第一話 刃と琴弾き ③
月の国北方の沿岸都市、
「北の野郎ども、戦場にこんなもの持ってきやがって……」
戦利品は早い者勝ちである。
「まあ、確かに酔わねばやってられんが」
「どうして……そのように平気でいられるのですか?」
その落ち着いた様子を見て、
「慣れ、だな。今やもう、自分の命すら大事に思わない。それだけだ」
不安そうな顔を尻目に、老兵は酒を呷る手を止めない。
「あの
新兵の視線を追うと、捕虜となった敵兵の列が遠目にあった。彼らは皆一様に右の
「いいか、余計なことは考えるな。俺たちは目の前の敵を討つだけだ」
老兵の目の前の若者は、泣き出しそうな赤子のようにも、疲れ切った老人のようにも見えた。どうやら連行される捕虜の姿に、明日の自分を重ねて見てしまっているらしい。此度は自国の大勝であったにも関わらず、新兵は明らかに戦意を喪失していた。
「でも、あなたもあの噂をご存知でしょう? わたしたちが次に繰り出される戦場には……その……」
質問の意味するところは明白だった。老兵は忌々しげに鼻を鳴らした。
「ああそうだ。あの悪鬼が待ち構えているかもしれない訳だ」
海を渡って侵攻してきた雪の国、北方の雄とも呼ぶべき大国に対する防衛戦争。その大勢が決した後、戦線を展開していたこの部隊には、強行軍にて東部国境へ転戦せよとの命が下された。重装の
死したはずの“
重苦しい沈黙の中、老兵は再び酒瓶を傾ける。そして
「呑まれるくらいなら飲め。俺たちは騎士であり、そしてそれ以前に男だったはずだ」
新兵はその言葉に、華奢な肩をびくりと震わせる。そして神妙な顔つきをして酒を受け取った。恐る恐る口を近づけ、ごくり、ごくりと、自身の意を確かめるように喉を鳴らして飲んだ。
「それでいい。それでいいんだ。我らが月の威光を信じることだ……ああ……」
老兵は東の空を見上げた。光など届かぬような、底知れぬ暗闇が広がっている。
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