだ。
そんな考えを思い巡らしていると、直美が2枚のカードを机の真ん中に捨てた。
和はそれを見て、あの引きつった顔も納得できた。JOKERを取ったからではなく、ペアが揃って上がりに近づいたからなのだと。
そして、父さんが、和のカードを取る順番がやってくる。
もしかしたら、父さんが取るカードによって俺は次死ぬかもしれない。
そんな不安が頭の中にうずくまって取れなかった。
父さんの手が、人差し指と親指だけを出して和の手札に近づいてくる。その手が1枚のカードをつまんだ瞬間、軽く握っていた手のひらの中から、くしゃくしゃになっている白い紙が出てきた。父さんはそのまま、和のスペードのJACKを引き取った。
和はそれを訳の分からないまま、直美にバレないように、手札の内で受け取った。
残りカード1枚のトランプの内で直美に悟られないよう、くしゃくしゃになった紙を音を立てずに広げた。
その綴られた文章は、和を一瞬、硬質化させた。
「直美を殺せ、そうすれば、お前だけは助けてやる。」
なんだよ...これ...
姉ちゃんを殺せ?俺だけ助けてくれるだと...?
怒りが沸き起こってきた。和にとって、直美はいつでも味方でいてくれた。最近は会話も少なくなってきたけれど、小さい頃からいつだって俺を守ってきてくれた。いじめっ子にやられてる時、怪我をして泣きわめいた時も、そこにはいつもやんちゃで頼もしい姉ちゃんがいてくれた。助けてくれた。ヒーローだった。
そんな姉ちゃんを殺せだって?ふざけるな、死ぬのはあんただよ、父さん
和は鋭い眼光を父さんに向けた。父さんと一瞬目が合ったが、すぐに父さんの目は別の方へ向いた。
そこで、和の中である可能性が浮かんでくる。まさか、姉ちゃんも同じメッセージを貰ったのか?姉ちゃんの場合なら、俺を殺せ、そうすれば、姉ちゃんだけは助けてやると書かれていたんじゃないのか。だから、さっきだってあんな引きつった顔を...。
再び姉ちゃんの顔を目だけで見ると、さっきとは違う普通の表情だった。その顔には恐怖も何も感じられなかった。
もし、そうだったら姉ちゃん、姉ちゃんはなんて思ったんだ。
和はそう頭の中で直美に問いかけながら、2枚のカードのうち1枚を引き取る。ダイヤのJACKだ。またもや危機一髪だった。心の中で安堵のため息をこぼす。
直美が父さんのカードを引き取るのをじっと見つめる。直美はさっきとは違い、慎重にカードを抜き取った。それは、さっきメッセージを受け取った動揺からか、ペアが揃ってしまう恐怖があるからか、もしくわ、両方か。それを知る術は和にはなかった。ただ、和は直美の顔を観察することしかできなかった。
カードを捨てない所を見ると、直美は上がらなかったらしい。それを見て安心した和。今度は父さんが、和の手札を取る番だ。
父さんは、和のダイヤJを抜き取った。和はまた、白い紙が出てくるかとヒヤヒヤしたが、その心配は無用だった。
父さんが抜き取ったカードの裏を見るとちっと舌打ちをし、2枚のスペードJとダイヤJを捨てた。
よし!
和は心の中でガッツポーズをとった。
もしかしたら、このまま勝てるかも知れない。そんな自信が湧いてきたが、少し気になってるのは直美のことだ。
姉ちゃんは結局、メッセージを貰ったのか?貰ってないのか?それだけが気がかりだった。直美の顔に目を向けると、ちょうど直美と目が合った。
お互い逸らすことなく数秒経ったあと、直美がはぁーとため息を付いた。
「馬鹿だな、私、迷うことなんてなかったのに」
ふと、直美が口にした。
和は一瞬驚いた後、その意味を理解することが出来た。やっぱり姉ちゃんも受け取ってたんだな。二人は顔を合わせると、お互いがなにを思ってるか分かってるように小さな笑顔を見せた。
勝とう、父さんに。そしたら、なんでこうなったか聞き出してやる。
そう、決意すると、腕を直美の手札に持っていった。
「ちょっとまって、和、あんたそのカードなんの数字?」
「え?」
「もし、それがわかったら別のカードを渡せるでしょ?」
「ああ、そうか」
そう言って自分のカードの正体をバラそうと思ったがすぐに、口には出なかった。まさか、俺は姉ちゃんを信じてないのか?
心のどこかで、信じきれてないからすぐに口には出なかったんだと、和は思った。
本当に姉ちゃんを信じていいのか、と。
しかし、その考えはすぐに吹っ切れた。
姉ちゃんはいつだって、俺の味方だし、俺も姉ちゃんの味方だ。
「クローバーの3!」
和のその言葉に一切の迷いはこもっていなかった。
「おっけー、じゃあこれ渡すね」
そう言って直美は1枚のカードを差し伸べしてきた。和もそれを迷いもなく受け取る。裏を見るとハートのQ。
勝てる、そう思った。二人でなら父さんに勝てるんだと。
直美が父さんのカードを引き取る。
和が心の中で頼む!と何回も祈願した。
直美もドキドキしてたようで安堵のため息を零すと、和に親指を出してグッジョブマークをした。和は思わず笑がこぼれた。
そして、続けて止まることなく、父さんが和のクローバー3のカードを取った。頼む、あがってくれ!そう願ったが、父さんもふぅーと零し、和の方をみて、ニヤリと笑った。
くそ!和が心で叫んだ。
でも、大丈夫だ。次こそは絶対に上がらせてやる。和もそのまま続けて直美の手札を取ろうとした。
「俺が持ってるのはハートのQだよ」
「わかった、ならこれね」
さっき同様、直美が1枚のカードを渡してきた。それに迷うことなく受け取って確認すると思わず口から「え?」と言ってしまった。
二度見、いや、五度見くらい2枚のカードを見比べした。なぜなら、直美が渡したカードがクローバーのQだったからだ。
「ど、どういうことだよ、姉ちゃん」
変な汗が急に出てきた和は、ゆっくりと直美の方を見ると、頬に涙を流しながら「ごめんね...ごめんね...」とひたすらと言い繰り返していた。
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