閑話

300話記念SS 酔っ払い鶏とちゃんちゃん焼き

 当番制っていうか、持ち回りって、意外と面倒があるのよね。

 何の話かっていえば、あたしたち《三輪百合トリ・リリオイ》の料理当番だ。

 料理以外でも、馬車の掃除だとか、買い出しだとか、旅をするうえでやらなきゃいけないことってのは多いもんよ。

 で、それを誰がやるかって話。


 これは冒険屋だけじゃなくて、二人以上の共同体なら必ず向き合わなきゃならない問題だと思うわ。

 最初っから荷物持ちだとか、料理番だとかで雇われたっていうんならともかく、あたしたちは一応三人が三人平等な立場っていう建前だ。実際のところあたしはリリオの武装女中だっていうことを譲る気はないし、もし公式な場に出るときはあたしはそういう立場にふさわしい対応をするだろう。


 あたしは本当なら、全部したい。全部してあげたい。掃除も洗濯も料理も、全部したい。

 買い出しも会計も全部あたしがしてあげたい。

 こいつらに任せてられるか、みたいな傲慢な職業意識ってわけじゃない。

 職業意識は職業意識でも、ご奉仕したいっていう武装女中の本能だ。


 でもあたしは武装女中であると同時にリリオとウルウの嫁であり、リリオとウルウはあたしの嫁だ。

 そしてこの二人の嫁は、旅の仲間に仕事を全て任せるというのは落ち着かないという実に健全な精神性の持ち主なのだった。いやまあ、リリオは奉仕されるのに慣れてるっていうか、そういうとこあるけど。でも冒険屋としてやっていく以上、そのあたりを自分でもやっていきたいという志がある。


 あたしとしてもふたりのそういう精神性はいいと思い。なんでも任せきりにしないでお互いに支え合おうねっていうのはとっても健全だと思う。


「トルンペート、言ってることとやってることが一致してませんよ」

「ご飯作るからはやくお鍋渡してよ」

「あたしのお仕事!!!!」

「野営の準備はさせてあげたでしょ」

「やだー! 全部したい! 仕事させて!」

「駄々のこね方が斬新」

「困りましたね」


 あたしはお鍋にしがみついてみっともなく喚いた。

 辺境の御屋形にいる間はなにくれとなく二人のお世話ができたのに、旅に戻ってからは三人でゆるーく持ち回りの気づいた人がやる感じになってしまった。

 あたしが積極的に仕事をこなすようにしてるけど、リリオもあれで自分の身の回りは気が付く方だし、ウルウはでっかいくせに細かいところに目が届く女だ。あたしの仕事がとられてしまう。


 普段のあたしはここまでごねたりしないけど、たまにこう、無性にお世話したい欲にかられてしまうのだ。ベッタベタに甘やかしたくなるのだ。

 でもそれって武装女中の本能みたいなものだからあたし悪くない。


「……主人の自立や成長を妨げるのは、よいメイドさんとは言えないんじゃないの?」

「うぐ!?」

「トルンペート、気持ちは嬉しいですけれど、私は自分では何にもできないお飾りになりたくはありませんよ」

「うぐぐぐ………ぐへぇ」

「あ、ダウンした」

「武装女中の理性が武装女中の本能を抑え込みましたね」

「それマッチポンプじゃない?」


 ともあれ。

 あたしはしぶしぶお夕飯を二人に任せて、その調理風景を眺めることになったのだった。


 リリオが手に取ったのは、昼間のうちに仕留めた兎百舌レポロラニオだった。血抜きもして、羽もむしってある。

 鼻歌交じりにてきぱきと首を落とし、足を落とし、内臓を抜いて壺抜きしていく手際は手慣れたものね。辺境貴族としては普通のことだけど、内地のご令嬢はまずできないだろうなあと遠い目をしてしまう。


 首や足、内臓は捨てない。以前なら捨ててたけど、ウルウの不思議な《自在蔵ポスタープロ》はなんでか知らないけどやたらと食材が長持ちするから、こういうのを保存して貯めておける。

 なのである程度の量がたまったら、出汁取りに使ったり、いろいろに使えるのだ。


 リリオが丸鳥に塩や香辛料で味を入れている間に、ウルウの方ではさくさくと野菜を刻んでいた。

 人参カロト甘藍カポ・ブラシコ、緑の甘唐辛子ドルチャ・カプシコ玉葱ツェーポ、それにキノコの類や、ちまちま育ててた新芽野菜ショソイなんかね。

 リリオが肉しか用意してないから、たっぷりの野菜は嬉しいところね。ウルウはいろどりも気にするから見た目もよさそう。


 さて、リリオの方は、兎百舌レポロラニオに塩と香辛料をすり込み終えて、表面に油を塗ってるわね。

 それで麦酒エーロの瓶を取り出して、かねの湯呑にとっとっとっとっ……って飲みながら肉を焼こうってつもりかしら。塊肉を焼くときは時間かかるから、そうして時間潰すのも一つの手だけど……。


 あ、なるほどね。

 普段あんまり使わないかねの湯呑に麦酒エーロを半分くらい、それに香草類。

 そうしたら湯呑を、壺抜きした兎百舌レポロラニオのお尻にねじこんでいく。ちょうど湯呑の上に丸鳥が座り込むみたいな感じね。


 できたらそれを、火にかけた金網の上に座らせて、かねの桶をかぶせてじっくり蒸し焼きにしていく。

 こうすることで、桶が窯代わりになって熱を反射して、皮目がパリッと焼ける。でもお腹の中では湯呑の麦酒エーロが内側から蒸し焼きにすることで、肉はあくまでしっとり仕上がるって寸法ね。

 豪快だけどこれがまたおいしいわけよ。

 あ、結局飲みながら焼いてる。


 で、ウルウの方は、鉄板を使うみたいね。

 たっぷりの乳酪ブテーロを溶かして、刻んだ野菜を広げてる。

 炒めるのかなって思ったら、真ん中を少し開けて、三枚におろしたサルーモを皮目から焼いていく。

 それで、合わせ調味料をかけまわしたら、大きめの蓋をかぶせて蒸し焼きに。

 辺境じゃサルーモはよく食べられるけど、このやり方は見ないわね。ウルウの故郷の料理かしら。


 奇しくも二人とも蓋をして蒸し焼きにする形になったけど、なにかしらね、この……なんていうか、文明度の差というか。

 いや別に良い悪いの話じゃないわよ?


 ただまあ、蒸し焼きにしてる間に手早く片付けしたり皿の準備してるウルウと、片付け後回しにして酒飲みながら肉の焼け具合を勘と音だけで判断してるリリオと、見比べるとね。

 うーん、脳筋蛮族ガールズの名に恥じない豪快料理感。


 リリオが順調に麦酒エーロのお代わりを重ねていく間に、ウルウの方も火が通ったみたいで、蓋を外す。するとふわっと広がるのは異国の香り。ウルウがよく使う醤油ソイ・サウツォだとか豆味噌ソイ・パーストとかの西方料理の不思議な香りだ。

 この馴染み薄い異国の香りが、でも不思議なことに馴染み深い乳酪ブテーロの香りと引き立て合う。


 ウルウはハシとかいう二本の棒で器用にサルーモの身をほぐすと、木べらで野菜と混ぜ合わせて皿に盛りつけた。

 サルーモの鮮やかな橙色と、たっぷりの甘藍カポ・ブラシコの白い葉が見た目にもよく引き立て合うわね。


 そうこうしてるうちにリリオの兎百舌レポロラニオもいい具合に焼きあがったようだった。


「うん、割といい感じにできたかな」

「へえ、野菜の水分で蒸し焼きにする感じね。ウルウの故郷くにの料理なの?」

「そうだよ。ちゃんちゃん焼きっていうんだ」

「変わった名前ですね。どういう意味ですか?」

「諸説ある」

「諸説ある……?」

「よくわかってないときそれでごまかそうとするわよねウルウ」

「リリオのビア缶チキンみたいなやつこそどういう料理なのさ」

「これは尻酒鳥アヌサ・ドリンクロといっ」

酔っ払い鶏エブリア・コーコよ」

「……あぬさ、なんて?」

酔っ払い鶏エブリア・コーコ


 辺境風の呼び方は、粗雑なことが多いのよね。


 それはさておき。

 リリオは短刀で骨から肉を引きはがすようにして荒っぽく酔っ払い鶏エブリア・コーコを解体していく。兎百舌レポロラニオは鶏よりは小さいから、ちまちま解体するより大雑把にやった方が楽なのは確かなのよね。


 皮目はパリッとして香ばしく、油といっしょに柑橘の汁も塗ってたみたいで、さわやかな香りも心地よい。そしてぱりぱりとした皮目に歯を立てれば、肉質はあくまでもしっとり。

 麦酒エーロの香りに、香草、それに強めの塩と香辛料。ちょっと強すぎるかなってところだけど、でも淡白にすぎる兎百舌レポロラニオの肉にはちょうどいいかもしれない。

 うん、感じ、感じ。


「あー……こんな感じなんだねえ。たれもだけど、麦酒エーロ変えたら味も変わりそうだねえ」

「旅先の麦酒エーロで試してみるのも面白いかもね」

葡萄酒ヴィーノとかだとまた別物って感じですよね」

「確かに、麦酒エーロならではって感じよね」


 いくらでも応用が利くのがこういう単純な料理のいいところよね。

 手を抜けばどこまでも手が抜けるし、ろうと思えばいくらでも凝れる。


 口の中がすっかり肉になったところで、ウルウのチャンチャンヤキとかいうのに移る。

 ところどころいい感じに焦げ目も見えるけど、あくまで蒸し焼き。野菜はみずみずしく、サルーモもふっくらと柔らかい。

 そして味付けがまた、おもしろかった。


 ウルウが仕入れてきた西方の豆味噌ソイ・パーストは、うまみも強いけど塩気も強いって感じで、独特のにおいもあるから、あたしはそんなに慣れないのよね、まだ。なまじ似たような胡桃味噌ヌクソ・パーストに慣れてるってのもあるかも。

 その豆味噌ソイ・パーストが、乳酪ブテーロと合うのだ。ものすごく合う。引き立て合うって言っていい。胡桃味噌ヌクソ・パーストじゃ、こうはいかない。


 豆味噌ソイ・パースト胡桃味噌ヌクソ・パーストと比べて、塩気もうまみもあるけど、コクがちょっと弱いと感じてた。そこに乳酪ブテーロの脂っ気が、しっかりしたコクを加えてくれている。

 ちょっと苦手に感じてた豆味噌ソイ・パーストのにおいも、馴染み深い乳酪ブテーロの香りでうまいこと中和できてる。


「ん~~~!おいひい!です!」

「はいはい、ちゃんとごっくんしてからね」

「おいしい!です!」

「うん、お粗末様」

豆味噌ソイ・パーストも使いようねえ……」

「慣れもあると思うけどね」


 しかし、これは、あれね。

 酔っ払い鶏エブリア・コーコもチャンチャンヤキも、あれが欲しくなるわよ。


「明日も早いんだから、飲み過ぎないでくださいよ?」

「肉焼きながら飲んでる自分に言いなさいよ」

「そもそも君たちの年齢で飲むの私の国だと違法だからね……?」

「人族酒飲み、土蜘蛛ロンガクルルロ豆茶カーフォ飲み、ですね」

「うーん、知らない慣用句」


 飲んで、食べて、まったりしながら、あたしたちは小鍋に沸かしたお湯に酔っ払い鶏エブリア・コーコの骨を沈める。沸き立たない程度の弱火で少しのあいだ煮てやれば、程よい塩気と程よいうまみの出汁湯ができるという塩梅だ。


 汁物っていうには弱いけど、食後にほっとするくらいの、そういう飲み物。

 三人ですすって、ほうっと息を吐く。


「せめて洗い物は、あたしがするわよ!」

「わかりました、わかりましたよ」


 でもまあ、たまにはこんな日もいいものかもね。






用語解説


兎百舌レポロラニオ (Leporolanio)

 四足の鳥類。羽獣。ふわふわと柔らかい羽毛でおおわれており一見かわいいが、基本的に動物食で、自分より小さくて動くものなら何でも食べるし、自分より大きくても危機が迫ればかみついてくる。早贄の習性がある。


尻酒鳥アヌサ・ドリンクロ (Anusa drinkulo)

 もとい

酔っ払い鶏エブリア・コーコ (Ebria koko)

 ビア缶チキンと同様の調理法。

 壺抜きした鳥の腹に麦酒エーロを半分ほど注いだ金属製のカップをねじ込み、金網等に座らせて焼く。

 細かいやり方は人によって異なり、いくらでも応用が利く。

 別に辺境の料理というわけではなく、似たような呼び名で似たような調理法が各地にある。

 後に酔っ払い鶏エブリア・コーコを作りやすくするために缶ビールが発明されたことがよく知られている。知らんけど。


・人族酒飲み、土蜘蛛ロンガクルルロ豆茶カーフォ飲み

 人族は酒で酔い、土蜘蛛ロンガクルルロ豆茶カーフォで酔うことから、種族や地域で文化は異なることの例え。

 郷に入りては豪に従え。

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異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ 長串望 @nagakushinozomi

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