『火星の書』



「これは……いったい、なんなのかしら?」

 そう語るは神楽弓月。この書物は神秘主義の書物であり、また書物であると同時に都市であり、都市であると同時に麻薬でもある。麻薬であると同時に魔法であり、魔法であると言いつつ種明かしができて、種明かしができると言いつつ謎が最後に残るような作りになっている。

 人々は片時も休まず歩き続け、神経質そうに仕事をこなし、それが延々と終わらないために破局へと物語は向かう――そう、この書物には記されている。しかしその破局の全容はいっこうに明らかにされないのだ。どころか、破局こそが真の意味での力になるのだと言わんばかりに物語の核を作っている。

 神楽弓月はもう一度言う。

「これは――いったい、なんなのかしら?」

 やはり先は見えない。先のことを物語ろうと躍起になっているうちに時間が過ぎて、あっという間に過去に舞い戻ってしまうのだ。しかし過去に舞い戻るということは再び蘇る可能性を持っているということでもある。このことが我々の生活を豊かにすることは疑いようがない。しかしながらその過程には延々と終わらない過去の蓄積が存在するのだ。過去の集積の産物! それが、火星の書を紐解くと出てくる、夥しい引用文献の数々に現れてくる。例えば段落番号105を読んでみよう。「引用は死を意味する。引用が暗示するのは書物の不吉なほど暗い未来でしかない。書物の闇を吹き払って本を読まなければ、書物の先へと行けない」これは引用そのままに引用したものだ。つまり孫引きである。しかし手探りで確かめられるのはここまでだ。ここから先は私の道ではない。そう、あなたの道だ!

 神楽弓月は三たび言う。

「これはいったいなんなのかしら?」

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