第二話 不可視の翼 ⑤

「てめえの話は長ったらしくていけねえ」

 長斧が兵士の頭をかぶとごと砕く。散らされる血は既に流れた血に混ざり、さながら偉大なる川ユーフラテスのようである。

寄越よこすのは金か、飯か、そのどちらもか。俺が聞いているのはそれだけなんだよ」

 盗賊の頭目とうもくと思しき者が、残った武器も持たぬ男に詰め寄る。

「もうこれ以上何も無い! これを見ろ!」

 男は震える声で、盗賊たちに蔵の中を開けて見せた。中にはおりに入った少女が一人いるのみ。

「なんだ、あいつは? ……ん?」

 部下の一人が頭に耳打ちする。それを聞いた直後、頭領の顔は愉快ゆかいげに歪んだ。

「やっぱりな、あるじゃあねえか、金の種。なあ、しゃの国のお役人さんよ」



「生死を問わず、という指名手配のとき、お前はわざわざ殺すよな」

「ああ、勿体ないからな」

 頭領は古参こさんの仲間に対して、当たり前のことを聞くなと言わんばかりの視線を送る。その手には先ほどの男が首だけになって収まっていた。

 一団はしゃの国が支配した月の国の都市、その一つを敵勢力の皆殺しという荒業あらわざによって解放した。それは徹底的な破壊と共にもたらされた勝利であり、生き残ったわずかな住民たちは複雑な思いで彼らを見やった。

 牛角の兜を被り、豹柄の外套マントを羽織った一団が、羽根飾りの馬に乗る。その奇抜な装いは戦場で一際目を引くものだが、それでも恐れることなく敵前線に繰り出していく危険な戦いを至上の名誉めいよとする。その姿から人々は彼らを狂人デリ、命知らずと呼ぶ。盗賊まがいの連中であるが正式名称は非正規軽騎兵団アキンジ、月の国の大宰相による召集に応じ、馳せ参じた猛獣もうじゅうたちである。


「ここから一番近い軍舎ぐんしゃは何処だ」

「へえ。おそらく皇帝の都市カイセリかと」

 部下の一人が地図上の都市を指で示す。それを見ながら、頭領は別の部下に出発の身支度を手伝わせていた。元より派手な兵装に更に羽の首巻きを巻かせるのが、歴代の頭領の伝統である。

「ううむ……ここからだと、どっちだ? ……上?」

(上って……)

 気まずい沈黙が流れる。部下一同、揃いも揃って誰も指摘はしなかった。命が惜しいからである。

「上じゃなくて北! それから、教えて貰ったらまずお礼でしょ!」

 その静寂を破ったのは、数十分前まで蔵に捕らえられていた少女だった。長らく檻の中にいたはずだが、鬱陶うっとうしいほどに元気そのものである。

「口の利き方がなってねえな、殺すぞ」

「殺すなら殺せば? でも折角の金蔓かねづるを亡くしてもいいのかしら?」

 少女はおどし文句にも動じていないようだった。

 聞けば少女は月の国でも有数の大商人の娘だという。生きて家に返せば、それこそ小さな都市を襲う以上の褒賞ほうしょうが手に入るはずだ、と。


 彼ら“狂騎兵団アキンジ”は正規騎兵団スィパーヒーと違い、徴税地ティマールによる報酬を得られない。故に戦利品によってそれを賄う必要があり、そうした背景を持つ身にとってこの少女の言葉はとても魅力的なものだった。

「ただし、」と付け加えて少女は言った。「私に指一本でも触れてごらんなさい、報酬どころか処刑が待ってるんだから!」

 少女の視線の先には頭領の姿がある。自身の身を庇うように抱きしめ、最大限に警戒するような姿勢を取る。

「……おい、もしかしててめえ、俺が男だと思ってるのか?」

「……え?」

「俺は女だぞ? てめえみたいな不細工、いくら銀貨ドラクマを積まれたって抱きやしねえよ」


 死にたがりの狂人ども。その中で最も影響力を持つ頭領。その荒々しい態度からは思いも寄らぬことだが、性は女である。身に着ける羽首巻から羽騎士と呼ばれ、敵からは格別の恐れを以て語られる存在であった。

「そしてもう一つ教えてやる」

 首筋の冷えるような声でそう言った後、頭領は少女の右手の指を握りつぶした。

「あっ……ひいぃっ……」

「てめえは俺たちが助ける前から、右手はこうだった。意味は分かるな」

 少女は先ほどまでの威勢を失い、涙を目に溜め何度も首を縦に振るのみとなった。

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