僕と守護者の物語——異星人侵略バトル学園編

暗黒星雲

覚悟と使命

第1話 宇宙に一番近い島

 宇宙に一番近い島とは何処だろうか?

 

 よく言われるのはハワイ島。

 これは、ハワイ島の最高峰マウナケアの山頂に、世界11か国が建設した巨大望遠鏡が並んでいるからだ。

 宇宙を見るならそこだろう。

 

 では、宇宙に行くなら?


 以前は種子島がそうだと言われていた。

 しかし、今は違う。


 山口県周防大島町屋代島。

 約5年前から運用が始まったライトクラフト。これは外燃機関を使用した宇宙船だ。従来の化学燃料ロケットからその役割を奪っている宇宙への新しい輸送手段となっており、その発着場がここにある。

 以前、この島は温州ミカンの産地だったのだが、現在ではここが、宇宙に一番近い島だと言われている。


 僕は今、このライトクラフトの発着場に来ている。

 親友の綾瀬睦月あやせむつきくんが、このライトクラフトに乗って宇宙旅行に出発する事になった。それでお見送りに来たんだ。


「え~~~たった三人ですかぁ~~~」


 入り口のロビーで出迎えてくれた二人の女性。まるでアニメキャラみたいな衣装に身を包んだその女性は驚いて僕たちを見つめている。一人はピンク色の猫耳と尻尾。もう一人は水色の猫耳と尻尾をつけているし……。


 ここに来たのは僕たち三人だけだった。僕の他にいるのは幼馴染の五月さつきと従妹のララだ。三人揃って学園指定のブレザーを着ている。

 実は、綾瀬重工からは大型バスを用意するからクラス全員誘って来てくださいと言われていたらしい。それなのに、睦月君本人が硬く堅く固辞した為、この宇宙旅行自体が秘密扱いとなってしまった。結果、僕たち三人だけのお見送りとなった。この事は綾瀬重工側には伝わってなかったらしい。


「どうしよう薫ちゃん」


 色白で、明るい栗色ショートの女性が、もう一人の女性へ向かって困り顔で尋ねた。


「仕方ないから記念撮影だけしてウエルカムイベントは中止。会長の読みが甘いのよね。弥生姫」


 色黒で、眼鏡をかけた理知的な風貌の女性が返事をする。

 色白の女性が弥生さん、色黒の女性が薫さんのようだ。


「そうよね。お坊っちゃまのご学友が来るからって特別扱いしすぎ。カフェに行きましょ。あなたたちもいらっしゃい」


 弥生姫と呼ばれた女性が踵を返し歩き始めた。お尻に生えている衣装の一部と思われる尻尾が誘うようにくねくねと動く。薫さんも彼女に続く。僕たち三人は二人についていった。

 カフェ『戦艦陸奥』の前で記念撮影をした後、窓際の席に着いた。アンドロイドのウェイトレスが水とおしぼりを持って来る。


「いらっしゃいませ。こちらのパネルがメニューでございます。ご注文がお決まりになりましたらパネルにタッチして下さい。何かご不明な点がございましたら、遠慮なくお呼びになって下さい」


 丁寧に礼をして下がっていく。額には綾瀬重工のロゴと型番が刻印してある。金属製の、つやのあるボディの上にエプロンドレスを着込んでいた。


「あれは綾瀬の夕月D型ね。AIはRHRバージョン2シリーズ。間違いない」


 鋭い目つきの五月が指摘する。


「なあ五月。アンドロイドのバージョンなんてどうでもいいんじゃないの?」

「どうでもよくありません。AIのバージョンで喋り方や動作が微妙に違うの。アンドロイドの型番との相性も重要よ。この違いが分からないとかヘタレね」

「そんなのどうでもいいじゃん。AIオタク」


 僕の一言にムッとした表情を見せる五月。


「あんたに言われたくないわよ。この天文オタク!」


 売り言葉に買い言葉。今まさに一触即発の状態になる。


「はーい。喧嘩はしない。喧嘩する人のオゴリにしちゃうよ」


 薫さんが仲裁してくれた。


「仲がいいのね」

「家が近所ってだけで仲良しじゃないんだから!」


 弥生姫が茶化してきたのだが、五月はむきになってそれを否定してきた。


「犬も食わぬってやつだな」


 ララが欠伸をしながらぼそりとつぶやく。


「犬も食わないって何よ。私たちが夫婦喧嘩でもしてるって言うの?」

「そうとしか思えん。今日は五月のオゴリだな」

「ぐぐぐ」


 怒りを必死に堪えているのがおかしい。やはり自分が負担する事に抵抗があるのだろう。

 僕たちはそれぞれパネルにタッチし飲み物を注文する。大人の二人はアイスコーヒー。僕たち三人はクリームソーダだった。


 飲み物を注文した後、まだうねうねと動いている尻尾を見ながら僕は質問した。


「あの、この尻尾って何なんですか? それとイベント中止しても良かったんですか?」

「焦るな焦るな、まずは自己紹介からだ。私は綾瀬重工開発部の宮内薫みやうちかおるだ。ライトクラフトの設計技師をしてる。これでも一応部長だぞ」


 と笑う。銀ブチの眼鏡が光っている。


「私は花田弥生はなだやよい。綾瀬重工開発部のパイロットよ。今日はあのエロじいの差し金で広報のお手伝いです。この衣装もあのじじいの趣味なのよね」

 

 と困り顔をする。そこへまた尻尾がくねくねと動く。弥生さんの服装は、頭にピンクの猫耳、胸元が大きく開いているジャケットはノースリーブ、下はホットパンツだ。膝までのブーツ、肘まである手袋をつけている。光沢のある白色の生地でピンク色の縁どりがアクセントになっている。それに付属しているのがピンク色の尻尾だ。薫さんの衣装も同じデザインなのだがアクセントに水色を使用している。二人とも胸元控えめなスリム美女で、この衣装がぴったりとフィットしている。さっき話に出てきたエロ爺とは睦月君のお爺さんで、綾瀬重工会長の綾瀬重蔵あやせじゅうぞうさんの事だろう。簡単に宇宙旅行できるくらい睦月君は超セレブなんだ。


 アンドロイドのウェイトレスが飲み物を運んで来た。今度は僕たちの番ってことで僕が最初に口を開く。


「僕は赤城涼あかぎりょう。睦月君の幼馴染です。長州竜王学園中等部三年です。母は綾瀬重工に勤めています。警備部なんですけど、暇なときは社員食堂でウェイトレスをしているみたいです」

「知ってる知ってる。社食の守護神。セクハラ部長を一本背負いで投げ飛ばした話は超有名なんだ。金髪ですごい美人。涼君は母さんにそっくりだよね」


 と弥生さんが笑う。母さんはアメリカ出身で金髪碧眼だ。父さんとの結婚を機に日本に帰化している。僕は母さんに似てて髪は金色で瞳は碧い。何処から見ても白人に見えるらしい。続けてララが口を開く。


「私はララ・バーンスタイン。米国人だ。涼の従妹で現在は涼の家に居候中。日本に来たのは二週間前、日本語は得意だから余計な気遣いは無用だ。竜王学園中等部三年。時代劇が好き」


 時代劇ファンであることを地味にアピールする。金髪をツインテールにしているララは僕より背が低く、どう見ても小学生だ。


「ララちゃんは飛び級したの?」


 弥生さんが首をかしげながら訪ねた。やはり中三にしては体が小さいと感じたのだろう。


「いいえ、そのまんま中三です。ちょっと成長が遅いみたい」


 うつむき加減にララが返事する。


「涼君とよく似てるね。背もすぐに伸びるわよ」


 中三としてはかなり背の低い僕とララを見比べながら弥生さんが微笑んだ。


「最後になりました。私は西村五月にしむらさつき。涼君、睦月君と幼馴染で同じクラスです。父は綾瀬重工警備部です」

「ほほーあの西村警備部長のお嬢さんなんだね。元陸自で綾瀬重工最強の漢だよ。女性陣にもモテモテだよ」


 薫さんの言葉に五月は顔が赤くなる。お父さんを誉められて恥ずかしいのかな。薫さんが更に続ける。


「五月ちゃんもかわいいしモテモテじゃないの? スタイル良さそうだし、胸も結構あるしね。涼くん毎日悩殺されてんじゃないの? Cカップ? それともDカップ? となりの弥生姫より絶対大き……」


 ゴキッ!

 弥生さんの鉄拳が薫さんの頭頂部を捕らえた鈍い音がした。ちょっとピンク色の和やかな雰囲気が一気に消滅する。


「さすがにコレは痛いでござる弥生姫」


 メガネを外しハンカチで涙を拭く薫さんだった。目の前には多数の星が飛び交っているに違いない。


「自業自得ですよ。じゃあまず涼君の質問から回答するわね。この尻尾、勝手に動いて気持ち悪いでしょ。これはね。あの綾瀬紀子博士の発明品で装着者の感情を読み取って独自のAIで動くの。特許取得済みだけどしょうもないデバイスよ。エロ爺のお気に入りだけど」


 弥生さんの言葉に尻尾はふにゃふにゃとうなだれる。まるで生まれてきてごめんなさいって言ってるみたいだ。

 綾瀬紀子博士っていえば笠山人形屋敷のご主人で、相当の変わり者で天才で、綾瀬重工の主力商品である人型アンドロイドの開発者として有名だ。睦月君は早くに両親を亡くしているので、今は紀子博士の所で暮らしている。実は僕と五月もすぐ近所にある社宅に住んでいるので幼馴染ってやつだ。


「次はウェルカムイベント中止の件ね。正式なやつは表の広場で進行中。ほら見えるでしょう」


 確かに。外に沢山の人があつまっている。中央にステージがあり弥生さん達と同じ衣装の女性がマイクを持って何か話している。


「だから、こっちは中止しても影響はない。君たちは別枠で特別扱い。こういうは爺の得意技なの。だから君たちを歓待することが目的であってイベントはどうでもいいのよ。綾瀬重工のナンバーツーとナンバースリーの美女がお相手することが最上のおもてなし。エロ爺基準で」


 とムズカシイ顔の弥生さん。尻尾もうなずく。じゃあナンバーワンは誰かと気になったので聞いてみた。


「一番って?」

「涼くんのママよ」


 二人が口を揃えて言った。母を褒められてとても恥ずかしくなる。自分でわかるくらい顔が熱くなった。じゃあなぜ僕の母はここにいないのか気になった。


「じゃあ、何故母はここにいないのでしょうか?」

「答えにくいんだけど、涼君のママにこの服着せられると思う? とても似合うとは思うけど、誰がそれ言うの? 言い出しっぺはセクハラ現行犯で一本背負い確定です」


 弥生さんの言葉に頷く薫さん。


「誰もが自分の安全確保したいんだよ」


 確かに、僕のお母さんは要注意だ。怒った時の恐ろしさはとても人間とは思えない。大魔神そのものだ。


「じゃあ本題に入りましょう。ライトクラフトの基礎の基礎からです。宮内博士お願いします」

「ううう、では、ライトクラフトの概要についてお話しします」


 薫さんが携帯端末を操作すると、テーブル内のモニターに図面と文字が表示された。


「では本題に入ります」


 頭をさすりながら薫さんが話し始めた。

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