第二十二章 黒百合の花言葉

第一話 おはようのKISSしちゃおうか♡

前回のあらすじ


「《三輪百合》の働かない担当」「なんかいつの間にかいて、いつの間にかいなくなる怪異」「でかいくせにやけに気配の薄いでかい女」「でっかい幼女」こと妛原閠は、国家転覆をもくろむ聖王国のテロリストを本当に人知れず打ち倒し、仲間たちにさえ口をつぐんだまま活躍を果たしたのだった。

目立ちたくないって言い張るチーターたちでさえもうちょっとは人に知られるだろうに。




※事前告知では第二十二章「限界女(27)のドキドキ百合三角形新婚生活!?死ぬほど二人が愛しくて眠れない話(仮)」をお送りする予定でしたが、章題が長すぎるため「黒百合の花言葉」と改題してお送りいたします。

 内容に変更はありませんのでご安心ください。

 なお本章は出血、暴力、病的心理、グロテスクな描写を含みます。

 絶対に真似をしないで、お気をつけてお楽しみください。





※ご覧のお話は異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ第二十二章第一話です。

 サブタイトルで困惑された方は、本章はずっとこんな感じですのでご安心してお楽しみください。



 ──ちちち、ちちち。


 小鳥のさえずり。あれはなんという鳥の声でしょうか。

 明かり取りの窓から、朝の陽ざしとともに響いてきたその音色の主を、私たちはまだ見たことがありませんでした。


 少し寝すぎたような、でもまだ寝ていたいような、心地よくも怠惰なまどろみをゆっくりと引きはがしながら、私は体を起こしました。

 まぶたにはなんだかまだ薄い膜がかかっているようで、暖かくふにゃふにゃとしたものが頭の中に詰まって、まだ寝ていようよと甘い言葉をささやいてきている気がします。


「ああ、起きたのね……こらこら、寝直さない寝直さない」

「うみゅみゅ……おはようございます、トルンペート」

「はいはい、おはよう。ほら、顔洗っちゃいなさい。目が覚めるわよ」


 寝台の上でまだもぞもぞしていると、隣から呆れたような声が降ってきました。

 おそろいの寝衣を身に着けたトルンペートが、肩をゆすって眠気を追い出しにかかります。


 見上げたトルンペートはもうすっかりお目覚めのようで、顔も洗って、歯磨きも済ませてしまっていたようですね。

 私も冒険屋として旅の間は早起きを心掛けているのですけれど、トルンペートがいるという安心感はこれ以上なく眠気を増長させてしまうのです。これは仕方ありませんね。うん。仕方ありません。


 トルンペートに寄越された桶には、たっぷりのぬるま湯。

 春とはいえまだ朝方は涼しいものですから、一度沸かしてくれたのか、それともウルウの温泉の水精晶アクヴォクリスタロか。なんにせよ、ありがたい話です。


 寝ぼけまなこでぺしょぺしょと顔を洗っていると、見ていられないとばかりにトルンペートが目やにをとってくれ、ぼんやりしている間に髪もかして、編み込んでくれます。

 私は幼いころから身の回りの世話をしてもらうのが普通という育ちでしたので、トルンペートに自然に身を任せてしまうんですけれど、ウルウからすると「お嬢様みたいだね」って意外そうに言われたりします。私、本当にお嬢様なんですけれど。


 家を継ぐ予定もないですし、冒険屋として生きていくんですから、自分で何もかもできなければとは思うんですけれど、自分でやった時の微妙な出来栄えと、トルンペートに任せた時の完璧でしかも心地よい出来栄えを比べてしまうと、ついつい頼ってしまいます。

 トルンペートは頼られたほうが嬉しいらしいので、故意に私の伸びしろを潰しにかかっている疑いはありますけれど、まあそれに流されちゃう私も私です。


「よし。我ながら完璧ね」

「いつもありがとうございます。じゃあお返しに私が髪を梳いてあげますね!」

「あたしの頭皮ごとめりめりっと剥がしてたリリオが成長したわね……」

「もう! 子供のころのことはいいっこなしですよ!」


 懐かしいですね。小さなころの私は──ウルウは今でも小さいとか言いますけれど──力加減というものが苦手で、おもちゃこわしていいの人間ダメなのの違いがちょっとあやふやで、トルンペートには悪いことをしてしまいました。

 いまとなっては笑い話ですけれどね!


 髪を梳かしてあげながら、確かこのあたり張り替えたんですよねー、それ地面に引きずられた時のやつじゃなかったかしら、あ、じゃあこっちだっけ、それは確かー、なんて和やかに思い出話をしていると、香ばしい香りがどこからかただよってきました。


 途端に、くう、と素直な私の素直なおなかが空腹を思い出して声を上げます。

 気づいてみるとどんどんおなかが空いてきてしまいます。

 小食なウルウは朝からそんなに食べられないといつも控えめですけれど、冒険屋は体が資本ですからね。朝からたくさん食べて、力をつけなければなりません。まあ冒険屋になる前からそうなんですけれど。だってごはんっておいしいですし。


「ほら、おいしいご飯のためにも、ちゃんと歯を磨きなさいよ」

「もちろんですとも」


 私の使う歯刷子ハブラシは、牛の骨に豚の毛を植えたもので、材質自体はありふれたものです。

 でもこの、柄の先端に横向きに毛を植えた意匠って、最近流行り出したばかりでまだそんなに出回ってないんですよね。房楊枝とか、棒に布巻いたものとか使ってたり。

 なんでもこれは聖王国時代の意匠らしくて、他の地域ではいったん廃れちゃって、結局この形が便利なので一部ではまた使われ始めてる、みたいな感じです。


 なのでこれがへたっちゃったら、歯刷子探すのが少し大変なんですよね。つくりは簡単なので、頼めば作ってはもらえるんですけど、既製品は難しいでしょう。


 ウルウはうっわ金持ちと言いたくなるような、細かな装飾が施された何かの角かと思われる材質の柄に、きれいにそろった毛の植えられた歯刷子を愛用しているんですけれど、あれがへたったり、交換するの見たことないので、いつもの不思議道具なんでしょうね。

 普通は歯刷子って消耗品なんですよ。なのでさすがの辺境でも飛竜素材の歯刷子はありません。あまりに無駄すぎるので。


 たっぷり歯磨き粉をつけて、しゃこしゃこと歯を磨きます。こうして歯茎が刺激されていくと、まだちょっとぼんやりと居座っていた眠気が心地よく退散していくような気がします。

 口の中のなんだかべとべとしたような感覚もきれいに掃除して、水差しの水で口をゆすぎます。舌先で歯の裏をなぞって、うん、よさそうです。


 なにしろ歯の病気というものは恐ろしいですから、以前からしっかりと磨いていましたけれど「ウソ、あんた結構いい加減だったわよね」、ウルウがとてもきれい好きなので、以前よりかなりしっかり磨くようになりました。

 まあ、初手の「くさい」がだいぶ効いてるのは確かです。


 しっかり歯を磨いた後は、磨き残しがないかお互いに確認です。トルンペートの口を覗いてみると、歯磨き粉のさわやかでちょっと薬っぽいにおい。歯並びは左右対称のきれいなもので、舌の色も健康そうです。おいしそう。

 トルンペートが私の口の中を見るときは、心なしちょっと長いです。私が雑に確認しているというわけではないと思うんですけれど、トルンペートはじーっくり眺めます。


「あたし、気づいたことがあるのよ」

うぇいあいおおいみがきのこしあいあいあありました?」

「あんたの歯並び見てると、食べられちゃいそうって思ってなんか興奮する」

「トルンペート最近ほんと明け透けになりましたよね」

「身も心も任せられるっていう信頼のあかしよ」

「うーんフクザツ」


 トルンペートにそういう、なんです。性癖があるのは別に構わないですしむしろなんかいい……と思うんですけれど、それはそれとして時々危うくなるので困ります。朝ですよ朝、まだ朝、起きたばかりです。


 なんて、寝台の上でわちゃわちゃといちゃついていると、おだやかに戸を叩いてから、ウルウがおぼんにのせて朝食を持ってきてくれました。


「おはよう、ふたりとも。よく眠れた?」

「はい、おはようございます、ウルウ」

「ええ、おはよう、ウルウ」


 ウルウは大きな体をかがめるように、寝台にお盆を並べます。

 大きめの茶碗にたっぷりの牛乳と豆茶カーフォを合わせた乳豆茶ラクトカーフォ楓蜜ふうみつマシマシで。柔らかく立ち上る湯気が甘く心地よい香りを運びます。

 カリカリに焼いた燻製肉ラルドと新鮮な野菜をはさんだサンドイッチサンドヴィーチョ。こちらはもっとたっぷり。お洒落で、かつ量もあって、うれしい限りですね。


 そして朝の挨拶と一緒に、ほほに軽い口付けも。

 南部生まれのお母さま譲りのふれあいは、最初は恥ずかしがっていたウルウも、ねだっているうちにたまにしてくれるようになりました。


「ここの台所にも慣れてきたから、今日は結構いい感じだと思うんだ。さ、召し上がれ」

「ありがとうございます。さ、トルンペート、いただきましょう」

「ええそうね。おなかペコペコよ」


 寝台の上で朝食。

 実家では割と結構ありましたけれど、旅先で、しかもウルウが給仕してくれるなんて、なんだかすごく贅沢しているような気持ちです。

 はにかんだように笑うウルウの、ぱっつんぱっつんになったハートコーロの図案のエプロンもかわいらしくて、少しおかしみがあって、そして愛しくて。

 しあわせって、絵にかいてみたらこんな風景なのかもしれません。


「いただきます」


 ウルウを真似て、両手を合わせる。

 それはしあわせな風景。幸福を切り取った一枚絵。


 でも。


 ──じゃらり。


 私たちの手首には、手錠。

 寝台の足につながる、強固な鎖。

 監禁、されてるんですよねえ、私たち。







用語解説


・うっわ金持ちと言いたくなるような~

 正式名称妖精の歯ブラシ

 ゲームアイテム。装備した状態で敵を倒すと、ドロップアイテムのうち《歯》や《牙》に該当するアイテムが店舗での販売額よりも高額のお金に変換されて手に入る。

『おや、歯が抜けたのかい。それなら枕の下に敷いてみるといい。翌朝には妖精がコインに換えてくれるから……おや、だからって抜いちゃダメだったら!』


乳豆茶ラクトカーフォ(Lakto kafo)

 大雑把に言えば豆茶カーフォと乳を合わせたもの。

 豆茶カーフォの淹れ方や、乳との割合、またなんの乳を使うか、砂糖などをいれるかなどでも派閥がある。

 たっぷりのボウルに同量の豆茶カーフォと牛乳を注ぐのが南部のマテンステロ流。持ち込んだ先の辺境では楓蜜をたっぷり入れるスタイルが人気に。


・ハートの図案のエプロン

 ゲーム内アイテム。正式名称 《まごころエプロン》。

 ゲーム内イベントである料理大会で入手できる。

 これを装備すると、料理系アイテム作成の成功率に上昇補正がかかる。

『料理は愛! 私の! 愛が! 食べられないっていうの!?』


・手錠

 ゲーム内アイテム。正式名称重たげなブレスレット

 Mobに使用すると逃走を阻止でき、自身と繋がった状態にできる。

 攻撃時に確率対抗ロールがあり、これで負けると拘束が外れる。

 つまり幸運値のきわまった閠は、基本的に外されることがない。

 ヘイト、つまり敵の攻撃も引き寄せるため、Mobをつないだ状態で低レベルの仲間に倒させるというパワーレベリングも可能。

 一部には見た目の良いMobを引きずって歩く猛者も。

『お前の愛情、手錠デスマッチに似てるんだな……』

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