第二話 ここが私たちの愛の巣だね♡

前回のあらすじ


朝からべたべたあまあまイチャイチャのモーニングを送る《三輪百合》。

奥手恥じらいデカ女がハートマークのエプロンでごはん用意してくれるんですよ。

なお逃げられない模様。

※「異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ」本章の内容は犯罪を推奨するものではありません。

絶対に真似しないでください。





 貴族に仕える武装女中としては、寝台で朝食なんて言うのは結構見慣れた光景なんだけど、平民からすると結構な贅沢ぜいたくなのよね。読み物とか、劇とかでもちょくちょく出てくる。

 実際のところは、しっかりした朝食っていうより、朝のお茶と軽食で目を覚ましてーって感じよね。朝からそんなに食べないって家ではそれで済ませちゃうところもあるらしいけど、辺境の御屋形ではみなさん寝台でも食べて、食堂に集まったら温かいものをがっつり食べて、って感じよね。

 リリオは寝坊助だったから、寝台での朝食はくいっぱぐれることも多かったけど。


 リリオの寝坊助は、奥様譲りかしらね。

 私は奥様のお世話はあんまりしたことがないんだけど、なんでも朝は半分寝ながら、大きな茶碗一杯の乳豆茶ラクトカーフォをのんびりとろとろ飲み終えるまで起きないですって。

 冬場はもっとだめで、毛布でくるんで抱きかかえて、暖炉の前にしばらく置いておかないと起きないんですってね。南部生まれの奥様には寒さが堪えるんだろう。

 そう考えるとリリオはまだ寝ざめがいいほうかもしれない。


 はー、懐かしいわね。

 まだ寝てたいってむにゃむにゃしてるリリオの顔洗って歯を磨いて、目が覚めてきたらお茶と軽食も手ずから食べさせてあげて。

 いま思うとあれは甘やかしすぎてたかもしれない。食べるくらいは自分でさせるべきだったかもしれない。

 でもねー、麺麭パーノをちぎって口元にやると、寝ぼけ眼でくんくんって鼻ならして、ひな鳥みたいに口開けて食べるのよ。それでちょっと焦らすと、次は?って見上げてくるの。

 あれはいろいろ、こう、壊れるわよ。ヘキが。

 もし指まで食べられちゃったらって思うとすごくドキドキしたわ。

 ……壊れてたわね、ヘキが。あのころにはすでに。


 まあそんなわけで寝台でのお世話ってのは慣れてるんだけど、自分がされる側ってなると話は別よね。


「はい、トルンペートも。あーん」

「ああもう、自分で食べられるわよ」

「そっか……そうだね……」

「~~~~っ、わかったわよ、ほら! あーん!」

「はい、どうぞ」


 ヘキが……!

 ヘキが壊れる……!


 でっかい女が捨てられた子犬みたいに寂しそうな顔するのも、受け入れたとたん花開くみたいに微笑むのも、大きな手でつまむみたいにしてあーんしてくるのも、破壊力が強すぎる。

 お世話されるのに慣れてないとかそういうの抜きにしても、この女はあざとすぎた。好きだけど。そういうのも好きだけど!


 めちゃくちゃに眼福ではあるし、気恥ずかしいとはいえ普段のウルウなら絶対にやってくれないであろうご奉仕してくれるのも最高ではあるんだけど、これはまずい気がするわね。

 このまま全部受け入れちゃいそう。


 あたしがニコニコウルウとか言う脳が破壊されそうな珍品を前に焦燥感を募らせている中、リリオは実に自然体でひな鳥のごとくウルウのあーんを受け入れていた。なんなら唇や頬を汚して、仕方ないねって感じで優しく拭われたりしてる。

 あたしがお世話するはずのリリオが、あたしがお世話するはずのウルウにお世話されてて、その光景にいろんな意味で脳が破壊されそうだわ。そしてあたしもお世話されて本当にあたしはもういっぱいいっぱいなのよ。


 あたしもわざと頬につけてふいてもらおうかな……と一瞬、現実逃避と妄想が入り混じる。


 いけないいけない。

 リリオはもう自然体でいてくれていいけど、あたしはちゃんと危機感を持っておかないと。


 寝台の上で和やかな朝食を楽しんでるけど、いま、あたしたちはウルウに監禁されている。

 呑気なやりとりをしてるけど、あたしたちの右手首と左足首には、頑丈な鎖につながれた手錠、足錠がかけられている。

 その鎖の反対側は、寝台の脚にしっかりとつながれてしまっている。


 幸せの情景のその裏側では、歪な状況が生み出すが、ゆっくりと、でも確実に、深刻な負荷をため込んでるのを感じてた。


 そもそものはじまりは、少し前のことだった。

 あの山村での一件──あたしとリリオが妙な病気で倒れちゃって、ウルウがどうやら問題を解決してくれたらしい、あの一件からしばらく旅をつづけたころのことだった。


 ウルウが詳しく話してくれないから、何か病気を運ぶ虫の大本を駆除してくれたらしいってことしかわかんないけど、一人で頑張ってくれたらしいウルウはしばらくの間、少し疲れてるみたいだった。

 あたしたちが二人とも倒れちゃって、世間に不慣れなウルウが頑張って一人で村の人とお話しして、苦手な虫にげんなりしながら不案内な山の中に分け入って行ったっていうんだから、そりゃあ疲れもすると思う。引きずるものだってあったのかもしんない。


 そう、あたしたちには教えてないけど、何かがあったんだろうなとは思う。

 でもそれはウルウのふところの柔らかいところに触れる問題だし、あたしたちも無理に聞き出すことはしなかった。ただ旅を続けていく中で、時間と触れ合いとがウルウを癒してくれることを期待してた。


 実際、ウルウは旅を続けていく中で徐々にいつも通りの姿を見せてくれるようになった。すっかり元通りになってくれたようにも見えた。まあ、あたしたちにそういう姿を意識して見せてくれてたのかもだけど、少なくとも演技ができるくらいには回復したんだって、あたしたちは気軽に考えてしまったのだった。


 季節はすっかり春を迎え、まだいくらか肌寒いけど、少し歩き回ればいくらか汗もかくという塩梅。

 いくつかの宿場を抜け、もう少しすれば山を抜けて次の町までつくという、そんなころだった。


 宿場からも次の町からもほどほどに離れたあたりで、街道に枝道が見えた。

 それは半分ほど埋もれかけてたけど、古いわだちの跡がまだしっかりと残っている、人の通った道の跡だった。


 御者を務めていたあたしはそれに気づいて、ウルウのちょっとした気晴らしになるんじゃないかなって、寄り道を提案してみた。

 なにしろここまで何にもなくて、順調な旅路に安心半分退屈半分ってとこだったから二人とも賛成してくれて、茂みをかき分けるようにしていそいそと馬車を枝道に進ませたのだった。


 そうすると、少しも進まないうちに、木々が開けて小屋が見えた。

 壁にはつたい、屋根の瓦は苔むしてたけど、傾くことも崩れることもなく、いまも立派にたたずむ小屋だった。


 すぐそばには屋根付きの釣瓶つるべ井戸もあって、縄も桶も朽ちちゃいたけど、蓋はちゃーんと残ってた。試しに自前の桶を放り込んでみたら、ごみもないきれいな水が汲めたわ。


 裏手を覗いてみたら、ほとんどやぶになりかけた畑の跡があった。たぶん元は甘藍カポ・ブラシコラーポだったんだろう、交雑しまくった野生の菜の花コローゾじみた雑種の黄色い花がはびこってたわね。


 いまは見当たらないけど家畜も飼ってたのかしらね。二、三頭ばかり豚を飼えそうな厩舎きゅうしゃも崩れずに残ってた。


 あたしたちは一通りを眺めて回ってみたけど、やっぱり人の気配はなかった。

 下生えの様子から見ても、もう何年かの間、人が歩いたこともなさそうだものね。地面にはもう、人の痕跡よりも、動物の気配の方が色濃く残っているまである。


 表に戻って玄関扉を見てみると、把手とってに鍵がぶら下げてあった。玄関鍵だ。


「もうだれも住んでないのかな?」

「そうみたいですね。こういう風に鍵が下げてあるということは、もう使わないから、好きに使っていいということですね」

「多分、病気とか、年を取って便利な街に移り住んだとか、そういうのね。たまに見かけるわ」

「フムン。でもなんでこんなとこに住んでたんだろうね。町からも宿場からも微妙に遠いし、村ってわけでもないし」

「いろいろ事情はあるでしょうけれど……隠者というやつでしょうかね。町の喧騒から離れたいとか、脛に傷があるとか。あ、お金持ちのご隠居さんがのんびり暮らしたいっていうのもありますよ」

「うーん、確かにスローライフしたいってのはわかるかも」


 人間ってもんは社会的な生き物で、完全に一人で生きていくというのは難しいものなのよ。

 でもなんかの理由で人里からちょっと離れたいっていう人もいるわけ。

 そういう意味では、町から遠からず近からずのこの小屋はちょうどいい位置かもしれないわね。

 このくらいの距離だったら、町までいって買い物をすることもあっただろう。なんなら人が住んでいたころは、行商人が顔を出してくれたかもしれない。


 でもその住人が去っちゃうと、その半端な距離から、わざわざ足を運ぶ人もいないんでしょうね。


「困った人が寝泊まりできるようにって鍵を残してくれたのかもしれませんけれど、ちょっと行けば町にも宿場にも行けますから、素通りされてきたんでしょうねえ」

「こういう空き家はよからぬやつが住み着くってのが相場だけど、町からほどほどの距離ってのは悪党にはちょっと不便だったのかもね」

「巡回騎士も見回らなさそうですから、意外と見つからないかもですけれどね」


 なんて好き好きに言っていると、ウルウは何か考えるようにしてじっと小屋を見つめて、それから不意にこう言いだしたのだった。


「ねえ、別に急ぐ旅ってわけでもないし、ちょっと泊まってみようよ」








用語解説


菜の花コローゾ(Kolozo)

 黄色い花を咲かせる野草、野菜。直接の食用の他、油をとるためにも利用される。

 また非常に多くの変種があり、甘藍カポ・ブラシコラーポもそのひとつ。

 どれも多くの地域で栽培されているが、交雑しやすいため近くで栽培するには注意が必要。

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