第一話 刃と琴弾き ⑧
昨日彼は、結局何も持ち帰らなかった。そういう気分になれなかったのだ。
自分が生きている裏で、死にゆく人がいる。
わが身より愛しい刃だ。幸福という物とは縁の薄い人生を生きているが、いつもこの時間だけは間違いなく、彼の人生においてそれの代わりを果たしていた。しかし、今日はそれですら心を満たすことが出来なかった。昨日の雑音が、即ち、無残に中身を
何故かは分からないが、ふと琴弾きの女が脳裏を過った。あの叫びに、琴の音が重なる思いがした。
それもそのはずで、琴の音は実際にしていたのである。彼の住む
外に出ると、まだ朝告げの鳥も鳴かぬ
その慌ただしさの中でただ一人、
「約束の場所とは違うようだが」
彼は女に歩み寄り、感情を乗せずにそう言った。
「吟じる者にとっては些少な問題です」
琴弾きはまた昨日のように、澱みのない声で返した。続けて、
「共に生き、されど死す場は
その詩は群衆には聞こえていないようだった。
「何が起こっている」
「戦です」
「戦だと」
「よくお判りでしょう? この国は敵を作りすぎました」
女は相変わらず、彼に目を合わせようとしない。
「なぜこちらを見ない」
「それも、ご自身でよくお判りではありませんか?」
それだけ言うと、
中から現れたのは、一輪の指輪だった。丁寧に磨き上げられたそれは、この
「
彼はそこでようやく合点がいって、思い出したように
上弦の月をあしらった紋章。
「これは、
「わたくしめも、実際にこの目で見るまでは半信半疑でした」
「俺自身は、見なくてもよいのか」
「畏れ多くも、かようなこと……いえ、そう望まれるのなら」
幾ばくかの逡巡の後、琴弾きは彼を恭しく
「それでよい」
その視線に捉えられた刹那、世界から寸の間、雑音の消える思いがした。彼は満足げに笑った。
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