第一話 刃と琴弾き ②

 一定の間隔で身体が上下する。その揺れで少年が目覚めると、あの兵士に負ぶわれているのが分かった。

「あの……」

「おお、もうめたか。だが念のため、軍医の所まで共に行こう」

 兵士は先ほどの荒々しい様子とは打って変わって、優しい声で返事をした。


 少年はどうやらあの吹雪に巻き込まれた時に、気を失ってしまったようだ。

意識が遠のく最後の間に感じていたことは、絶望的な寒さであった。骨のずいまで凍えさせられた感覚が、脳裏にこびり付いて離れない。そしてそれが現実に起こったことだったと伝えるように、その身体はまだ強張こわばり震えている。


「先ほどの女性は、何者だったのですか?」

「あれか? あれは、雪の国の……まあ、偉いやつさ。ああ見えてな」

 詳しく話しても伝わらないだろうと思ってか、返答は簡素なものだった。

「とにかく災難だったな。しかしまあ、今日日きょうび人に情けをかけるとは、お人好しがすぎるというものだ。故郷くにはどこだい?」

 聞かれて少年は口籠くちごもった。しばしの逡巡しゅんじゅんはらみつつ、辛うじて「西からです」と答えた。

「話したくないなら、詳しくは聞くまいよ。きっと平和なよい所から来たんだろう」

「……あんな恐ろしいものと、いつも戦っているんですか?」

 話題を変えようと意気込んでいるのか、その質問は少々荒い息に乗せられた。

「最近はずっとそうだな。と言っても、大抵は我の敵ではないがな!」と言いながら高笑いしたかと思うと、兵士は急にわざとらしく神妙な口調になった。「……ただ、最後の自爆には肝が冷えたよ」


 既に危機が去ったからこそであるが、少年の目にはその様子が可笑おかしく映った。

 けれど。

 平気そうにしているけれど、きっとこの人も、痛みに耐えているのだ。

「守ってくださり、ありがとうございます。何かお礼ができればいいのですが……」

 少年は赤毛の癖髪を掻きながら、少し気恥ずかしそうに言った。

「気にするな、兵の務めを果たしたまでよ。……あ、でもそうだなあ、一つある」

 何やら思いついたように声を上げ、兵士は湾刀シャムシールを抜いて少年の目の前に持ってきた。

「人を探している。しかし、この国のどこかにいるらしいとしか分からんのだ。やつはこんな感じの刀を持っていてな」

「はあ……これは綺麗な赤色ですね」

 その湾刀の神秘的な色を見て、少年は思わず溜息を漏らした。

「だろう? 我には勿体無き業物わざものだ。もっとも、やつの持っているのとは少し様子が違う。これより短くて青い三日月刃だ」

(……それじゃあ、この湾刀を参考にしても意味ないんじゃないかなあ……)

 少年は、少々困惑して黙り込んだ。


「……これを見ても無駄だと思ったか? だが不思議と、一目見れば我の言わんとすることが分かるはずだ。何せこれとあれの二振りは、鍛冶かじを同じくする兄弟刀なのだからな」

「知っているならお答えしたいところですけれど、あいにく旅の者なので……」

「はは、それもそうだな! 分かるはずもない!」

 何がそこまでおかしいのか、兵士は再び高笑いした。その陽気に、少年も釣られて笑った。


 二人は和やかな雰囲気のまま、月兵の詰めるとりでを目指した。

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