第十話 ねえ、ずっとここにいて? ずっとずっとずっとずっとずっとずっと一緒にいよう?

前回のあらすじ


たとえ嫌われても、君たちを手放せない。

熱烈な愛の告白に、リリオは殴り合いで決めることを提案する。

どうしてぇ……?




 もめごとがあったら暴力で決めようぜ!


 というのは辺境で一般的な手順ではあるんだけど、別に辺境民だっていつもいつでも暴力で物事を決めてるわけじゃないわよ。

 もめごとの内容にも寄るけど、感情的な面でどうしても我慢できないとか、お互いの主張にある程度認められる分があって決めがたいとか、そういう理詰めじゃ決められない場合に、後腐れなくするための手段の一つでしかないわ。


 だから別に硬貨を投げて表裏で決めてもいいし、パペロトンディロシュトノで決めてもいいし、サイコロでもなんでもいい。


 ただ、まあ、暴力で決めれば一時的とはいえ格付けが済むから、あとで変に蒸し返されないっていうのはあるわね。動物といっしょよ。


 議論の一形態としての暴力だから、一方的な暴力や、目に余る卑劣さなんかはもちろん批判の対象になる。正々堂々の殴り合いじゃなけりゃいけないし、相手が死に至るようなことは極力避ける。

 殴り勝ったからって、あとから一方的に吹っ掛けてもいけないし、殴り負けたからって、変に恨んで非協力的になってもいけない。


 殴り合いでの決着っていうのは、野蛮ではあっても一応紳士的な協定なのよ。


「……いやまあ、蛮族理論であって、一般的じゃないわよね」

「私たち《三輪百合トリ・リリオイ》は脳筋蛮族ガールズなので問題ありません」

「私までそこに含まれるの心外なんだけど……」


 心底嫌そうにするウルウだったけど、あんたが受けて立っちゃったからいけないと思う。

 受けて立ってもらわなきゃ話は進まなかったんだけど、つくづくリリオに甘いというか。


 ……いや、そうでもないか。


 部屋が壊れるからって言って、ウルウは私たちの鎖を外して外に出しただけでなく、なんと装備まですべて返してくれた。鎧も、剣も、仕込み短剣も、《自在蔵ポスタープロ》も。

 なんならそれらを装備して、調整して、ふたりきりで作戦を練る時間まで与えてくれた。


 久しぶりに完全に自由になった体を曲げ伸ばしして、調子を確かめながら、あたしはウルウをちらっと見やる。


 対するウルウは、いつも通りだ。

 でっかいハートコーロ柄の前掛けってことじゃなくて、旅をしてる時の、ぞろりとした黒づくめの格好。黒の上下に、黒の外套。腰にはいくつかの道具。

 久しぶりの、いつもの格好で、久しぶりの、気だるげで面倒くさそうな顔。


「余裕なのね。武器も返して、《自在蔵ポスタープロ》の中身も検めないで渡して」

「あとから、全力じゃなかったからとか言われても困るしね」


 私たちが準備運動と称して動き回っている間も、ウルウはただげんなりとした様子で、若干背中が曲がっているようにさえ見える。本気で面倒くさがってた。やる気のかけらもなかった。

 そりゃウルウにとっては何の利点もない勝負なんだろうから、仕方ない。勝てばあたしたちが文句を言わず飼われてやるっていう、ただそれだけ。


「ねえ……やっぱりやめようよ」

「おや、負けるのが怖いんですか?」

「君たちと違って安いあおりには乗らないよ」

帝国将棋シャーコではあたしにボロクソに負かされたのに?」

「は? 負けてないが???」


 あたしたちは心の平穏のために、誰が一番帝国将棋シャーコで強いかは決めないことにしていた。もうチンパンしない。


 ウルウは別に、リリオが煽るように負けるのを怖がってるわけじゃなかった。

 むしろ、負けるわけがないと思っているからこそ面倒くさがっているのだった。


「本当に、やめてよね。本気で戦ったら、ふたりが私に勝てるわけないでしょ」

「言うじゃない」

「言ってくれますね」

「言うだけで済むならいくらでもいうよ。無理。無駄。無謀。無意味。君たちが何をしたって、どうあがいたって、意味がない。なんなら今から逃げてもらってもいいよ。どうせ無駄だからね。私は君たちの居場所がわかるし、すぐに捕まえられる」


 ひたすらに気だるげで面倒くさそうな声だった。

 気負うこともなく、煽るわけでもなく、本当に心から無意味だと思っていた。

 天気の話でもするかのように、今日の献立について話をするかのように、自然体でさえあった。


「でも私だって、わざわざそんなことしたくないんだ。疲れるし。君たちも危ない目に合うかもしれないし。そんなことするくらいならさ、いままで通り三人でダラダラ過ごそうよ。ご飯だってさあ、トルンペートが作りたいなら作っていいよ。家事だって任せていい。リリオが運動したいなら、私が付き合ってもいいよ。トルンペートだって、毎日リリオのお世話に専念できた方が嬉しくない?」

「そうね。結構魅力的な提案だわ。あんたのお世話もできるならもっといいかも」

「そうだね。私のお世話だってしていいから、」

「でもダメ」

「あっそう」

「リリオの幸せが、あたしの幸せよ。リリオの幸せはここにはない。こんなところで、腐らせておく気なんてさらさらないわよ」

「あっそう。あっそう。ああそうですか」


 ウルウは肺の中身を全部絞り出すんじゃないかってくらいに、盛大にため息をついた。

 普段は無理にでも伸ばしてる背が、ぐんにゃりと曲がって折れる。

 それでもう一回ため息をついてから、ウルウはゆっくり起き上がった。

 まるで蛇が鎌首を持ち上げるようだった。


「しかたないなあ。しかたないよねえ。君たちがそんなにわからず屋なら、徹底的に無駄だってわからせないといけないね」

「はっ、やってみなさいよ」

「私が勝ったら、ふたりはもうこの家から出さない。手足を切り落として二度と外に出れないようにおろろろろろろろろろろろろろ」

「うわ急に吐いた」

「ろくに食べてないから胃液と水しか出てないじゃないですか」

「無理……そんなかわいそうなことできない……」

「自分で言っておいて自分で吐いてたら世話ないわよ……」

「言わなきゃいいのに、頑張って脅し文句言おうとするあたりウルウですよねえ」

「でも身動きできない主人をお世話するってのは個人的にはアリね」

「えっ」

「えっ」

「ウルウはおっきいから面倒見甲斐があるわよね……」


 芋虫みたいなウルウとリリオを甲斐甲斐しくお世話するのっていいかもしんない、ってちょっと思っただけなのに、なぜかドン引きされちゃったわね。

 違うの。誤解よ。あたしはただそんなことになったって二人のことちゃんとお世話できるし全然嫌じゃないわよっていう、ただそれだけなのよ。積極的にそうしたいってわけじゃないわよ。一応。


 始まる前からなぜかウルウにめちゃくちゃ怯えられてちゃって、それはそれでそそる表情ではあったんだけど、いい加減真面目にならないと。


 始めの合図はなかった。

 ただ、どちらともなく距離を取り合って、視線が巡って、なんていうか、機が熟した。


 ウルウはいつもみたいに、ただぼんやりとしてるみたいにそこに立っていた。

 あたしはそこにむけて短刀を投げる。投げる。投げる。

 腰から、袖から、スカートユーポから、大小さまざま、形も効果も違う暗器を引き抜いては投げつけていく。

 ごと封殺するつもりの飽和投擲は、しかし容易くかわされる。


「ウルウ自身を狙ってなくても、やっぱ駄目ね……!」


 ウルウの回避はまじないじみているというより、実際まじないそのものだ。神がかっているといってもいい。本人の意思に関係のない自動的な挙動だとは本人の談。

 今回は試しにウルウに対してではなく、にばらまいてきたけど、関係なくかわされた。

 まじないではあるけど、向けられた敵意に反応するみたいな奇妙な理屈じゃない。

 矢避けの加護みたいに、危機に対して自動的に反応してるんだ。

 多分、ウルウの向こう側にある的を狙ってもだめってことだ。


 あたしは《自在蔵ポスタープロ》から取り出したケースを蹴りあけ、十二本一組の飛竜骨の短剣を連続して投げつける。

 これは風精と馴染みが良くって、あたしの指揮で曲芸じみた軌道で投げることだってできる。

 それこそ、ウルウの周りを飛び回って襲い掛からせるなんてことだって、いまはできる。


 これだって、多少惑わせるだけで、ウルウには当たらない。

 でも、あたしの投擲がかわされるってのは別にいいのよ。

 それは最初っから織り込み済みだ。


「フラッシュいきます! 『超電磁……フラァーッシュ』!」


 飛びずさったあたしに代わって、リリオがウルウに突っ込む。

 そして繰り出される技は、光り輝く……

 ウルウがなんか吹き込んで覚えさせたらしいこの技は、剣に雷精を集めて勢いよく発散させる。それもびりびりした雷じゃなくて、光にだけ集中して放つから、消費のわりに見た目だけはすさまじい。


 なにしろリリオ自身目をかたくつむらなければ使えないし、後ろにいるあたしだってうっかり直視しようものならしばらく目が使えなくなる。

 直接の傷とかは与えないけど、視力だけで言えば味方に被害が出るようなヤバ目の技なのだ。


 危険がないようにリリオは使う前に叫ぶことって決まりを律義に守るから、あたしだけじゃなくウルウも咄嗟に目を覆って防ぐ。

 そう、防ぐ。

 いくらウルウと言えど、光は避けられない。


「まぶし……でも、見えないからって……」

「『超電磁フラァーッシュ』!」

「うくっ……だから無駄だって、」

「『超・電・磁! フラァーッシュ』!!」

「うっとうしい……!」


 目を潰されたって、ウルウの自動回避には影響がないってのはわかってる。知ってる。

 一応牽制で飛竜骨の短剣を飛ばしてるけど、当たるとは期待してない。

 第一あたし自身、びかびか光るリリオが近すぎて狙って当てられるようなもんじゃない。


 一見意味のなさそうな派手なだけの技を連発するリリオに、そのリリオの光のせいでろくに攻撃できないあたし。

 でも、これでいい。

 これがいいんだ。


 勝てない相手に勝つために、これが必要なんだ。






用語解説


パペロトンディロシュトノ(Papero, tondilo, ŝtono)

 いわゆるじゃんけん。手の形もルールもじゃんけんに準じる。

 どこが発祥なのかは判然としないが、古い文献にも見られることから、神々のもたらしたものではないかとも言われる。

 掛け声は地方などによって異なり、ここをきちんと確認しておかないと揉めることもある。

 例「ウヌドゥ死ねェモールトゥ!」


・飛竜骨の短剣

 モンテート子爵バンキーゾ・マルドルチャより下賜された十二本一組の投げナイフ。

 適切な処理を施した飛竜の骨は、下手な金属よりも強く、軽い。

 骨だけだと軽すぎるので、芯材に重石鉄ペザシュトノが仕込まれている。

 また風精との相性が良く、メタ的に言えば飛び道具の命中率が大幅に上昇。

 センス次第で曲芸めいたこともできるだろう。トルンペートはもともとしてるが。

 当然高価で、投げられた相手が刺さった短剣を命がけで持ち去ろうとしても不思議ではない。


・『超電磁フラッシュ』

 ウルウが超電磁シリーズの一環としてリリオに仕込んだ芸もとい技。

 閃光手榴弾(スタングレネード、フラッシュバンとも)のような効果を期待してのものだったが、閃光のみで音響はなく、片手落ち。

 ただ、それでも至近距離での閃光は視力を奪うには十分で、場合によっては失明の可能性もある。

 野生動物などを恐慌状に陥らせ、野盗相手でもかなり強力な無力化手段。

 ただ、仲間に対しても問答無用でヒットするので、普通に殴った方が早い。

 なお厳密には雷精ではなく光精に変化しているが、リリオ自身は意識していない。

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