吟遊詩人の酒場で嗜むスピリタス
ゴールデン街は詩人の酒場だ。赤や黄色の燈籠がちらつく道を歩いていくと、ディケンズの小説のタイトルから取ったと思われる「二都物語」という酒場が見えてくる。
そこで僕はスピリタスを頼んだ。僕は夢の中でも酔っ払うのだ。酔っ払った勢いで、女の子を手当たり次第に口説く。まずはバーによく出入りする女の子。しかし、その子が誰なのかわからない。どこかで見た覚えがある顔の輪郭と、凛とした表情。そこに魚眼のような白目が嵌め込まれて、今ひとつ魅力を失ったその子のことをなんとか追い回し、彼女がソファからソファに移れば私も追いかけて移り、そのときヒールのかかとが自分のフロックコートの裾を踏んでぴりりと破いて、「ごめんなさい!」という女の子の声とともに彼女は倒れてしまったのでそれを受け止めてソファに折り重なった。フロックコートの裾を見ると穴が開いている。そこからゆっくりと視線を女の子の太ももに、うねって左右非対称な胸に、そして顔へとやると、それは神楽弓月だった。
「どうしてこんなところへ?」我を忘れて尋ねた。「君は妊娠したんじゃなかったのか?」
「何を言っているの」彼女の指先は細い鋭い爪がコートを塗って光っていた。「あれは私の想像妊娠よ。私、気づいたのよ。私はすっかり、馬鹿で忘れてたんだって。そんなことより、あなたは誰? なんで妊娠の疑いがあったことを知ってるの?」
言われて僕は自分が誰なのかわからなくなっていたことに気づいた。私はもう一度目覚めようと寝返りを打ったが、そのときに彼女も一緒に巻き込んで脚が絡み合ってしまった。「あなた、詩人でしょ? 何かスキルの一つや二つないの?」
「『火星の書』を暗唱できる」
「暗唱してみて」
暗唱を始めると、僕は辺りの部屋じゅうに呪詛の言葉の響きが重なったり分かれたりして枝葉のように拡がっていくのが感じ取れた。そして辺りは真っ黒になり、……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……
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