第一話 刃と琴弾き ⑦

 夜だというのに妙に明るく、しかし人影はいなかった。燃える痛みに背中を押されるように、彼は森へ足を運んだ。

 「見せかけの森」と、人々は呼ぶ。

 もともと砂漠だった土地一帯に、木を植えた人がいたのだ。良かれと思って植えた善意が、見る見るうちに大きく育ち、やがて天に届こうかと言う頃、もはやその足元には光は届かなくなっていた。暗く静かな、死んだ世界である。そうした場所にはまず、心をくした存在が集まるものだ。身体が死を待つばかりの、あるいは既に死んだ者だけが、この森のにぎわいとなる。

 それでも彼らは、最後の最後まで生に執着しゅうちゃくするものらしい。木々に実った彼の同胞どうほうは、その身に生きたかった多くの思いを秘めている。そしてそれ故に、彼は糊口ここうしのぐことが出来るのであった。


 それにしても、今日は一段と果実が多い。普段ならば探すのに暫しの時間を要するのに、常に視界に彼らがいるのだ。彼はふと悪い予感がした。何かとても良くないことが、この平穏な生活をおびやかしそうな予感が。遠くにうっすら明るい光が輝くのが見えてきた時、彼はそれを確信に落とし込んだ。

 光のもとに近づいていくと、そこには五人の男たちがいた。まるでこの世に自分たちしかいないとでも思っているかのように、浅ましくも大声で笑っている。そのほとんど怒声に近い笑い声に交じって、若い女の悲痛な叫びが辺りに響いていた。


 わざわざ、殺しているのだ。放っておいてもくさる果実を、泥の足で踏みにじっているのである。その雑音も、彼はやはり気に入らなかった。

 少し早い両脚の調子に、男たちが気づくためには、一人の命が犠牲にならなければならなかった。

「口を閉じろ」

 彼は残った四人に命じる。声の主に男どもは振り向く。そこに無残むざんにも刃の突き刺さった仲間を、そしてその裏に立つ彼を認めた。事態を理解したとき、ほぼ全員が怒りの感情を露わにした。酔っているのは酒か血か、上気した赤ら顔がぶっきらぼうに彼を捉える。

「死に損ないが、俺たちに盾突たてつく気か」

 めいめいが威勢いせいの良い言葉を吐き、それに反して覚束おぼつかない手付きで、腰にいた刀を抜く。仲間の死に無頓着むとんちゃくな者どもは、見れば異国の兵士のようで、しかし散らばる酒瓶が、彼に一片の憐憫れんびんの情を浮かべさせた。

「盾は無く、やいばのみだ」

 短剣に刺さったままだった死体を蹴り飛ばし、男どもの驚いた隙をつき一人に肉薄にくはくする。剣を振り上げる間もなく、また一人が絶命した。死体の下敷したじきになった男も、すぐに後を追うこととなる。瞬く間に二人になった男たちは、先ほどの酔いは何処へ行ったか、剣を投げ出し一目散に逃げ出した。彼は殺意を込めて短刀を投げ、うち一人の息の根を止めた。

 しばらくして、森は再び静かになった。

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