第2話 ライトクラフト
ペンでパネルを指しながら薫さんが説明を始めた。
「ライトクラフトとは、地上からのエネルギー供給により推進力を得て飛翔する宇宙船のことです。この方式は外燃機関と呼ばれています。従来のロケットよりも構造が単純で、かつ、大量の燃料を積む必要がありません。再利用が可能な低コストの機体、しかも圧倒的な搭載量を誇ります。まさに次世代を担う宇宙開発の花形。それが、私の開発したライトクラフト『雷鳴Ⅲ型』なのです」
眼鏡のテンプル部分を持ちながら、目をパチパチさせている。自信満々って感じだ。
「この推進方式は外燃機関と呼ばれています。外燃機関自体は古くから研究されていました。しかし、高出力の電磁波ビームを実現できず、またエネルギー供給に難があった為、実用化は難しいとされていました」
薫さんの話は続く。綾瀬重工の会長、綾瀬重蔵氏のチームが核融合炉の開発実用化に成功した事により、エネルギー供給の目途が立った。また、その豊富な電力を利用した高出力のマイクロ波ビームの開発にも成功し、ライトクラフトによる衛星軌道への往復は実現した。今から5年前の事だ。この時に第二世代型が実用化された。宇宙ステーションへの物資や人員の輸送、衛星の打ち上げなど多岐にわたって活躍している。ずんぐりとしたドングリみたいな形状だ。ちなみに第一世代型は傘を開いたキノコのような形の実験機。今回就航した第三世代型は大昔のスペースシャトルそっくりの形状で、大きな翼と垂直尾翼を持っている。大気圏内では空力を利用し、エネルギー効率を大幅に向上させた。大気圏に再突入する際も外燃機関の推進力を利用することで十分に減速できるため、昔のスペースシャトルと比較して安全性は格段に向上しているとのこと。旅客業務に対応した客室を装備しているので、宇宙旅行も非常に快適なのだそうだ。ちなみに、核融合炉と原子炉を連結して運転させることで高速増殖炉も実現した。上関にはこの増殖炉と核融合炉が併設されている。上関のプラントは周防大島の予備としての位置づけでもある。
ライトクラフトの基本構造は単純で機体の一部を凹面鏡構造としている。外部から照射されたビームを、その凹面鏡で反射し収束させる。そこに発生する高熱で大気を激しく膨張させその衝撃を推進力として利用し飛翔する。つまり、燃料を積む必要が無い。しかし、大気圏外では推進剤としてのガスを自ら供給する必要がある。現在はここ周防大島町からマイクロ波ビームを照射して運用している。レーザービームではなくマイクロ波ビームを使用している理由は、マイクロ波の方が大気中の減衰が少なく天候の影響を受けにくいからだ。現在、このマイクロ波ビーム照射機は山口県内に5カ所設置されている。これを更に、日本国内に十数か所設置し、ライトクラフトの実用稼働範囲を拡張する予定だという。マイクロ波ビームを反射中継する衛星に関しては配置の目処は立っていないとのこと。頭頂部のたんこぶをさすりながら淡々と話す薫さんだった。
僕はその時思ったんだ。マイクロ波ビームを反射する衛星が複数あればライトクラフトの活動範囲は地球の衛星軌道全部になる。月面や火星に行く宇宙船にだって利用できる。今よりもっと活躍できるんじゃないかって。それを薫さんに聞いてみたんだけど返事は芳しくなかった。
「それは無理なんだ。兵器に転用可能だからな。ビーム反射衛星を複数配備することで、地上のどこでも瞬時に攻撃できるビーム兵器、反射衛星砲の完成だ。ライトクラフト自身も、航続距離無限の爆撃機として運用可能になる」
「反射衛星砲……」弥生さんがボソッと呟いた所で薫さんが制止する。
「弥生姫、脱線するので黙ってて」
強い口調の薫さんの言葉に今度は弥生さんが小さくなる。
「おそらく、ビーム反射衛星の配置は国連安全保障理事会で問題視される。現状の日本上空のみ射出する方式に限定することで理解を得ているんだ。国際関係の悪化は誰も望まない。大人の事情ってやつだ」
薫さんの話は専門的だけど分かりやすくためになる。でも興奮して聞いていたのは僕だけで二人の女子は退屈そうだった。
そこへ発射10分前のアナウンスが流れる。
「そろそろね」
説明を終え薫さんが外を見る。数百メートル先の発射台には先端を天空に向け静かにたたずんでいる機体。僕は首から下げていた双眼鏡を手に取り構える。睦月君がいないか探してみるけど全然わからない。搭乗者の姿は確認できなかった。カウントダウンが始まり機体の後部が光始める。僕は双眼鏡で見つめ五月はスマホで動画撮影、ララはぼーっと眺めている。
5……4……3……2……1……0……。
マイクロ波ビームの出力が最大となった。機体の後部の光はまばゆい閃光となり周囲に白い爆炎が広がる。ゆっくりと上昇を始めたライトクラフトは徐々に速度を上げ、閃光と白い爆炎を引きながら上昇していく。カフェの窓からは見えなくなり備え付けのモニターを見つめる。次第に機体は小さくなり見えなくなった。小さく光る閃光だけが空に残る。ついにはそれも見えなくなった。
僕はその時、心の底から感動していた。何とも言えない期待感と、何だかわからない喜びみたいな感情が溢れてくる。将来はこういった宇宙に関わる仕事に就きたい、自分もライトクラフトに乗って宇宙に行きたいと切望した。そして、今や宇宙開発で世界の最先端を行く日本と綾瀬重工を誇らしく思った。
カフェから出て弥生さんと薫さんとはそこで別れた。手を振る二人の尻尾もゆらゆら揺れているのはものすごく可愛いと思う。つまらない発明だと弥生さんはけなしていたが、アレは十分に可愛らしい代物だ。睦月君のお爺さんの、綾瀬重蔵さんが偉大な人物だと改めて感じた。
「こんなところにいたんですね。探しましたよ」
駆け寄ってくるメイド服の女性。おさげに黒ぶち眼鏡の地味っぽい恰好が特徴の
「あのヘタレ野郎やっとすっ飛んでいきやがりました。手間かけさせて、全く」
「翠さん。どうしたんですか?」
「ここには昨日の夕方に入ったんですが、今回の旅行に消極的だった睦月様は行きたくないと駄々をこね始めたのです。ニキビを見つけてこのブツブツは
「で、どうなったの?」
「睦月様の弱みをたっくさん握っている夏美姉様が、無理矢理ライトクラフトに押し込みました。見てられないからと姉様も一緒に乗り込まれましたわ」
その夏美さんが、睦月君のもう1人の専属メイドだ。
「本当に手がかかるガキンチョで、ひどく幻滅いたしました。それで私、睦月様の専属メイドを辞し、涼様の専属メイドとしてお仕えする事を決断いたしました」
「えっ、今なんて言いったの?」
「だから、涼様の専属メイドになりますって言いました。健やかなるときも病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、あなたを愛し助け、この命ある限り真心を尽くしお仕えすることを誓います」
「それって結婚の時の誓いとかじゃないの!?」
「そうかもしれませんね。お食事、お着替え、トイレにお風呂、お勉強に夜のお勤め、それらの全てをわたくしがお世話いたします」
僕は頭の中が真っ白になった。今言われた事の意味がよく理解できない。
「ちょっと待ってよ。翠さん。涼の世話は私がやります。中学生で結婚なんて許されません! 涼は渡しません!」
顔を真っ赤にして叫んでいる五月である。僕の結婚なんか五月には関係ないだろうと思うのだが何故か必至だ。ララはケラケラ笑っていて不干渉を貫いていた。
ライトクラフトの発進を見学できた興奮はどこかにすっ飛んでいった。僕は何が何だかわからないまま帰路についたのだった。
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