第29話 大寒波到来

 ジャパリパークで暮らすアニマルガールの生活は大きく別けると2つある。

 居住区に移り住んで人と一緒に暮らす子と動物だった頃の縄張りで暮らす子。


 今回は元の縄張りで動物達と暮らしているアニマルガールの元へやってきた。


 深々と雪が降り続く森林地方を歩き回り、とある大木にやってきた私は上の方を見上げる。

 そこにはあるアニマルガールの為に立てられたツリーハウスがあるのだ。


「おおおーい!きゅ、キュウシュウしゃしゃびいいいるかーい!」


 わたしが呼び掛けるとツリーハウスのドアが開いてひょっこりキュウシュウムササビが顔を出した。


「おっすー!しーくいんさん!」

「げげげ元気しょうだね!!わたしゃ、うううれしいよ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛しゃぶいよしゃぶいよしゃぶぃい゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」

「……と、とりあえず中へどうぞ」


 寒さのあまりにテンションが暴走している私をキュウシュウムササビは引き気味で家の中へ招き入れてくれた。

 縄梯子をしゃかしゃか登ってツリーハウスの中へ入る。


「しゃ、しゃむかった……」


 キュウシュウムササビがなんで雪が降ってる中やってきたんだろうって顔してる。

 これには深ーいようでそうでもない理由があるんですよ。


「いやー、風が凌げるだけで大分違うね。キュウシュウムササビは寒くない?」

「ボクは平気だよ!」


 流石、防寒具として狩られた事がある毛皮を纏うだけはある。


「……ワタシは平気じゃないわ」

「うわぉ!!!」


 背後から声を掛けられて振り返るとそこには例のアレで有名なトキが佇んでいた。

 凍えてるのか腕を擦って寒さを凌いでいる。


「何時から居たの?」

「最初からよ。雪が降ってきたからここに避難してきたのよ」


 ドアのすぐ脇に佇んでいたから死角になって気が付かなかった……

 でも、後でトキを探す予定だったから手間が省けて結果オーライかも。


「……ってか、なんでトキの方が凍えてるの?確か、キュウシュウムササビより北に生息してるよね?」

「ワタシは特別寒がりな個体なのよ」


 そう言うことにしておこう。


 私は二人に持ってきた毛布を分け与えて今回やって来た経緯を説明する。


「えー、コホン!実はジャパリパークでは大変な事が起きています」

「大変なこと?」

「なんと、ジャパリパークを大寒波が襲っています!!」


 ちなみに大寒波と言うなの機械の故障だったりする。

 正月明けから気象制御システムに不具合が出て、ジャパリパーク各地で気温がぐっと下がり、地方によっては雪がたくさん降ったりと大騒ぎ。


 ちなみに、現在の気温は-10度。

 私が森林地方に入ったとき-5度だから、時間が経ってむしろ悪化している。


 グリズリーなんかは大寒波の影響で完全に冬眠してしまって、揺すっても何しても起きない。


 私は特に雪が酷くなった地方に赴いてアニマルガール達の様子を見に来たのです。

 危うく遭難しかけたけど……


「この寒さはそのせいだったんだ……」


 キュウシュウムササビは外で降り続ける雪を見ながらぽつりともらす。


「おかげで喉の調子が悪いわ」


 トキが喉の調子が悪いと言ってほっとするキュウシュウムササビ。

 トキの歌を聞いちゃったんだね……

 喉の調子が悪ければ歌うなんて言わないだろうしね。


 動物のトキは見た目は綺麗だけど、鳴き声はお世辞にも綺麗とは言えないくらい濁ってる。

 それがアニマルガールになってデスソングとも呼べるくらい酷い音痴になってしまった。


 アニマルガールのトキの声は綺麗なのにね……

 歌うとなんであんな感じになっちゃうんだろう……


「そう言えばギンギツネはどうしてるんだろ?」

「あの子は今頃運動場で巨大雪ダルマを建造してるよ」

「雪をエンジョイしてるわね」


 現在、この森林地方にはキュウシュウムササビ、トキ、ギンギツネ、それとツチノコ疑惑のある謎のアニマルガールの4人が暮らしている。


 謎のアニマルガールは爬虫類だから土の中で冬眠している筈。

 アレ以来誰一人として遭遇していないので、専門家の間では普段からモグラのように地下に潜伏しているんじゃないかって言われてる。


「せっかくだから、この寒さに負けないように元気の出る歌を歌おうかしら?」

「「!?!?」」


 さっき喉の調子が悪いって言ってたよね!?


「無理しなくて良いんだよ!!」

「そうだよ!!喉は大事にしなくちゃ!!ほら、のど飴あげるから」

「別に無理はしてないわ。本調子が出ないくらいだから、練習は出来るもの」


 それに、とトキはキリッとした表情で言い放つ。


「歌わないワタシに価値はないわ」


 むしろ価値だらけだよ!!


 心の中で叫んだところでトキに思いは届かない。

 どうしてこう言うところだけストイックなのぉ!?


 すーっと息を吸い込むトキを見て、絶望的な表情を浮かべているキュウシュウムササビ。

 こんな至近距離ので歌われたらただじゃ済まない。

 私は咄嗟にキュウシュウムササビの頭を耳を塞ぐように抱き込む。

 飼育員の私はどうなっても良い!!

 でも、アニマルガール達はせめて心も身体も健やかに育ってほしい。

 トキに対しての優しい嘘も考えてある。


 おっしゃおら来い!!!


「ゆぅぅきぃ゛やこん゛こん゛あら゛れやこん゛こん゛───」


 ……あるぇ?

 音程は狂ってるけど聞けないほどじゃない


 トキの歌は致命的な音痴のまま変わらないと思ってたけど、ここまで成長するなんて今までの事を考えればもはや感動ものだよ!

 凄い!

 奇跡は起きるんだ!!


「し、しーくいんさん……」


 私の手から離れたキュウシュウムササビが少し顔を赤らめてモジモジしながら私に売るんだ瞳を向ける。


「ボク、今すっごい胸がドキドキしてる。これって、恋って奴なのかな……?」

「違うと思うよ」

「やっぱり?」


 ただ単に命の危機に晒されたから胸がドキドキしてるんだと思う。


 後日、トキはまた致命的な音痴に戻っていた。

 喉の調子が悪くて歌に破壊力が無くなってただけみたい。

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