第7話 人生初デートは同性と
今日は4月29日の日曜日だ。
僕は東萩駅に来ている。勿論、例の女装で決めている。白い半そでのワンピースだ。スカートの丈が膝より少し上なのは助かるんだけど、これはやっぱりものすごく恥ずかしい。やっぱりひらひらの帽子もかぶって来た。これで少しは顔が隠せるんじゃないかって思ったからだ。
ゴールデンウイークに入ったせいか、駅前も人通りが多くなっていた。誰か知っている人に会わないだろうか、僕に気づかれたらどうしようか、そんな不安が心の中を駆け巡る。
今日は朝早くから五月につかまった。五月の家に連れ込まれ、着替えさせられて念入りにメイクもされた。そして、ララやミサキさんに見つからないように、翠さんに車に乗せられてここまで来たんだ。
「涼、涼だよな」
突然、背後から声を掛けられた。翼くんだった。
僕はぎこちなく振り向いて、ぎこちない笑顔を作って、ぎこちなく会釈をした。翼君はジーンズにTシャツ、ブルーのパーカーを羽織っていた。
「そうだよ。」
「やっぱり涼だった。か、可愛いじゃないか。すげえ似合ってるし、リップも? おおお。俺は今、滅茶苦茶感動してるぜ!」
「つ、翼君、声が大きいよ。誰か知ってる人がいたら困るよ」
「そ、そうだな」
あの、豪胆な翼君が頬を赤く染めて恐縮している。それは滑稽なんだけど、それよりも、今の自分の格好が恥ずかしくて仕方がなかった。
「ところで、今日は何処へ行くの?」
「ああ。そうだな。秋吉台はどうかな? ちょうどいい季節だし、街中で遊ぶよりもそっちの方がお前好みだろ?」
「うん。そうだね。バスに乗るの?」
「ああそうだ。新型の、パノラマEVバスの予約が取れたんだ」
「ああ、アレだね。ニュース番組で見たことあるよ」
最新型のEV(Electric Vehicle/電気自動車)バスだ。今では、小型車はほとんどEVに置き換わっているのだけど、バスやトラックなのど大型車両はHV(Hybrid Vehicle/ハイブリッド車)が主流だった。そしてまだ普通のディーゼルエンジン車も多く走っている。そんな中で、地元のバス運行会社が採用したEVバスは話題になっていた。そして、窓ガラスの面積をできる限り大きくした視界の広さ売りでもある車両だ。
「俺もネットで動画を見ただけなんだよ。まだ実物を見た事もない。最新型ってだけで、ドキドキするよな」
「そうだね。ドキドキするね」
翼君は、こういうメカニック的な話が大好きなようで、新型のバスについて色々うんちくを語ってくれた。電装とバッテリー関係はパナソニック、車体はトヨタ、そしてモーターを含む駆動系は綾瀬重工だと説明してくれた。睦月君なら話が盛り上がったのだろうけど、彼は今、宇宙だ。僕は翼君の話に唯々頷くだけだった。
バスは大正洞入り口の駐車場を左に見ながら、カルストロードを上っていく。左右に生い茂る林が途切れ、突然カルスト台地が姿を現す。緑色の草原に羊のような石灰岩があちこちに顔を出している独特の景観だ。ここへは何度も来た事があるんだけど、毎回、何だか心が晴れ渡るような爽快感が溢れてくる。
「ここもな。三年前に小惑星が落下して大火災が発生したんだよ。真っ黒の焦げ焦げになってしまって、修復が大変だったらしいぜ」
「うん。聞いたことがあるよ。あちこち土壌溶岩化した土壌とか、溶けた石灰岩を取り除いたって。草の種もまいたって聞いた」
「ここまで来るのに三年かかった。でも、まだ草が生えないところがある」
「そうだね」
三億年以上かけて形成された景観が、一瞬で破壊されたんだ。公には小惑星の落下って事になってるんだけど、それは違う。本当は、宇宙人から地球を守るために戦ったからなんだ。宇宙人の戦艦は滅法強くて、数度の射撃で秋吉台を火の海にしたらしい。でも、これは極秘情報だから、翼君にも話してあげられない。
「ここは大昔は海の底だったんだぜ。そこで堆積したサンゴやらが石灰岩になってる。だから、探せば化石も見つかるんだぜ」
「うん。知ってるよ。こないだ理科の先生がフズリナの化石を見せてくれたでしょ。あれは秋吉台で見つかるやつなんだって」
「そうだったな。えーっと? ペルム紀末の大量絶滅だっけ? 古生代から中生代へと移行したって言われているやつ」
「そうだね。詳しいことはよくわかってないみたい。恐竜が絶滅した時は小惑星の衝突説が有力視されてるけど、ここではよく分かってないんだ。地球の歴史上最大の大量絶滅と呼ばれてるんだけど、実際は良くわかならない。巨大なマントル対流の上昇、スーパープルームによって発生した大規模な火山活動が原因って言われてるけどね。証拠が乏しいんだ」
「さすがは涼だな。俺も事前に情報を仕入れてたんだがな。敵わねえな」
「翼君もすごいよ。だって、試験に出ない先生の雑談がネタなんだから。普通はそんな事を一々暗記したりしないって」
「そうかもな。でも、何億年も前に起こった大スペクタクルの話は大好きなんだぜ」
「僕も好きだよ」
「話が合うな」
「へへへ」
僕は、自分が女装している事なんかすっかりと忘れて翼君と夢中で会話してた。青い空と緑と白のカルスト台地に溶け込むような気持ちよさだった。
バスはカルスト台地を離れて下り道をゆっくりと走る。秋芳洞の入り口にあるバスセンターに停車した。僕たちはここでパノラマEVバスを降りたんだ。
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