サードポリス

「あれ、吉田さんや三好さんは、吉本さんは、さっき入っていったはずよね?」

文子が辺りを見渡しても、自分たちより先に出勤していた同僚が誰一人いない。奥のデスクに座っているはずの上司や重役たちもいない。

和枝、美和、恵理も自分たちのデスク周りに座っているはずの上司や同僚の姿を確認しようとしたが、やはり、誰もいない。

「今日は休日じゃないわよね」

「台風や大雪や地震みたいなのも起こっていないから、待機命令や帰宅命令もないし」

「まさか、テレビのドッキリじゃ…」

だけど、恵理があることに気付いた。それは、休憩所のソファーに転がっているコーヒーやジュースだ。

床やソファーの濡れ具合や染みから、ついさっきまで誰かが飲んでいたのだ。

「何なの?これって?」

さらに、和枝は中央にある部長の席にあるカップに入っているコーヒーはまだ淹れたてだと気付いた。

「いったい、何があったの?私たちに何が起こったの?」

美和は、文子、和枝、恵理はお互いに顔を見合わせる。

その時だった。

「失礼します。管理棟や守衛室に行ってもどなたもいないのですが、何が起こったのですか?エレベーターや自身のパソコンも携帯も使えないので調べる事が出来すぎ…」

一人の男性が入り込んできた。

「あなたは確か…」

彼はいつも愛想が良く。グループ会社の庭仕事や清掃を中心にしている社員であった。

「はい、工場総務課の溝延 六郎と申します。先ほどまで先輩や同僚と遊歩道の出入口の除草作業をしに行く途中に異変に気付きました」

六郎と言う名の眼鏡をかけて、短髪の青年は緑地のチームに所属しており、今日は遊歩道の整備作業の日だった。

彼は向かう途中にトイレに寄っていたので、先に向った皆の後を追って遊歩道に着いたが、そこには人の姿はなく、作業に使う道具や休憩時に飲む水筒やイスがあるだけだった。さらに、リーダーの先輩や同僚、近くの守衛室の守衛さんが身に着けている帽子やタオルやジャケットが落ちていた。

六郎はすぐに、管理棟に電話をしたが繋がらず、自身のデスクがある居室に戻ったが、休憩している違う作業の同僚や会議の書類を作製しているはずの上司の姿もなかった。

「そちらも同じ事が?」

「私たちの方も」

「お姉様方の会社も、こんな集団で神隠しに遭うなんて…あまりにも現実離れしております。しかも、人だけが消えて物だけが残るなんて、メアリー・セレスト号じゃあるまいのに」

六郎は、周りの残された飲食物やパソコンや書類を見渡して小さく言った。

「メアリー?何なんですか?それは?」

文子が六郎に尋ねた。

「ホラー漫画や探偵漫画なんかによく出てくる北大西洋を漂流していた幽霊船のお話です。誰もいないその船ではついさっきまで食事を取っていたのに、全員が船からあと形もなく消えたって、まさに、今みたいな…」

「ふざけないでよ!!!」

美和が大声を出して怒鳴りつけた。

「状況が似ているから何なの?私達は普通に会社に出勤しただけなのに、幽霊船だの、神隠しだの言わないでよ。そんなあるわけないでしょう!!!」

あまりにも凄い剣幕で怒鳴られて、六郎は失礼しましたと謝罪した。

「まあまあ、美和、そんなに怒らないで、みんな突然の事で、気持ちに整理が付いていないのよ。こんな時に仲間割れしてはだめよ」

相棒の恵理が彼女を落ち着けさせる。

和枝と文子も同じく、彼女に寄り添う。

美和の瞳には涙が浮かんでいた。

「みんな…ありがとう…」

「僕も気が動転してしまい、申し訳ありませんでした」

六郎も再び頭を下げた。

文子、美和、和枝、恵理、六郎の五人は、この異世界でこれからどうやって戦うか、再度話し合うことにした。




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