第6話 僕は着せ替え人形

 今日は4月28日の土曜日。

 今更ながら、とんでもない約束をしたものだと後悔している。今は自宅のリビングで、翠さんと衣装合わせをしている最中だ。


「私の服ではちょっと大きいですね。ララさんの服借りてみますか? サイズは丁度良さそうですが」

「ララには黙ってて。恥ずかしいから」

「では、五月さんの所へ行ってみましょう。小学生の頃の衣類があると思うので。小物関係も良いのがあると良いですね」

「五月もダメだよ」

「あら、じゃあ衣装はどうするんですか? 翼君のために女装するって決めたんじゃないの?」

「そうだけど」

「上手に言って誤魔化しますからお任せください」


 翠さんが部屋から出て行った。僕は翠さんのメイド服、いわゆるオーソドックスなエプロンドレスを着せられている。この状態で放置されるのは結構つらいものがある。


 そこへ何と、五月が入ってきた。


「わ、あんた誰? え、涼? なんて格好してんのよ」


 五月に見られちゃった。

 ここは落ち着いて対応するしかない。


「あの、五月さん。実はですね。訳あって女装することになったんです」

「ほほー」


 五月の目がキラキラと輝いていた。


「あんた身長は?」

「149センチ」

「靴のサイズは」

「24・0」

「ヨシわかった。ちょっと待ってなさい」


 だだだだだっと走って出ていく。外で翠さんと出会ったのだろう。話し声が聞こえてきた。


「きゃー、翠さん。涼の着る服よね。来て来て。こっち」


 すぐ隣なので大声が丸聞こえだ。女装男子の衣装選びでこんなに盛り上がるとは不思議な事だと思う。


 しばらくして翠さんと五月が戻ってきた。


「涼ちゃーん♡」

「涼様♡」


 衣類を山ほど抱えてきた二人は、いわゆる満面の笑顔だった。

 僕はいろんな服を着せられては脱がされた。まるで着せ替え人形だった。十数着試して三つの候補が決まった。


 紺のブレザーとチェックのスカート、ニーソックスの制服っぽい私服。

 半袖の白いワンピースにヒラヒラ帽子のお嬢様ルック。

 黒のミニスカートに赤いTシャツとベストの活発系。

 

「どれが良いかな~。迷っちゃいますね」

「私はこの白のワンピースが良いと思います。素足にサンダルがベストではないでしょうか」


 迷っている五月に、翠さんが提案する。自分としては一番恥ずかしい恰好になる。


「うーん。一番女の子してるしね。これにしようか」

「涼様。どうしますか」

「お任せします。でも、帽子はなくすかもしれないからいいです」


 帽子をかぶった方がバレにくいはと思うのだけど、こんなひらひらしている奴じゃいつ風に飛ばされるか分からない。


「帽子、可愛いのにな」

「これに決定しましょう。では、カツラと、メガネをっと」


 不満げな五月をよそに、翠さんは嬉々として僕にカツラを被せる。そして、赤いセルフレームの眼鏡をかけられた。カツラは黒髪で、普通のおかっぱって感じだった。ブラシで髪をとかしながら翠さんがつぶやく。


「これは見事ですね」

「可愛い! 可愛すぎる!」


 簡単とした表情の翠さんと、何故か大はしゃぎの五月だった。


「涼様はメガネっ娘でしたか。気が付きませんでした。私の予備よそいきがこうも似合うとは思いませんでした」

「これで決まり。このピンクのポーチと財布で完璧じゃん」

「そうですね」

「これで、翼はメロメロだよね」

「これ以上、涼様に惚れさせるのは得策ではないと判断しますが……可愛いので良しとしましょう」

「うんうん。本番は明日だよね。メイクもする?」

「そうですね。顔のうぶ毛を剃ったり眉を整えたりしないといけませんし」

「うわー。眉は私にやらせて。ね。ね!」


 それからしばらく、僕はおもちゃの様に顔をいじくられた。顔を剃られ、眉も細く整えられた。軽くファンデーションを塗られ、唇にもピンクのリップクリームを塗られた。


「これで決まり。バッチリね!」

「では記念撮影をしましょう。外で……」

「外はダメ!」


 僕の言葉に翠さんは頷く。


「じゃあここで」


 ソフィアがカメラを扱い、撮影してくれた。

 翠さんと五月が正座をして並んで座り、僕はその後ろに立った格好だ。


「笑ってくださいね。はい。チーズ」


 カシャ

 

「画像は皆さんの端末へ転送しました。保存と画質の調整は各自お願いします」


 ソフィアの手際は大変良かった。

 僕は携帯を見たんだけど、やっぱり顔が引きつっていた。でも、可愛いかどうかは別にして、日本の女の子になっているのには驚いた。これで、他の人から見れば僕とは気づかれない。


 一応、安心した。


「じゃあ片付けましょうか」

「そうですね」

「明日の準備は?」

「ここで私がやります」

「翠さん。ここで着替えるとララやミサキさんにバレるんじゃないの」

「それもそうですね」

「明日の朝は私が引き受けます。じゃあ、持って帰るね。さあとっとと脱ぐ」


 また脱がされた。男の子の下着姿をみて恥じらいも何もないあっけらかんとした態度はどうかと思うのだが、そういうところは五月らしい。


 部屋を片付け終わったところでララとミサキさんが帰宅した。


「ララ様、ミサキ様、お帰りなさいませ」


 ソフィアが出迎える。ミサキさんはそのまま二階の自室に向かうが、ララはそのままリビングに入って来た。ブルーレイディスクを持ってる。


「中村吉右衛門の鬼平だ。今から見るけどいい?」

「ええどうぞ。私達はお散歩しましょうか?」


 翠さんの提案に僕は頷く。リビングはしばらくララの時代劇の鑑賞会になる。 


 今日は坂道を下り、明神池に降りてきた。この池は海水に満たされていて、中ではタイやヒラメなどの海水魚が泳いでいる。萩の有名観光地の一つだ。


「ところで翠さん。あのメガネは度が入ってないですよね」

「勿論、伊達メガネですよ。アンドロイドなのに視力が悪い訳ないでしょ。両眼とも5・0ですよ。一等星なら昼間でも見えます」


 昼間に星が見えるとか、それはどういう視力なんだと思うのだがそこはスルーする。


「でも、翠さんの眼は昔と変わったよね。今は人間そっくりだけど」

「そうなんです。現在はバージョン3の筐体になっていますね。バージョン2で見た目の変更、バージョン3で軽量化されました。バージョン2に変更された時、見た目は人と同じになりました。その時に眼球を濃いブルーの単色レンズから人間そっくりの眼球に変更されています。また、型式と登録番号の刻印も廃止されてます。2年前の事ですね」

「何かあったの?」


 僕の質問に翠さんは笑顔で答えてくれる。


「いえ、紀子博士の趣味でしょう。試作機だから好きにさせろってねじ込んだみたいですよ。AR(拡張現実)グラスを使用した場合には、それらの情報が表示される仕組みです」


 今でも人間そっくりのアンドロイドは規制されている。犯罪行為にかかわる法律は人とアンドロイドで異なる事が理由らしい。眼球と額の登録番号は外せないらしいのだが、ARデータとして表示されるのでOKなのだろうか。


 彼女は特別性。4年前に三体だけ制作されたプロトタイプのうちの一人。タイプXRH型アンドロイド。


 でもその本質は、数億年前から存在しているという絶対防衛兵器。 

 僕は15歳になって、彼女のマスターになった。それはつまり、地球が危機に陥った時には、僕は翠さんと共に戦わなければいけない。そういう事なんだ。


 明日のデートは不安だけど、この先の事を考えるともっと不安になる。


 翠さんは魚の餌を買って来て水面にばら撒いている。それに向かって多くの魚が水面に浮かび上がって餌を奪い合う。時折とんびが飛んできて、それを掠める。


 僕も餌をもらって水面に投げる。


 いつもの日常だ。こんな日常がずっと続けばいい。

 そう思いながら、僕は魚の餌を水面に投げ続けた。

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