別れの間際

 羽ばたきの日からもう百年あまりの時が経とうとしていた。

天空都市『鷹』では外見だけなら平和な時の地上と変わらぬ光景が広がっていた。どこにでもある住宅街に道路を走る車……少し違う所と言えば、空が少し近いことくらいだろう。

 それと鷹は雲の上を飛んでいるせいで雨も降らないし、当然地震も無い。

それでも大地を潤すために意図的に低空飛行をすることもあるが、それこそ100%当たる天気予報だ。

あとは鷹自体がそこまで広くはないため、書店やスーパーなどのなにかを買う所は各所に点在する大型ショッピングモールに集約されている。

そんな鷹の大地を、二人の少年が歩いていた。

年は十四。以前の地上ではまだ子ども扱いされる年だが、ここ天空都市では十五で職を持ち働かなくてはならない。

「それでそれで、天城は『返還者』以外の職に就けそうかな?」

「クソ、無理だよ! なんの才能も見つからねえし、運よく凡職に就けそうにもねえ。あー、オレは長生きしてーのによ!」

「ふふ……じゃあじゃあ、運よく凡職に選ばれたちゃった私は、ラッキーってことね!」

「クソ―、早死にしたらアイ、お前のとこに化けて出てやるかんな!」

 天城とアイは児童養護施設から一緒に育った幼馴染だ。二人はこの世に生を受けた時から親の顔など見ることなく、施設に預けられた。故に二人とも親の顔を知らない。

 しかしこの天空都市でそれは至って普通のことなのだ。六つの天空都市のいずれに生を受けたとしても、全ての子供は親の顔など見ることなく児童養護施設に預けられ、そこで名前を就けられ他の子供たちと一緒に育てられる。

 だからファミリ―ネームなど持たず、天城、アイというのが二人の名前の全てだ。

 しかしこの天空都市でこんな歪んだ育児が行われることにも理由がある……

「そもそも返還者なんて体のいいこと言っても、結局わざと人を死なせて人口増加を制限するための職業だろ? 『永久労働法』と『絶対雇用法』……そりゃ返還者以外になれりゃいいかもしれねえけど、結局人殺すための法律じゃねえか!」

「ちょっとちょっと天城……どこで誰が聞いてるかわからないんだよ!? 鴉だと勘違いされたらどうするの!?」

 天城の憤慨に、アイは周りを窺いながら小声で自制を促した。それで天城も口に出すのは止めるが、なおも心中に不満は残る。

 しかし今天城が口にした二つの法こそが、この天空都市を維持しているのもまた事実だ。

「わあってるよ!

永久労働法……天空都市に属するものは妊娠の場合を除き、いかなる状態にあろうとも労働の義務を持つ。

 絶対雇用法……天空都市に属するものは十五歳になるとなんらかの職に就いていなくてはならない。なお職が決まらない場合返還者の職が与えられ、以後転職することはできない。

 学校で何回も聞いたぜ。六翼むよく様の考えたありがたいありがたい法律だろ?」

 六翼の定めたこの法律のおかげで、天空都市に住む人口の約七割は返還者だ。

 残りの三割は十五歳までになんらかの才能を見出されその道に進むか、凡職と呼ばれる店員などの誰にでもできる仕事に完全に運で選ばれるかのどちらかだ。

そしてこの返還者というのが厄介なのだ。

 返還者とは六翼いわく、人類は地球に甘えすぎた。よってこれからは地球に今まで受けた恩恵の分を返さなくてはいけない……という名目の元、地上での植林や廃墟の撤去などを行う仕事だ。

 地上での仕事は当然危険を伴い、病や不慮の事故、さらには人鳥ぺんぎんの襲撃などの理由で殉職者が後を絶たないのだ。しかも件の法によって定年退職などないため返還者の大半が早死にする。

 よって天空都市での平均寿命は三十歳前後だ。そしてこれが子供たちが施設で育てられる原因でもある。返還者の子供は、彼らが十歳に満たない内に両親のどちらかあるいは両方とも殉職する可能性が高く、心に大きな傷を残すことが多い。

ならば最初から親との関係をなくしてしまえばその心配もなくなるという、これもまた六翼のありがたい配慮だ。

「クソ……六翼様様だなあ。ありがたい法律のおかげで人口増加が制限されて、オレたちは豊かな暮らしができるんだからなあ。これでオレが長生きできるんなら、もうなんも言うことないんだけどなあ」

 そうやって恨みったらしくぼやく天城に、アイは終始冷や汗をかいていた。

 でも二人とも分かっていた。二人とももうすぐ十五歳。どんな職に就こうと、二人がこうしてずっと一緒にいられる時間は後僅かだということに。

 そして天城は思っていた。返還者になったら、きっと自分は長生きできない。

だからせめて今だけは精一杯楽しく生きてやろうと。


 ――でもせめて死ぬ前に、アイに好きだってことくれえは伝えたいな……

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