これから地雷都市に住む人への注意

ちびまるフォイ

僕の魂(プライバシー)ごと離してしまう気がするから

はじめて噂の地雷都市に足を踏み入れた。


「見た感じは普通の街だな……」


都内の一角をフェンスでぐるりと囲んで作られた地雷都市。

ここではすべての飲食と居住、税金から何から何まで無料で行える。


その代わり、都市には社会地雷が仕掛けられている。


「よ、よし……いくぞ……」


地雷を踏み抜かないかドキドキしながら1歩1歩進む。

近くに立っている女子高生はクスクス笑いながら俺を指さした。


「ねぇ見てよあれ」

「あの歩き方、絶対今日が初だよね」

「ちょっとこっち見てるよ」


なんで彼女たちは普通に歩いていられるのか。

慣れで地雷への恐怖もなくなるのだろうか。



ボンッ!!



などと思っていた矢先、さっきまで女子高生がいたエリアが爆発した。


「ちょっと……なにこれ!?」


地雷が作動した瞬間、地雷を踏んだ女子高生のプライベートな写真がネットに放出。

俺のスマホにまで自動送信された。


「真奈美、こんなことしてたの……」

「うっわ、最低。マジきもいんだけど……」


「ちがうの!! ちがうの!!」


地雷都市ではすべてが無料で行われる。

その代償として、地雷を踏んだ時に自分のプライバシーはなくなってしまう。


「こ、こえぇ……」


目の前で友情の手のひら返しを目の当たりにし、地雷の恐ろしさを痛感。

おっかなびっくりで家につくとやっと一息つけた。


「ああ、よかったぁ。ここに来るまでに一度も地雷踏まなかった」


こうしている間にも別の人のプライバシーがどんどん拡散される。

誰と浮気している、過去に誰を殺した、隠れてこんな写真を集めてる……などなど。


恐ろしいと思いつつも、家賃も食費も電気代もネットも無料と聞くと

自分のあらゆるプライバシーを危険にさらしてもいい気がするから恐ろしい。


「……でも、家から出られなくなりそうだ……」



地雷都市生活、数日後。



外に仕掛けられている地雷が怖くて食事はいつも同じもの。

コンビニまでの安全ルートをチョークで引いて、その上を歩いて買い物をする。


店内も安全じゃないので手に取る商品はいつも同じ。


「あ、飽きた……これ死ぬぞ、別の方向で……」


毎日毎食同じものばかり食べるもんだから栄養は偏るし、なにより飽きる。

食事が拷問と変わっているが、それでも外に出るのは恐ろしい。


「地雷って撤去できないものだろうか」


この都市に仕掛けられている地雷を片付ければ行動範囲は広がるはず。

大学時代には機械工学を専攻していたので、わからないことはない。



『 佐藤雄太さんが地雷を踏みました 』



どこかの誰かが地雷を踏み、ため込んでいた恥ずかしい画像が拡散される。

住所も名前も体重もすべて公開されるので、地雷の現場を特定するのも楽だった。


問題はそこまでの道のり。


「はぁ……はぁ……めっちゃ時間かかったぁ……」


通行人が取っていた道をストーカーのようについて歩いてなんとか到着。

作動した後の地雷を手に取ると、チョークの線をたどって家に帰る。


「ふむふむ、なるほど。こうなって……ってわかるかーー!!」


内部構造は極めて難しかった。

それでも何日も何週間も研究を重ねてついに解析した。


「できた! 地雷探知機!! これで自由に動けるぞ!!」


探知機ができて真っ先にやったのは家の周辺の安全確保。

家の周囲をぐるりと回って地雷を撤去していった。


最初は1個撤去するのに何時間もかかったが、

都市に仕掛けられている無数の地雷を処理していくうちに慣れていった。


「マインスイーパーさん! こっちの地域もお願いします!」

「マインスイーパーさん! こっちもお願いします!」

「マインスイーパーさんのおかげで安全に過ごせます!!」


「ま、マインスイーパーって……」


俺はなぜかマインスイーパーと呼ばれるようになった。

なんかあんまりかっこよくない。


それでも誰かの力になったり感謝されたりは嬉しかった。

やがて、別の危険エリアから依頼が届いた。


依頼へ向かうと道の真ん中で女が突っ立っていた。

なにをするでもなく某立ちしている。


「……なんだろう……?」


地雷を撤去し終わった安全区域とは違う危険地帯なので、

探知機を作動させながらおそるおそる女へと近づいていく。



ピピーピピー!!



女に近づいた瞬間、探知機がけたたまし音を出した。


「ま、まさか……」


つったっていた女はちらりと俺を見た。


「こんにちは」


「こ、こんにちは……そこで何を?」


「もうわかっているんでしょう? 地雷を踏んでしまったのよ。

 足をどけると地雷が作動して、私は社会的に死んでしまうわ」


女は俺の顔を見て、はたと気が付いた。


「ああ、あなたマインスイーパーね。私を助けに来たの?」


「何か力になれないですか?」


「それじゃ、あなたのスマホを貸してくれる?」


スマホを渡すと、女は自分のスマホと接続した。


「え、あなた自分の持ってるじゃないですか」


「拡散用に2台必要なの」

「は?」


女が操作すると、俺のスマホを経由して地雷ネットにつながる都市住民全員のスマホをハックした。


『みなさん、私はただいま地雷を踏んでしまって動けません』


「おい何してる?!」


『どうせ自分のすべてがさらけ出されるのなら、皆さんも道連れです。

 地雷が作動した瞬間にすべての住民の情報を晒します。

 

 そうすれば、私の個人のことなど大多数のスキャンダルで流されるでしょう』


慌ててスマホを取り返したがすでにもう遅い。

地雷都市に住む人たちは大混乱となった。


「あんた何してんだよ!?」


「私はこの都市の設計にかかわった技術者よ。

 あなたが見よう見まねで地雷を撤去するから興味が出たの。


 私のは最新型の地雷。あなたにこれが解除できる?」



「俺に……俺になんのメリットがあるんだよ!

 ここで見捨てればそれで終了じゃないか」


「いいえ、あなたはぜったいに私から離れないわ」


女が地雷都市の人たちのプライバシーを人質に取るものだら、

誰もが俺に地雷解除を頼み続ける。


『マインスイーパー、お願い! 解除して!』

『このままじゃ彼女と別れちまう!!』

『お前しか解除できないんだ!! 早くしてくれ!!』


「なんて勝手な……」


頼んでいる体裁でこそあれ、結局は自分の秘密をバラされたくない恐怖がにじみとれる。


「彼らを見捨てるの? マインスイーパー」


「わかったよ!! 解除すればいいんだろ!!」


俺は女の足元にひざまづいて地雷を必死に調べる。

女の言っていたように最新型の地雷で、どこに起爆装置があるか全くつかめない。


何時間も何時間も地雷の構造を調べていた。


「マインスイーパー、どうやらお手上げのようね。

 住民の中には耐えきれなくなって自分から暴露した人もいるみたいよ」


地雷によって暴露されるくらいなら、先に自分から明かせば傷が浅い。

それは俺をもう信じられなくなったあらわれだろう。


慌てて都市から逃げようとして地雷を踏んだ人もいるらしい。


「あんたは……あんたはこれで満足か!」


「ええ、大満足。みんな秘密を持っていて、それを隠して生きている。

 でもそれが急に危険にさらされると自分の保身に逃げる醜さが見れるのだもの。

 この都市はもともと、人の醜さを浮き彫りにさせるための場所だもの」


「なかでもあんたはとびっきりに醜いよ」


「褒め言葉をありがとう。

 でも、私が見たいのはあなたの醜い姿よ、マインスイーパ。

 あなただけが地雷を撤去できるから、あなたはけして醜い姿を見せない」


「だまってろ」


必死に何度も地雷を調べるがまるで糸口がつかめない。


「ねぇ、あなたは自分の地雷を作動させたらどんな醜い姿になるの?

 必死に弁解するの? それとも逃げる? それとも……」


「そんなのしるかよ!!」




「じゃあ見せてよ」


女は地雷から足をどかせてしまった。







「……あれ? ふ、不発?」


地雷は作動しなかった。

女はお腹を抱えて笑っていた。


「あははは、だから言ったじゃない。

 私は住民の醜い姿を見るためだと言ったでしょ?

 住民の慌てふためく姿が見れて、本当にお腹いっぱいよ」


「それじゃこの踏んでいた地雷は?」


「ただのプラスチックよ。地雷じゃない。

 あなたはずっと醜くプラスチックのおもちゃと格闘していたの」


「そ、そんな……」


「立ちっぱなしで本当に疲れたわ。

 あなたはいつまでたってもおもちゃに必死で私を見捨てたり、

 住民に逆ギレしたりで醜い姿を見せないんだもの」


女も立ち疲れたのか座り込んでいる。

なんて迷惑な女だ。


「とにかく、あんたはもうこの都市にいられないぞ」


「ええ、そうね。だからかくまってよ。

 私たちは秘密を共有した運命共同体なんだから」


「絶対に嫌だ。たかだか数時間一緒にいたくらいで大袈裟な。

 ほら、早く立て。ここから追い出してやる」


「じゃあ手を貸して」


地面に座り込んだ女に手を差し出した。

握手した瞬間に、手のひらから何かのスイッチの感触が伝わった。


女は俺の頭をぐいと寄せると耳元でささやいた。




「最新型の人間地雷よ。

 手をつないでから離せばお互いのプライバシーが爆発するわ。

 仲良くしましょう、マインスイーパー」

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