第2話

目を指す光に不快さを覚えて、僕の意識は浮上した。

何度か目をしばたかせるうちにはっきりしてきた視界。そこに飛び込んできたのは見知らぬ森の風景だった。


あれ、ここどこだろ?ていうか、なんでこんな所にいるんだっけ?


思い出そうと頭を働かせながら僕は横たえていた体をゆっくりと起こす。けれど--


「あ痛たたっ!」


思わず悲鳴があがって、そのまま地面に体が逆戻りする。

少しのたうち回った後に、背中に湿った地面の感触を感じなら、体の様子を探る。色んなところが痛かった。特に痛みが酷いのは右腕だ。

恐る恐る腕を空へのばして様子を見た瞬間、うわあ、とだけしか言えなかった。切り傷擦り傷鬱血痕、ケロイドも膿みもある。虫が湧いていないのが不思議なくらいだった。幸いなのはぱっと見る限り骨は折れていなさそうなことと、大きな出血は無いことか。ただ、やはり動かすと息がつまる程の痛みが走る。安静にしとこうと思った。


なんで、こんなことになってるんだ?

傷を目にしたからか痛みが増した気がする。体の力を抜いて、頭だけを動かす。

あれ?本当に何があったんだろ?何も覚えてないぞ…!

思った瞬間に背中にぶわっと汗が出た。どんなに記憶をさかのぼろうとしても、目が覚めた瞬間に忘れた夢のようにつかみどころの無い感覚だけが伝わってくる。

待て待てっ、何か手がかりはあるはず、落ち着いて思い出せっ。

大きく息を吸って深呼吸しようとしたけれど、そのまま僕は息を止めた。


近くの茂みから何かが近づいてくる音がする。

人なら良いけれど熊とかだったらまずい…!

指一本動かさぬよう体を固くして、呼吸もひそめて、様子を伺う。ほどなくそれが姿を現した。

熊の方がマシだったかも…!!

現れたのは異形だった。

例えるなら魚と馬とトカゲの骨と腐肉をめちゃくちゃにくっつけて、なんとか四つ足の動物のような形に成型したやつだ。大きさは大型犬くらいで、真っ黒な霧がまとわりついて妙な存在感を放っている。そいつはなんだかよくわからない濁った色の液体を口からこぼしながら歩いている。液体からは胃をひっくり返すためだけに作られたんじゃないだろうかと思うような、ひどい臭いだ。


アレは、まずいものだ。誰に教えられなくてもそうとわかった。

えづくのを我慢するためにつばを飲むことさえ、アレに気づかれる原因にならないだろうか。そんな心配をするくらいアレとの接触が恐ろしくて、指一本動かせる気がしない。

頼む、見つけないでくれ…!!

そんな心の叫びは無常にも無視された。


目が合った。


痙攣したように全身の筋肉に力が入って跳ねる。その勢いに逆らわずに僕は起き上がって走った。

がむしゃらに草木をかき分けて、叫び声をあげながら走る。

後ろを振り返ると黒い霧が薄く、しかし恐ろしい速さで広がって、あっという間に僕を包んだ。

本体は遠くで悠々と歩いている。

早く、もっと遠くへ逃げなくちゃ。

そう思うのに、どうしてか足がどんどん重くなる。

霧だ。霧がまとわりついて重い。


何分もたたないうちに、僕の足は止まってしまった。

あたりは気づけば墨で染めたように真っ黒になっていた。


振り向けば本体はもう目と鼻の先にいる。



もう、だめだ…!


アレの口が開く様子がやけにゆっくりと見えていたとき、急に視界に白いものが飛び込んできた。


「おい!大丈夫か!?」


数秒前に目の前で起きたことが信じられなかった。人だ。真っ白い着物を着た人だ。

その人の刀があっという間にアレの首を落としたのだ!


助かった。そう思ったのが最後、そのあとのことは覚えていない。

案の定気を失ったみたいだ。

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刀と神通力の世界で記憶喪失だけど僕は元気です。 昭平 和成 @akihira

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