決別の調べ

「えっ……なになに?」

「クソ……こんな時に……アイ、お前だけは死なせないからな」

 恐怖と戸惑いを見せるアイの盾に身を呈してなりながら、天城は後ろを振り向き状況を確認する。

すると公園の外に止まっていた黒い車のフロントガラスに風穴が空いていた。そしてその車には何人か人が乗っていて、力なくシートに全身を預けていた。

「嘘だろ……あれ死んでねえか?」

「え……なになに死んでるってどういうこと?」

 震えるアイを感じながらも、天城はアイを庇ったまま動こうとはしなかった。そして天城は必死に考える。

 おそらくさっきの銃声はあの黒い車に打ち込まれたもので、その銃弾は乗り手を殺害したのだ。そしてその銃弾を放った人物はまだすぐ近くにいるのだ。

 そこまで考えた時、統一性の無いバラバラな服装の五人の男女たちが車に近づき様子を確認し始めた。

「全員仕留めましたがたか六翼むよく、ヨークはいないようね。やっぱりガセ情報でしたわ。となるとこれは罠である可能性が高い。早く撤退すべきだと私は思うのですが……皆さんはどう思いますか?」

五人の中のリーダー格らしきマチと呼ばれる女はおっとりとした口調で、周りの男四人の意見を求める。

「アグリー、マチ様の仰せのままに!」

 すると四人はまるで予め示し合わせていたかのように同時にそう口にした。おそらくマチは確認こそするものの、実質四人に拒否権などないことが見て取れる。

 マチと呼ばれるその女の言う通り、天城としてもすぐにでもマチにはお帰り願い所だが世の中そう上手くはいかない。辺りをうかがうマチとうっかり目が合ってしまった。

 天城たちに気づいたマチは御供の四人に周りを見張るように指示を出した後、ゆっくりとこちらに向かい近づいてきた。

「あらまあ、こんなところにかわいい目撃者さんたちがいたんですのね。見たところまだ十五歳に満たないかしら? 初めまして、私は雅鴉みやびあマチ。革命組織『からす』の一員ですわ」

 色っぽくそう言ったマチは魅力的な大人の女性で、きっと女慣れしていない思春期の男ならすぐに一目ぼれしてしまうだろう。

 しかし天城はマチの口にした鴉という言葉に、さっきの銃撃以上の恐怖を感じそれどころではなかった。

「かっ、鴉ってあの。六翼に代わって天空都市を支配しようっていう、あの革命軍の鴉かよ……」

 鴉は天空都市の設立からしばらくして生まれた革命軍だ。六翼のやり方は人口増加を抑えるという意味では効果的ではあるが、かなり強引な反発を生んでもしょうがない諸刃の剣でもある。鴉の出現はもはや必然と言えるかもしれない。

 鴉はそんな六翼に異を唱え、これまでに幾度となく過激なテロ行為を行ってきた。

 そして鴉のことを考えていると、同時にマチという名前にも思い当たることがあった。

「……マチ……マチ……そうだ! 聞いたことがある『親愛』のマチ。現代の七つの大罪の一つを名に冠すお前は、鴉のリーダー皇の一人娘だ。その傍に毎回四人の男を引き連れて、天空都市の要人の暗殺を繰り返す……。なんだよ雅鴉って……お前は親愛のマチだろ!?」

 昔、七つの大罪はもっと別のものだったらしいが、今の七つの大罪は天空都市で抱くことを禁止された七つの意思となっている。だが鴉にとってそれらは自らの創る世界で求められるものであるため、幹部構成員に二つ名としてそれを名乗らせている。

そしてその中の一つでもある、親に対する愛……親愛。

その名を冠す上に鴉のリーダーでもあるマチは、天城にとってこの上無い恐怖の対象だった。しかしそれでも後ろで震えるアイを守るため、天城は必至に虚勢をはった。

そんな恐怖に怯える二人を宥めるように、マチは言う。

「そうよね。この六翼に支配された世界じゃ、ファミリ―ネームの存在なんてしらないですわよね。ごめんなさいね。ねえ若人たち……お姉さんはあなたたちに危害を加えるつもりなんてないわ。だから私と少しお話をしましょう。お姉さんは六翼よって間違った常識を教え込まれ、正しいと思い込んでいるあなたたちが哀れでならないの……」

「ねえねえ……このまま素直にお話を聞いていれば、私たち二人を無事に帰してくれますか?」

 天城の後ろから掠れた声で尋ねるアイに、マチは裏があるとは思えない笑顔を浮かべた。

「ええ……もちろんですわ」

 そしてその時のマチの目はとても優しくて、テロリストの幹部などという物騒な肩書は全く似合わなかった。

 そうして天城とアイはマチに促され、近くのベンチに座る。

「二人ともまずは名前を聞いてもいいかしら。鴉に名前を教えるっていうのは怖いかもしれないけど、私はもっとあなたたちと仲良くなりたいの」

 二人の目を見つめ名前を尋ねるマチ。しかし最初より警戒は解けたものの、まだ素直に名を名乗るには天城には抵抗があった。

 しかし……

「分かりました……私はアイ」

「おいアイ!? 素直に名乗るのかよ!?」

「だってだって、マチさん悪い人には見えないよ」

 そう言って責めるように見つめるアイを前に、天城は素直に名乗るしかなかった。

「あー、わかったよ……俺は天城です」

「そう、天城くんに、アイちゃんね……よろしくね!」

 真意の読めない笑顔を浮かべたマチにはきっと、自分の気持ちなど分からないだろうと恨めし気に見る天城。

 そんな天城を尻目に、マチは二人の前で立ったまま語り出した。

「そうですわね……まずは分かり易くファミリ―ネームの話をしましょうか。私の父の生前は雅鴉皇……まだ家族というつながりが世間一般で認められていた時、子供の名前は前半は親のものをそのまま受け継ぎ、後半は親が決める習わしでした。だから雅鴉は私の父の名前からそのまま取ったものですわ。これをファミリ―ネームといいます。そしてマチは私の父、皇が決めてくれたもの。私はこの二つのどちらにも誇りを持っているの」

「ファミリ―ネーム……素敵な習慣だと私も思います。名前っていう絶対的なものを一緒にして、家族同士のつながりを強く認識させる。子供の名前も親が決める。こうしてこうして、親子のつながりは固いものになるんですよね?」

 マチの語る古き習わしに、天城もそうだがアイはより深く関心を持っていた。そんな二人を見て、マチはなぜだかいたずらっぽく笑った。

「ふふ……実はね、このファミリ―ネームは変わることがあるの」

「え……だって家族の絆を表す大事なものじゃないんですか? それがどうしてそんな簡単に?」

 驚きと共に自分に詰め寄るアイに、マチはさらに含み笑いを浮かべると、アイの額に人差し指を突き立てて言った。

「変わるのは結婚する時。結婚っていう行為は相手と家族になるってこと。だからその証にどちらか……基本は女の子の方だけど相手と名前を一緒にするんですわ。たとえば天城アイちゃん! ……みたいに」

「なっ…………」

「あら……二人ともかわいいわね」

 二人で顔を紅くする様子を見て、マチはなお面白いと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 しかし告白の直前だった二人にとって、そんなマチのからかいの影響は大きい。二人は顔を見合わせた後すぐに恥ずかしくなり下を向いてお互いの顔を見ることさえもできなかった。

 こうして天城とアイは鴉であるはずのマチと気づけば打ち解け合っていた。そんな二人をみてそろそろ頃合いだと見たのか、マチはこれまでとは違う一切のおふざけのない口調で言った。

「親愛のマチ……私はこの二つ名を気に入っているわ。私は両親の愛情を一身に受けて育った。だから私もそんな両親を愛している。これって当たり前のことだけど、すごく幸せなことだと思うの。でも六翼の支配するこの世界では、そんな当たり前の幸せさえも享受できませんわ。これって文明的な暮らしを失うことよりもずっと酷いことだわ。ねえ……二人ともそうは思いません?」

 マチは二人をじっと見つめ先ほどと変わらぬ優しい笑顔で問う。しかしその問いに否と答えることは許されてはいなかった。先ほどマチが側近の四人の男に同意を求めたのと同様に。

 きっとマチは自分の考えが正しいと思い込み、相手もそれを肯定してくれると思いんでいるのだろう。そして否定したものは敵とみなし、徹底的に否定する。

 別にマチの話に感銘を受けなかったわけではない。それでも六翼の創った世界で生き続けた天城にとって、マチの思想に同意することまではない。

しかし天城はここで否と言えば、マチが自分たちを殺すかもしれないとしか思えなかった。アイも同じことを考えたのか二人とも問いにだんまりを決め込む。

そんな二人の態度を見て、マチの表情が初めて少しだけ歪んだ。それでも体裁を取り繕うため、マチは笑顔で言う。

「ふふ、そうよね。これまでずっと六翼の世界が正しいって教え込まれてきたんだもの。今更私の言葉一つでそれを翻せって言う方が無理な話だわ。そうだ、あなたたち私たちと一緒に来なさい。来れば分かりますわ! あなたたちは六翼の創った世界に騙されているんだって」

 マチのその口調にはもう穏やかさなど感じられず、ただ自分の考えを押し付けて天城たちを仲間にしようという高慢さしか感じられなかった。

 そこで天城は初めてマチのテロリスト……鴉としての片鱗を見た気がした。

 当然天城に鴉になるつもりなどない。しかし下手に逆らえば逆上したマチがいつ自分たちを殺しに来るか分かったものではなかった。

 そしてなんとかして自分たちが助かる方法を天城が模索していると、隣にいたアイが口を開いた。

「マチさん……正直あなたの考えに全面的に賛成した訳ではありません。でも、私には私なりの目的があって、この世界を変えたい。だからあなたについていきます」

 アイの衝撃の発言に、天城は思わず目を剥いた。しかしすぐにアイの真意を組み、天城は思い直す。おそらくアイはこのままついていく振りをして、頃合いを見て逃げ出すつもりなのだ。

 それがマチを刺激せず、安全に二人で逃げ出せる最善の策だろう。

 そこまで理解した天城は口裏を合わせるべく口にする。

「ああ……俺もマチさん、あんたの考えには感銘を受けたよ。ぜひとも俺も鴉の一員に加えてくれ!」

「あら二人とも、私について来てくれるのね。嬉しいわ……だってもしそうしてくれなかったら、どうしようかと思ってたもの……」

 そんなマチの笑みは酷く不気味だった。もし逆らっていた時のことを考えると、ぞっとする。しかしこれでひとまず身の危険は去ったとほっと胸を撫で下ろす天城。


 そんな時、公園の外から男の悲鳴が響いた。


 悲鳴で異常を察知した先程の四人の内の三人の男たちがマチの元まで駆けつけ武器を取り出し守りを固める。

 そんな三人の気など察しようともしないのか、マチはマイペースに呟いた。

「あら、なにかしら。もしかしてもう警察が来たの?」

 そして暗闇からこちらに向かい近づいてくる足音が一つあった。逃げ出す隙を伺っていた天城にとってはまさに渡りに船だ。

その足音の主が姿を見せるのを天城は今か今かと心待ちにし、鴉たちはその足音に警戒心を研ぎ澄ませていた。

そして……

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