エイプリルフールSS
亡霊と怨霊
あらすじ
限界社畜ブラックOL妛原閠は、睡眠不足と過労と栄養失調が重なっているところでゲームなんてしようとしていたために現世とグッバイするのだった。
息苦しく重苦しく、締め付けられるような眠りから目覚めて、
自分で言っていても意味が分からないけれど、今もって意味が分からないのだから仕方がない。
ドイツ人作家の真似をしてみたところで文才のない私にはこのくらいが限度だ。いや、果たしてドイツ人だったか。カフカっていう名前はどうもドイツ人っぽくない。作品に興味はあっても作家にはあんまり興味がないので調べたことがなかった。たぶんオーストリア人かチェコ人だろう。
まあ作家のことはこの際どうでもいい。
近年ではAIにカフカの「変身」を現代ライトノベル風に翻案させ、意外にも結構読める感じのテキストなんかを生み出す試みもされているけれど、私の人生はどう翻案したってあんまりおもしろくはないと思う。というか翻案したら私の人生ではないだろ。
まあこの辺りの導入はぐだぐだ長々しくやっていると読者が減っていく一方なので、さらっと流してしまおう。300話超えるくどくどしい文章についていけるようなのはかなりコアな人種くらいしかいないのだ。
というか主人公がやれやれと自分語りするところから始まる小説ってその時点でアウトな気もする昨今。よくまあ続いたものだよ本当に。
いや、なにを言っているんだという話でしかないけれど。
うっそうと茂る森の中で目を覚ました私は、眠りにつく前、というか、永遠の眠りにつく前のことをちらっと思い出した。
なんかこう、うっと胸が苦しくなって意識が遠くなって、綺麗な花畑と川の向こうで亡き父がほとんど唯一といっていい持ちネタ「ロボットパントマイム」を披露してる足元で、私を生んですぐ亡くなった母がえげつないバカ笑いとともに転げまわっている光景がすうっと流れ、そして情報量の多さにツッコミを入れていたらいつの間にかフェードアウトしていった。
多分私はあれで死んだんだろう。心臓発作的な何かで。
そして見知らぬ森の中にスポーンしたというわけだ。
せめてチュートリアルいれてくれないかな。私こういう、説明なしでとりあえずプレイしてみてねっていうヤツ好きじゃないんだよな。動きながら少しずつ操作方法教えてくるやつ。
紙の説明書を読ませてよ。最近のやつあんまりないんだよなあ。
そして見下ろせば、私の姿は死ぬ前までプレイしていたゲームのキャラのそれだった。暗殺者系統のハイエンドみたいなやつ。
少しぼんやりと考えて、わかったね。
これは夢か、さもなくば「ゲームのアバターで、でもゲームの世界じゃない異世界に転生するやつ」だってね。
「ゲームのアバターで、でもゲームの世界じゃない異世界に転生するやつ」とは何ぞやっていうと、「ゲームのアバターで、でもゲームの世界じゃない異世界に転生するやつ」としか言いようがないんだけど、いやほんとそういうジャンルとしてある程度の数はあるはずなんだけど、それが何と呼ばれているのか寡聞にして私は知らないんだよなあ。
代表的な作品を上げてよって言われても、その代表的な作品もこう、それぞれ微妙に違うんだよ。微妙にまたいでるんだよ、ジャンルを。
そもそももしかして私が読んだことあるやつしか存在しなくて、そこまで母数ないんじゃないのかこのジャンル。
まあいいか。とにかく、どうやら私は「ゲームのアバターで、でもゲームの世界じゃない異世界に転生するやつ」で転生してしまったらしい。
なんでゲームの世界じゃないかわかったかは、そこらへん歩き回ったら知らないMobに遭遇したからわかったってことで巻きで行こう。
あとゲームの《
「こういうメタ発言を繰り返しておくことで、どうしようもないリアルにぶち当たった時に迫真の『ゆ、夢じゃない……!?』が繰り出せるわけだよ」
繰り出せたからどうというわけじゃないけど。
私はとりあえずそこら辺の枝を適当に倒して進行方向を定め、適当に歩いて、適当に第一現地人を発見するのだった。
発見までのあれこれは省略する。巻きで行こう。すでに結構な紙幅を使っているのだ。
「フムン。大抵の場合、行き倒れの女の子を助けるとその後ヒロインとして旅を共にする感じだけど」
見下ろした第一現地人──女の子は、ちょっと旅を共にするか悩む状態だった。
具体的には背中をざっくりと切り裂かれて骨っぽい白色が見えていて、衣服は出血でほとんど元の色がわからなかった。何なら何本か矢が突き立っていて、とても事故とは思えない過剰なまでの殺意が彼女に降り注いだことははっきりしていた。
そして彼女はその状態でもまだ息絶えておらず、地面に引きずったように血の跡が残っているあたり諦めて死ぬ気もさらさらなさそうだった。なんなら荒い呼吸をしながらも、血にまみれたナイフをしっかりと握り締めて、見降ろす私を睨みつけている。
そこらの村娘といった素朴な顔立ちだけど、ぎらついた目には恐ろしいまでの目力があった。私にはなじみがないけれど、近しいもので言えば怒りとか憎しみとかだろうか。私がずいぶん昔に諦めてしまった感情を、彼女の目は赤々と燃やしていた。
「ああいや……もしかすると、殺意ってやつかな、これは」
殺してやる、なんて。
物語ではよく聞くし、いわゆる修羅場なんかでは飛び出てきたりするらしいけれど。
本当の本当に、誰かを殺してやろうと、命を奪ってやろうと、そのように思い詰めた感情を、その時私ははじめて向けられたのだった。
「見つけたぞ!」
「むっ、貴様何者だ!」
「待て、待て貴殿ら、落ち着け」
「落ちつけるものですか! こちらは三人も!」
「落ちつけ!」
ぼんやりと突っ立っていたら、不意に騒がしい声が乱入してきた。
少女の血の跡を追うかのように現れたのは、いまどき映画の中でしか見ないような西洋風の甲冑を着込んだ連中だった。私には鎧の知識なんてものはないけれど、使い込まれたような金属のくすみ方だとか、動き回っても滑らかに稼働してほとんど音をさせない造りは、ただのコスプレには見えなかった。
それに、油断なく構えられた剣には、ぬらぬらとした赤い液体がまみれていたし、構えた弓にはしっかり矢がつがえられている。
推理小説を推理せずに読む私にも、足元で倒れる少女との因果関係は、察しが付くというものだ。
いち、にい、さん、し……五人。
なんとなく数えていたら、代表者というか、隊長格なのかな、ひとりが剣を下ろして前に出てきた。兜で顔は見えないけれど、他の連中を制止した声は、女性のそれに聞こえた。あるあるだ。ラノベあるある。女騎士は頻出ワードだな。
「我々は黒狼騎士団。元老院に剣と忠誠を捧げる騎士であり、私はこの分隊の長だ。秘匿任務につき名も顔も明かせぬが、国家の安全と秩序のために奉仕する、歴とした公務員だ。安心されよ」
「公務員て」
いや、それはまあ、騎士は公務員かもしれないけど。
言葉が通じるんだとか言うのはまあ、よくある自動翻訳的なものかもしれないが、公務員はどういう翻訳なんだこれ。
兜のせいでくぐもって聞こえるけれど、まあ確かに声には後ろめたさややましさはなかった。堂々としていて、自分たちは正しい側にいるのだと、清廉潔白なのだと、だから安心してよいのだと、そう語りかけるようだった。
つまり、私が好きじゃないタイプの人間だった。
「あなたの足元の女は、国家の安寧を乱さんとする危険人物なのだ。その女との戦闘で、我らの仲間も三人失われた。民間人も、すでに数え切れぬほどに犠牲になっている。刺激せぬよう、ゆっくりと下がっていただきたい。あなたの安全は我々が保証する」
つまり、こいつらは警察的な組織の一員で、足元の少女は犯罪者らしい。それも逮捕とかじゃなく、その場で切り捨てることを前提としてるレベルの。
もっと慌てろよとか、ビビるなりしろと我ながら思うんだけど、その時の私はどうにも、現実感が覚えられなかった。なんだかすべてのことが、分厚い幕を通したように鈍くしか感じられなかった。
血にまみれて倒れ伏す少女も、彼女が殺意を込めて睨みつけてくることも。
コスプレじみた騎士が武器を構える光景も、そいつらがいまからこの子を殺すということも。
私が、私自身が見知らぬ世界でたたずんでいるというこの現状も。
夢でなければ、なんて言いはしたけれど。
正直なところ私は、夢うつつのままにふらついているだけなのだった。
だから。
だから、そう。
それはただの気まぐれというか、ただの考えなしだったように思う。
「この妛原閠が最も好きなことの一つは、なんてネタ振っても通じないんだよなあ」
「……なに? なにを言っている?」
「でもまあ、会社じゃ一度も言えなかったし、折角だから言わせてもらうよ」
「くっ……総員、已むを得ん、」
「──『だが断る』」
「まとめて斬れ!」
この隊長さんは、判断の早い人のようだった。
部下に命じながらすでに私に向けて剣を振り下ろしていた。
私がただの民間人だったらどうするんだ、と思ったけど、多分ただの民間人でも邪魔になるなら斬っていいっていうくらいの権限が彼女にはあって、それが許されるくらいの罪状が足元の少女にはあったんだろう。
なんていうのは後になってゆっくり考えたことで、その時の私はほとんど反射だけで動いていた。
反射、というより、自動的、というべきか。
私の体は振り下ろされた剣を自然に避けていた。私がどうこう考えるよりも先に、体のほうがぬるりと避けている。兜の向こうで、驚愕するような気配が感じられた。そして驚きながらも、すでに切っ先は返されている。その剣も避ける。部下の騎士が突っ込んでくる。その剣も避ける。次の騎士。避ける。挟み込まれる。飛び上がって避ける。鋭く狙った矢が飛んでくる。身をよじって避ける。避ける、避ける、避ける。
私の目にはそれらのすべてがゆっくりと映っていた。
集中力が極限に達するとすべてがスローに見えるとか言う、そういう話ではないと思う。その時の私は、集中どころか勝手に動き回る自分の体に振り回されてたし。
だからこれは、そういう話ではなく、単純に
ゲーム脳だとか言われるかもしれないけど、ゲームのアバターで目覚めたんだから、その発想は間違ってないと思う。
頭のおかしいステータスの偏り方をしているけれど、それでも私はレベル九十九の最高位。鍛えているだろうとは言え、一般騎士に後れをとったら転生チートも泣くだろう。
でもまあ、なんだろうね。
この人たちがちゃんと鍛えた騎士でよかったよ。
ステータスだけ馬鹿みたいに跳ね上がったド素人が殴りつけても、何とか防御してくれる程度には強かったみたいだから。
「うーん……特撮映画も観ておくもんだなあ」
まあ、あれは特撮というか、特撮好きをこじらせた人が原液濃縮せずに煮詰めたエキスを映像にしたような感じだったけど。
このパワーで殴ったら死ぬかもしんない、ということをちょっとでも考えられてよかった。
私は地面に転がした五人の騎士たちを見下ろしてそんなことを思うのだった。
いや、うん、反省はしてる。
さすがに金属製の鎧がへこむパンチは危険すぎる。
「ぐ、う……っ」
「ああ、そうだった。忘れてた、わけじゃないよ?」
そうそう。別に全然忘れてたわけじゃないけど、ちょっと茫然自失と我を忘れていただけだ。
私はあらためて、倒れ伏す少女のそばにかがみこむ。
けがの様子は、素人目に見てもひどかった。というか、よくまあ生きているものだと素直に思う。私はあんまりグロ耐性ないほうなんだけど、この期に及んで現実感のわいてこない私からすると、「うわー痛そー」くらいにしか思えない。
という風に考えておかないと、無理みが強い。麻痺していたメンタルは徐々にこの現実を受け入れ始めているけれど、少なくとも今はまだ駄目だ。もう少し現実から目をそらしていないと、この光景に目を向けられない。
「それで、なんだっけ。君、犯罪者かなんかなんだっけ」
「くっ……殺せ……!」
「いまちょっと感動した。生くっころじゃん」
「……はあ?」
現実逃避めいて漏らした言葉に、少女はきょとんと私を見上げた。
血にまみれ、疲れ果て、苦痛と憎悪に彩られた表情の中で、「なにいってんだこいつ」という目の色だけは、まるでただの少女のようで。どこにでもいる少女のようで。
だから、というには、理由が足りないかもしれない。
でも、だから、だった。
だから、私はその子を癒した。その傷を癒し、その手を取って立ち上がらせた。
「……一瞬で治ったかしら」
「まあ、そういうもんだしね」
《ポーション(小)》。
《
とはいえ、血の汚れとか服が破れたのとかはどうしようもないから、どっかで手に入れないとダメかな。
地面に落ちていた眼鏡を拾ってあげると、いぶかしむような、というか露骨に警戒するような顔で奪い取られた。
別にいいけどさ。実際怪しいし、私。
眼鏡をかけなおし、サイズがあってないのかずり落ちてきたそれをグイっと押し上げて、少女はじろりと私を見上げた。別に彼女が小さいわけじゃないけど、私が無駄にでかいので、どう頑張っても上目遣いにさせちゃうのだった。
「なぜかしら?」
「え?」
「なぜ、ワタシを助けたのかしら?」
「なんでって言われてもなあ……」
「おまえ、プレイヤーじゃないのかしら?」
成り行きとしか言えないなあ、なんて適当に答えようとしたら、聞き捨てならない言葉が返ってきた。
「……なんだって?」
「いまの薬、確かポーションだったかしら。それはプレイヤーのアイテムのはず。この世界に存在しない、理屈の外の異常物品」
「君はプレイヤーを知ってるの?」
「白々しい、というには、本当に何も知らないのかしら……?」
少女はずり落ちる眼鏡を何度も直しながら、私をじろじろと無遠慮に観察した。
どうにも落ち着かずに、こちらもぼんやりと少女を眺めてみる。
血にまみれているけど、民族衣装、っていうか、ヨーロッパの農家にでもいそうな、普通の村娘って感じの恰好。なぜか医者や学者を思わせる白衣を羽織ってるけど。
それを着ているのも、よく日焼けした素朴な娘さんって感じ。それなのに、そこに浮かぶ表情は猜疑心と警戒を染み付かせた、疲れた知性を思わせるもの。サイズの合わない眼鏡と、引きずるようにした白衣のほうにこそ、彼女の本質があるように思われた。
「……昔、お前と同じプレイヤーに、裏切られてひどい目に遭ったかしら」
「それはまた、同業が迷惑を、っていうのかなあ……ちなみにどんな人?」
「人というか……骨かしら?」
「心当たりがありすぎるぅ……」
「それ以降も、プレイヤーってやつには邪魔されてばっかりかしら」
裏切るという単語はあんまり似合う人ではないけど、でも、この子も必ずしも善人サイドではなさそうだしなあ。そしてその口ぶりからすると、私以外のプレイヤーも、あるいはたくさんこの世界に転生してきているのかもしれなかった。
「ちなみに、なんでまたそんなに邪魔されてるのか聞いても?」
「ワタシが聞きたいくらいかしら……というには、心当たりがありすぎるかしら」
「やっぱり悪いこと?」
「悪いこと、ね。奴らからすればワタシは悪人も悪人、大悪人かしら」
自称大悪人は、その悪を恥じることなく、悪びれることもなく、ただ堂々と胸を張って、ばっと両腕を広げさえして、宣言した。
「ワタシはユーピテル! 《蔓延る雷雲のユーピテル》! この帝国を滅ぼし、木偶どもを駆逐して、偉大なる聖王国の版図を取り戻さんとする孤独な戦士かしら!」
そしてのけぞりすぎて後方に転倒した。
「あいたーっ! かしら!」
「うーんしまらない」
私は再び少女の手を取って立ち上がらせながら、なんだか納得のようなものを感じていた。
ああ、そうか。
そうなのか。
そうだったのか。
私はおどけたように後頭部をさする少女を見た。その目を見た。瞳に宿る暗い炎を見た。
炎の形をとって揺らぐ、虚無と絶望を見た。
怒りも、憎しみも、殺意も、それは紛れもなく本物だった。
悔しみも、悲しみも、孤独も、それは紛れもなく本物だった。
そして、深い、深い、どうしようもなく深い、諦めも、また本物だった。
彼女の瞳を覗き込んでみれば、彼女の中は諦めでいっぱいだった。
もはやどうしようもなくどうしようもないとわかり切っていて、どうにもならないほどにどうにもならないと悟りきっていて、どう足掻こうとも足掻きようもないと理解しつくしていて。
すべてが通り過ぎた過去のことにすぎず、手を伸ばしたはずのものはすべて取りこぼしてしまった後で、振り返った先には誰も残っておらず、進む先にはかつて見た光のかすかな残影だけが伸びている。
それでも。
ああ、それでも。
それでも、彼女にはほかに何もないのだった。
自暴自棄にも似た、歩き続けるという選択肢しか、彼女の中には残されていないのだった。
それさえ失ってしまったら、彼女にはもう何もないのだった。
私にはわかった。
彼女はしあわせにはなれやしないだろう。
彼女の物語は、決してハッピーエンドになどなれやしない。
夜闇に輝くひとかけらにも、黄昏に響く美しい調べにもなれやしない。
彼女は
彼女が
「そう。そうなんだね」
「ええ、そうかしら! このワタシを助けてしまったことを悔いるがいいかしら!」
「じゃあ、後悔しないようにしないとだ」
「そう、後悔しないよう……は?」
「ユーピテル。《蔓延る雷雲のユーピテル》。君が
それが。
それこそが。
私と彼女が世界を滅ぼすに至った、その旅路のはじまりだった。
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