第2話 姉の覚悟

頭の中では直美はずっと別のことを考えていた。

それは、友達と、どこで何をして遊ぶかや、最近付き合い始めた彼氏のことだった。

だから、完全なる不意打ちだったのだ。

家中に響き渡った銃声は、直美と弟の和の体を一瞬石にさせた。

直美は両手を耳に当てることができなく、頬の横あたりの中途半端な位置で、腕が止まっていた。

視界が真っ暗で、やがて光は蘇る。

しかし、その光は今まで見た光の中で1番どす黒くて、衝撃的なものだった。

机の横には赤黒の液体を、顔中につけながら倒れている母の姿がいた。

直美は一瞬、この状況を理解するどころか、頭の中は空っぽだった。

思考が復活したのは、火薬の煙が完全に消え去るのと同時だった。

え?

それだけがひたすらにループする。

目を無残な姿の母さんから父さんに移した。

父さんは真剣な表情で左腕を伸ばし、その先端には銃を握っている。

撃ったの?パパが?ママを?その銃で?

今、起きているこの危機的状況を理解した直美は最大の恐怖が襲った。

いや...いや...いや...いや...

「いや...いや....いや!」

心の中で繰り返していた言葉は、やがて口から零れていた。

両手をこめかみ当たりに添え、ついに恐怖の悲鳴を上げた。

「きゃゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

気づくと、直美はリビングから廊下に続く扉の前まで走っていた。

扉を開けようとドアノブを力強く汗が染み込んだ手で握ると、それを阻止するべく父さんが「直美!!」と怒声を浴びた。

直美の中で水に沈んでいた記憶が、泡をぶくぶくを立てながら蘇ってくる。この感じは、あの時と一緒だった。直美は小さい頃からヤンチャな女の子で、いつも父さんに怒られていた。そして、その度に「直美!!」と強く叱られてきた。今の父さんの怒声はあの時となにも変わってはいなかった。

そのおかげか、冷静を取り戻した直美が、後を振り向き父さんの目を見つめた。

「これは夢なの?ねぇ...なんでパパがママを殺したの?どうしてこんなことするの?ねぇ...答えてよ...答えてよ!!」

言葉を発する度に、直美の頬に涙が流れた。

「いいから元の配置に戻れ、この銃でお前の額を貫かれたくなければな」

父さんは銃口を直美の額に焦点を合わせた。直美の両目が吸い込まれるように、銃の先端に行く。そして、生まれてくる。死ぬかもしれない恐怖が。

それを、必死に堪えながら元にいた場所に座り直した。コタツの中の温かさが、より一層直美の恐怖に火をつけた。

「姉ちゃん大丈夫か?」

恐怖に打ち勝とうと、必死にこの世界から離れようとしたが、和の声で戻ってくる。

ゆっくりと和の方を見る。その表情に和の冷静さが滲みでていた。

「な、なんで和はママが死んじゃって...自分も死ぬかもしれないのにそんなに平気でいられるの?」

「俺だって怖いよ、でも人間は恐怖に支配された時が終わりなんだよ、だから今、俺達はやらなくちゃいけない、この悪魔のババ抜きを」

和のその言葉のおかげで直美は再び冷静を取り戻すことができた。

そうだ...やらなくちゃいけないんだ...やらなきゃ...パパに殺されるんだから...死ねない...死ねない!

直美の頭の中は、ただ生き残ることしか頭にないサバイバーだった。実の父親が、何故こんなことをするかという疑問さえ生まれることはなかったのだ。これが、直美と和を狂わせるポイントになってしまったのだ。

机に直美の手札が散らばっている。4枚ある内の1枚が表向きになっていることを知った瞬間、それを急いで裏向きにして、アンパンマンを登場させた。

誰が直美の手札を見て、イカサマをするか分からない疑心暗鬼が直美の中で生まれてきた。

父さんの顔と和の顔を目で左右に追う。すると、和の持っていた手札から1枚偶然に見えてしまった。スペードのジャック

直美の頭の中に、そのマークと数字がこびりついた。父さんがJACKではないカードを抜き取る。ペアを捨てないところ、揃わなかったみたいだ。そして、和が直美のカードを1枚抜き取った。それはクローバーの3だった。

当然、ペアは揃わない。

次は直美が父さんの手札からカードを取る番だった。

直美は、父さんがJOKERを持っていることを知っていた。なぜなら、和の手札2枚がなにか分かっているからだ。

ここで、パパからJOKERを奪う!

そう決意し、父さんの手札に腕を伸ばしこみ、1枚を手にした瞬間、トランプの感触がおかしかった。こんな、ちゃんとした紙質だっけ?

直美がカード1枚を手にして2秒ほど固まった。そして、自然と父さんと目が合うと何となく悟った。直美は選んだカードを素早くテリトリーに持っていくと、カードの表に張り付いていたのは、メッセージペーパーだった。直美はそれを読んだ瞬間、血の気が引いた。

『和を殺せ、そうすれば、直美だけは助けてやる』

ここから、3人のババ抜きの歯車が狂い始めることは、父さんさえ、予想していなかった。

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