第三話 月下の魔道 ③

 急拵きゅうごしらえの設計室に少年を送り終えると、獅子狩将ししかりしょうは自室に戻った。

 後ろ手で扉を閉めた途端に、彼は天井を向いて口を開く。

「調べはついたか」

「技術者」

 抑揚のない、性別不明の声が答える。

「利するところは」

「不明」

「……ああ、そう答えるだろうと思った」

 将は納得した様子である。話が終わったことを察してか、天井裏の気配は消えた。将は椅子に深々と腰を預け、しばしの思索しさくふけることとした。

(彼もまた、力を振るいたいのだろう。自身の出自が定める立場のためではなく、ましてや財貨や名誉のためでもなく、ただ己を腐らせぬために……)


 ここにいるのは、月軍本隊から分断された千程の軍勢である。

 彼らが今こうしてこの辺鄙へんぴな村で足止めを食らっているのには理由がある。持ち場であった北部から東部の国防戦線に合流すべく南下していた道すがら、運悪く“悪鬼”と遭遇してしまったのである。すぐさま陣を敷き応戦したが奮闘虚しく、戦は一方的な殺戮となった。

 戦術がつたなかった訳でも、兵力に差がありすぎた訳でもない。しゃ軍の指揮を執る男、死したはずの王、月の国の宿敵たる跛王はおうは、見たこともない兵器を獅子狩将ししかりしょう達に向けた。

(あれは、まるで熱砂嵐シムーンのような……)

 尋常じんじょうならざる力が戦場に吹き荒れ、一面は地獄ジャハンナムの様相へと変貌へんぼうした。四万余の兵力があったにも関わらず、瞬く間に陣形を破られ、月軍は屈辱的くつじょくてき潰走かいそうに追い込まれる事態となったのである。


 そして、その恐慌の中で道を照らし出したのは他でもない、赤髪の少年だった。

 彼は、異国の技師である。歴戦の将である獅子狩将ししかりしょうと出会い、自身の技術を月の国の軍事に利用することを提案した。“射石砲しゃせきほう”と彼の呼ぶこの画期的な兵器は、巨大な石の塊を火薬の爆発力によって撃ち出すというものだ。それは堅牢けんろうな城壁ですら一撃で砕き散らす程の威力を持つという。


 たった一門、たった一撃で、戦局を大きく左右しかねないもの。これは紛れもなく、劣勢にある月の国にとって喉から手が出るほど欲しいものである。しかしながら、兵器開発は国防の要であり、身元の明らかでない者を携わらせるべきではない領分の事柄だ。

 第一、この苦境を打破できる存在が都合よく現れることなど、大変疑わしい。かと言ってこの好機をみすみす見逃す程の余裕は、この国にはない。

 熟慮じゅくりょの末、将は二十日ばかりの時間をかけ、信頼のおける部下に素性すじょうを調べさせた。その結果分かったのは、彼が技術者であること――即ち、と判断されたということである。


吟王ぎんおうは、この赤き刀は、我が越権占断えっけんせんだんを御許しになるだろうか……」

 将は誰も見ぬ部屋で赤き湾刀シャムシールを握り、一人悩むふりをした。もっとも、少年の設計図に隠された秘密に気づいていれば、悩むふりではすまなかったかも知れないが。

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