第3話 ハッピーバースデー
今日は4月22日の日曜日だった。
周防大島から戻った僕たちは、それぞれの家へ帰るんだけど、みんなここ笠山人形屋敷の敷地内だ。元々はホテルであった建物を紀子博士が買い取り、改修して自宅兼研究施設として使用している。同じ敷地内に二棟の社宅があり、僕と五月はその社宅に住んでいる。
僕たち三人と翠さんしか乗っていない大型バスがゲート前に止まる。ここは綾瀬重工の研究施設でもある訳で、意外と警備が厳重なのだ。アンドロイドの守衛が敬礼をしてゲートが左右に跳ね上がる。すぐ右側に駐車場がありその奥に僕たちの住んでいる社宅がある。バスは駐車場に停車した。
僕たちがバスを降りたところでバスはゲートへ向かう。ゲートが開き、バスは坂道を降りて行った。
僕たちの住んでいる社宅からさらに高い位置に人形屋敷の本宅がある。あそこまで行けばかなり見晴らしがいいし、夜間は星がよく見える。僕のお気に入りスポットだったりする。
西の空が赤く染まっている。もうすぐ日が暮れるだろう。
ここで解散かと思ったら、何故か皆で僕の家に入っていく。ララは居候だから当然なのだが、翠さんと五月も一緒だった。
家に入った途端、母に目隠しをされた。靴を脱がされそのままリビングへと連れていかれる。
目隠しを取られた瞬間にパンパンとクラッカーの鳴る音がした。
「誕生日おめでとう!!」
そこにいた皆が一斉に声をかけてくれた。
そうだった。
今日は僕の誕生日。
これで15歳になったんだ。
テーブルの中央には誕生日のケーキ。多分僕の名前が書いてあるんだろう。その周りには所せましと並べられたごちそうの山。唐揚げやエビフライ、いなり寿司に巻き寿司。僕の好物がこれでもかって位に並んでいる。
そこにいたのは近所に住んでいる祖母。人形屋敷の紀子博士。五月と五月のお母さん。ララとララの姉のミサキさん。睦月君の従兄の綾瀬正蔵さん。そのそばにいる女児は佳乃椿ちゃん。そして翠さんと我が家の家事支援アンドロイドのソフィアだ。ご近所だけの誕生会ではあるが、僕には知らされていないサプライズ企画だった。
僕は嬉しくて目に涙を溜めていた。
そうか、睦月君が宇宙へ行きたくなかった理由は、コレだったんだ。
ごめんね睦月君。高所恐怖症のあまりビビってたんだと思ってた。
正蔵兄ちゃんが大きな大きな包みを持って来てくれた。
「これはみんなからのプレゼントだ。GPS付の自動導入モデルだよ」
これは高級な天体望遠鏡だ。GPSで位置を判断し、自動で星を探してくれる。欲しかったけど物凄く高かったから、僕のお小遣いではとても買えないものだった。以前、僕は天体望遠鏡を持っていた。でもそれは、三年前にむつみ基地へ置きっぱなしにしてそのまま燃えちゃった。だから、このプレゼントは本当に嬉しかった。
涙が止まらない。
椿さんが椅子の上に立ち上がって僕の涙を拭いてくれた。
「涼ちゃん。元気出して。椿がチューしてあげる」
ほっぺにキスしてくれた。
そうか。あれから三年たったんだ。
正蔵兄ちゃんと椿さんが大活躍して、睦月君と五月とゼリア君と、夏美さんと翠さんと、僕たちが力を合わせてアレを撃退してから。
当時は、東日本大震災に匹敵する大惨事と報道された。死者、行方不明者、合わせて1万数千名。イージス・アショアのあった自衛隊むつみ基地を中心に壊滅した。
僕たちはヒーローとしてもてはやされることはなかった。逆に法的な責任も問われなかった。地球と日本を救ったのだから当然だろうと思う。
しかし、亡くなった人たちの家族や親類の怨嗟は僕たちへ向けられたんだ。詳しい話は省略するけど、僕たちは地域から孤立した。
学校でも同じだった。
こういう誕生会をするときはクラスの仲間が沢山集まってもいいんだけど、ここには誰もいない。その理由がコレなんだ。
気にしていないと言えばウソなんだけど、もう慣れてしまった。
「さあ、始めましょう」
母の一言で合唱が始まる。
Happy Birthday to you ……
こんな楽しいパーティーは久しぶりだった。
楽しい時間はすぐに過ぎ去っていく。
ほどなく宴はお開きとなり皆は帰っていった。
僕は翠さんに誘われ、笠山の山頂へと歩いていく。
30分くらい歩いただろうか。山頂の公園へ到着する。
ここには街灯が無く真っ暗闇だ。僕の持っている懐中電灯が唯一のあかりだ。駐車場から階段を上がり、山頂の火口付近へ行く。そこも通り越して展望台へ上がった。
昼間なら日本海を一望できる眺めのいい場所なのだが、今は真っ暗でほとんど何も見えない。
沖に漁火が見える。それだけ。本当に真っ暗だ。
西の空には冬の大三角の一つ、プロキオンが見える。もう沈んで行くところだ。シリウスはもう見えない。
翠さんが話し始めた。
「誕生日おめでとう」
僕は黙って頷いた。
「15歳になったね」
「うん」
「私が昼間言ったこと、覚えてる?」
「うん。でもあれって冗談でしょ」
「本気よ」
真顔でこちらを見ていると思う。暗くて確認はできないんだけど。
「涼様。私のマスターになって下さい」
僕はどうしていいのかわからなかった。でも、返事は決まっていた。
「わかったよ。僕は翠さんのマスターになる」
翠さんは僕を抱き寄せた。
そして僕の唇にキスをした。
すぐに離れて反対を向く。
「ありがとう。嬉しいです」
翠さんはか細い声で言った。
僕の誕生日を待って、15歳になるのを待って告白してくれた。
僕の胸は熱くなり、心臓は破れそうなくらいドキドキと鼓動している。
三年前は、正蔵兄ちゃんと椿さんが、あの巨大な化け物、異星人が持ち込んだ生体兵器と戦ったんだ。それは本来、僕と翠さんの役目らしい。
地球を守るための防衛システム。絶対防衛兵器であるアルマ・ガルム。翠さんは、そのインターフェースなんだ。
僕は翠さんのマスターとなった。それはつまり、
何故、僕なのか。理由ははっきりと教えてもらえなかった。でも、僕じゃないとダメらしい。正蔵兄ちゃんから聞いた話では、輪廻の過程で築いた魂の繋がりなんかが大事らしい。それは過去から連綿と続く、僕と翠さんの運命なんだと。
「涼様は何も考えなくて結構です。何もしなくても結構です。有事の際、私に命令していただくだけです。地球を守れと」
本当にそれだけでいいんだろうか。僕には全くわからない。
この先どうなるんだろう。
侵略者が来なければ何もない。
でも、来てしまったら戦わなくてはいけない。
本当に、翠さんに命令するだけでいいのだろうか。本当は、僕が命を懸けて戦わなくてはいけないのではないだろうか。
答えなんてあるはずがない。でも、僕は腹を括るしかないと思った。
地球を守るために。みんなの未来を守るために。
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