幸せを奪うJOKER
池田蕉陽
第1話 悪夢のババ抜きの始まり
いつの間に、こんな毎日が続くようになったのだろうか。和カズが中学生に入り思春期を越した頃なのか。家族の中に「会話」という行為が、ほとんどなくなってしまった。
母さんは福山雅治主演のドラマに夢中。
高校生の和のお姉さん、直美は毎日スマホとにらめっこ。和も同様。毎日PSPや3DSと言った小型ゲームのボタンを、ポチポチ無我夢中に押している。
しかし、父さんだけはいつも俺たちの様子を見ては寂しそうな顔をする。
そして今日もそんな変わらない、くだらない毎日だと思っていた...。
和はモンスターハンター3のジンオーガの素材を集めるべく、今日も狩りに夢中だった。
※モンスターハンターはゲーム名でジンオーガとは、そのゲームに出てくるモンスターのことである。
父さんの口から突拍子もない言葉が出てきたのは、ジンオーガの息の根が止まるのと同じだった。
「ババ抜きしないか?」
静寂の空間の中で、その謎の発言が各々の耳に響き渡った。
コタツで自分のしたいことをしている父さんを除く3人が、食卓の椅子に座る父さんに目が行く。
「は?ババ抜き?」
コタツから顔だけ出した姉さんが訝しい顔で聞き返した。
和も声には出さなかったが、心の中では姉さんと同じことを言っていた。
父さんは黙ってコクっと頷くと、父さんの口から衝撃的なことを口にした。
「もし、お前らがババ抜きに負けたら、父さんはお前ら3人を...殺す」
最後の「殺す」
それはハッキリとした口調で、放たれ言葉の重みがのしかかる。それは再びこの家のリビングの空間を重くさせた。しかし、それは一瞬だった。
「は?殺す?何言ってんのパパ、頭おかしくなったの?」
「あなた、最近仕事で疲れてるんじゃないの?」
苛立ちを隠せない直美と心配そうに声をかける母さん。
しかし、そんな言葉も気にせず、父さんは椅子の背もたれにかけられている鞄から黒い物体を取り出し、姉さんにそれを向けた。
和にはそれがなにか一瞬で分かった。ゲームや漫画で見慣れてきた拳銃だった。
「俺は本気だ、お前らを殺す。いいからババ抜きを始めるぞ」
いつも、マヌケで鈍臭い頼りのない父さんが今日の様子は一味もふた味も違った。まるで悪魔に取り憑かれたかのようだった。
「え、え、ちょっとまってよ、なにそれ?エアガン?本当にどうしちゃったのパパ」
若干苦笑しつつも、さすがに直美は動揺していた。
てか、あれって本当にエアガンだよな...?
和の中で必要のないかもしれない不安が押し寄せる。和は小学生の頃、エアガンを集める趣味があったため、そこそこ詳しいがあんなモデル初めてみる。最新式だろうか?それとも...
いや、そんなはずないよな。
和は余計な考えをやめることにした。
「あなた、いい加減に...」
そこまで言いかけてた母さんの言葉を、父さんが狂った犬の如く唾を吐き出しながら叫んだ。
「うるさいんだよ!今殺されてーのか!?父さんはな...」
そこまで言うと父さんは俯き、なにか言いたそうに口をごもごもをさせていたがそれを抑制する。
「わかったよ、やればいいんだろ?トランプどこだっけ?」
和は今の父さんに反抗してはいけない、そんな気がして、素直に従うことにした。
母さんと直美は父さんの異常な状態に、本当の意味で心配をし始めたようだ。若干怯えつつある顔で、コタツに足だけを入れて固まっている。
その間に、トランプを探そうと昔の記憶を辿り、トランプの場所を思い出す。曖昧な記憶からもありそうな場所を手当たり次第探すことにして、和が食卓を通り過ぎた所にある引き出しを開けてビンゴだった。
「あ、トランプあったよ、でもアンパンマンのしかないや」
「できればなんでもいい、早く持ってきてくれ」
確かこのトランプは和が幼稚園の時に買ってもらったやつだ。しばらく引き出しに封印されていたので、ホコリが被っていた。
和はホコリを手で払いながらコタツの机に置くと、父さんもこっちにやっきた。
正確な正方形でない机のそれぞれの辺に1人ずつ座る形になった。和と母さんが向き合い、和から見て左に父さん、右に直美がいる。
黙って父さんがアンパンマントランプの箱を開けると、直美に4人に配るように促した。
「直美、配ってくれ」
「は?なんで私が?めんどくさいんだけど」
「いいから直美、父さんを怒らせるな」
一瞬しかめっ面になるも、諦めたようで渋々直美が、トランプを順番に配り始めた。
今思えば家族でババ抜きなんて何年目だろう。確か、最後にやったのは俺が幼稚園の時で、姉ちゃんが小学生のときだっけな。
懐かしい記憶が蘇る。そう言えば、昔ババ抜きをする時は絶対に直美が配っていたことを思い出す。
そんな昔の光景を頭にスクリーンしていると、直美がカードを配り終えた。
「よし、じゃあ早速始める前にルールを説明する。」
「ルール?父さん、さすがにババ抜きのルールくらい覚えてるよ」
和がそう言うと、父さんは首を左右に振った。
「普通のババ抜きのルールを少し変える。勝負の流れは何も変わらない。ただ勝つのは最後にババを持ったやつだ。」
「え?ババを持ってたやつが勝ち?」
直美が言ってる意味が理解出来なかったので父さんに聞き返した。
「そうだ、つまり、ペアが揃って上がる度に負けだ。」
「もう、なんでもいいからさっさと終わらせちゃいましょ」
早くこのババ抜きを終わらせて、ドラマに時間を費やしたい母さんが、勝負を促した。
父さんが小さな溜息を吐き出し、自分の手札から2枚のカードを、机の真ん中に雑に捨てた。
続いて和が手札の中から数字が一緒のペアを机の真ん中に捨てていく。続けて腑に落ちない母さんと直美も同様に捨てる。
和が最後のペアを捨てたのと同時に、ピンチは訪れる。本来それは最高に最強の状況のはずが、今回のババ抜きになって、最高に最悪の状況を意味した。
もう既に、和の手札には寂しそうにこっちを眺めるスペードのKINGとそれを癒すように隣にいるハートのQUEEN。
「一瞬喜んじゃったけど...そーいや、上がったら負けなんだっけ?」
「ああ、そうだ、なんだ和、もう2枚になってしまったのか」
父さんが口元を歪めて、醜悪が籠った笑をこぼした。
まーただのババ抜き出し、むしろ早く負けてしまってモーハンするのもアリだな。
そんな適当な考えが、既に和の頭に染まってしまっていた。
それは、母さん、直美も例外ではなかった。
みんながペアのカードを捨て終えると、和は3人の手札状況を一瞥した。
父さんが5枚、母さんが4枚、直美姉さん6枚だった。
1番有利な状況は直美姉さんだが、本人はそれを喜ばしく思っていないことだろう。なぜなら、真実の考えは和と一緒なのだから。
「よし、じゃあ、じゃんけんで順番決めるぞ」
父さんの最初はグーの掛け声で、3人がそれに合わし、腕を伸ばし、そしてじゃんけんポンで各々武器を出した。
勝負は1発で決まり、勝ったのは父さんだった。
「なら、俺から反時計回りだ、俺から和、和から直美、の順だ」
3人がゾンビのうめき声のように「うーん」と吐くと、誰がジョーカーを持っている疑問さえ生まれないまま、ゲームは始まった。
そして、悲劇は4週目に起きた。
運がいいのか悪いのか分からない和は、見事に2枚カードをキープしていた。片方はハートの3、もう片方はスペードのJACKだ。他の3人も手札を徐々に減らしていたが、1番スムーズに手札を消して行ったのは母さんだった。
直美は、手札3枚になっていたカードに、母さんの手札2枚から一枚プラスして4枚になる。
そして、母さんが全く感情の籠ってない顔で、残り4枚ある父さんの手札からカードを1枚取りだすと、母さんに笑顔が舞い降りた。
「あらぁ〜お母さん上がっちゃったわ、本当なら勝てたのに、負けちゃったわ」
母さんが負けて喜んでるのを隠すつもりなんてないぐらいに、うふふと声に出して笑った時だった。
鼓膜が潰れると思った。
反射的に和と直美は持っていたカードを放し、両目を強く瞑り、両手で耳を防いだ。
それが開放されるのは、ほんの数秒後だった。
手を離すと少し耳がジーンと鳴っていた。
目をゆっくり開けるのと同時に、鼻に襲いかかってくる火薬の匂い。
そして、和と直美の目を攻撃したのは、目の前に倒れている顔面血だらけの母さんの姿だった。
それは、和と直美と父さん達の本当のババ抜きの始まりの合図だった。
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