最終話 それでもぼくはきみに笑おう

前回のあらすじ


死ぬまで殴れば実際死ぬ。

前王朝時代の英雄アーサー・ペングラタンのコトワザである。




 いや死んでないよ?

 全然死んでない。


 なんかそれっぽい空気出しちゃったけど二度目。

 さすがに私も何の準備もなしで死んだりしたくないし、ちゃんと備えてるよ。

 まあでも一番怖いのは、死んでもゲームと同じ仕様で、デスペナルティ付きで神殿とかでリスポーンしちゃうことだよね。死ぬのも怖いけど、死ねないのも怖い。自分の身でスワンプマンは試したくない。


 で、死ぬ死ぬ詐欺の話ね。

 《いまという花を摘めカルぺ・ディエム》を使うと死ぬっていうのは、これホント。

 ただこれさあ、システム的に死んだ状態にするっていうやつなんだよね。

 もし効果時間中に死んじゃって、死んでる間に効果時間過ぎるとするじゃない。それで誰かに蘇生してもらった後、《技能スキル》の効果でまたすぐ死んじゃうってなったら、そりゃバグだよって言われるじゃない。

 だから、死んだらこの「直後に死ぬ」効果はなくなるんだよ。


 で、《仮死の妙薬マンドレイク》。

 これ使うと《仮死》になるんだけど、これ一応システム的には死んでるんだよね。

 条件付きだけど、これ死亡してるって判定されるの。

 だから《仮死》状態になると、バフもデバフも基本全部解除されちゃうんだよね。

 なんでそういう処理にしたのか知らないけど、死んでるから基本Mobにも襲われなくなるし、経験値とかも入んない。


 この二つを組み合わせるとね、完成しちゃうわけだよ。素敵な死ぬ死ぬ詐欺が。

 《いまという花を摘めカルぺ・ディエム》を使って大暴れして、効果で死ぬ直前に《仮死の妙薬マンドレイク》で《仮死》になる。するとシステム的には一度死んだって判定されちゃって、《いまという花を摘めカルぺ・ディエム》の《即死》判定がキャンセルされる。

 あとは《仮死》を解除すれば、ペナルティの支払いを踏み倒してすぐに復帰できるっていう、ね。


 厄介な状態異常とかを強引に振り切る方法としても活用された、人呼んで「秘技死んだふり乱舞」というやつだ。PvPでも使うやつがいて、一時期は「死体は二度殺せ」っていう風潮があったよ。


 そうして無事に死亡回避した後、私は疲れた体を引きずって村へと帰った。

 地竜の死体とか、素材になりそうなものは面倒なので全部置いてきた。剥ぎ取りが面倒だし、丸々全部インベントリに放り込んでも出す場所に困るし。

 あれはお金にもなりそうだから、今後が大変だろう村の人たちの復興資金にでもしてもらおう。


 村にたどり着いたころには、うっすらと日が昇り始めていた。

 行きは急いで走ったけど、帰りは疲れてとぼとぼ歩いてきたし、死神そのままの装備じゃ風聞が悪すぎるので着替えたりもしたし、まあそのくらいはかかるだろう。


 念のために《生体感知バイタル・センサー》を使ってみると、紅真蜱ルジャ・イクソードたちの気配はだいぶ薄れていた。というより、組織立った行動をとっていた赤い光点が、いまはただばらばらにうろついているだけで、あとはもう消えていくばかりなんだろうなというのが察せられた。


 灰鷹蜂ニゾヴェスポの残党がまだいくらか飛び回ってはいたけれど、帰る巣のなくなったこいつらはどうなるんだろうか。村人の安全のために、見かけた分はすべて《ザ・デス》で切り払っておいたけど、まあ生物多様性よりも人命優先だ。仕方ない。


 村長宅にたどり着くと、風呂の神官エヴィアーノさんと、村長のコールポさんが出迎えてくれた。

 紅真蜱ルジャ・イクソードたちが不活性化したことで、村人たちは徐々に衰弱を脱しつつあるみたいで、二人は彼らの回復に努めているみたいだった。

 エヴィアーノさんは風呂の法力(風呂の法力???)を込めた井戸水を人々に配っていて、村長さんは薬研でゴリゴリと薬草をすり潰していたけど、正直腹筋ローラーで筋トレしているようにしか見えなくて、一瞬遠い目をしてしまった。


「おお、帰られたか! よくぞご無事で!」

「ええ、まあ……なんとかなったみたいですね」

「ああ、紅真蜱ルジャ・イクソードたちが急に減ってね。残ったものも動きが鈍く、新しい被害はもう出ていないんだ」

「そうですか、それはよかった」


 水を浴びてきたらどうだろうか、疲れているだろうし、それにひどい顔色だ。

 そう言われて、井戸で水を組み上げて桶の中を覗き込んでみたけど、揺れる水面に映る顔色なんか、私にはわからなかった。

 でもまあ、元気快活朗らかな顔色ってわけではないだろう。

 それはもう妛原閠ではない別のなにかだ。


 ……まあ、それだけでもなく、顔色も悪くなるだろうけど。


 私は頭から水を浴びて、一息ついた。春先で、明け方となればまだ肌寒い。水は冷たく、刺すようでさえある。けれど、それによっていくらか気のまぎれる部分もあった。冷たい水が、目に見えない汚れを洗い流してくれるようだった。


「そういえば、クヴェルコさんは?」


 医療従事者である医の神官見習いの娘の姿は、見えなかった。

 今村に必要なのは彼女の献身的な介抱だろうと思ったのだけれど、聞いてみれば遣いに出たという。


紅真蜱ルジャ・イクソードが落ち着いて、あんたがなにかやってくれたんだろうって思ってね。とにかく早いうちに領主に知らせなけりゃならんかったし、それに、村長も気丈にふるまってはいるが、息子さんのことが気にかかっているようだったから、一番体力が残っているあの子に走ってもらってるんだ」

「ううん……彼女一人で大丈夫なんですか?」

「幸い、というかなんというか、害獣どももみんなやられてしまってるから、かえって今の街道はよほど安全だよ。それにああ見えて彼女は巡礼の医の神官だ。旅慣れてるし、度胸もある」


 そういうものらしい。

 しかし、確かに動けるものは動かなければ、この村はにっちもさっちもいかないだろう。

 いくら紅真蜱ルジャ・イクソードが収まったとはいえ、村人たちはまだ回復せず、病人の群れでしかない。領主なり近隣の人々なり、救援が必要なのは確かだ。


 一息ついてから、私は恐る恐るリリオとトルンペートを見舞った。

 廊下の一角に、かろうじて薄い毛布を敷いて寝かせられた二人は、出る前とは違って穏やかな寝息を立てていた。もう苦しげな顔はしていない。少しやつれたように見えるけど、でも、確かに生きている。


 かために絞った手拭いで汗を拭いてやりながら、その体温や肌の様子を検めていると、二人はゆっくりと目を覚ました。


「ん、ん……あれ……?」

「……うぇあ……ここどこよ……?」

「二人とも、大丈夫? 痛いところはある?」

「ウルウ……? 私は……?」

「ふたりとも、悪い病気にかかっていてね、少し休んでいたんだよ」

「そう、だったのね……悪かったわね、面倒かけて……」

「いいんだよ。ふたりにはいつもお世話になってるしね」

「うぇ……なんかきもちわる……」

「失敬な」


 減らず口が叩けるなら、あとはもう大丈夫だろう。

 まだつらいところ悪いけど、汗を拭くついでに服も着替えさせる。

 完全に意識のない人間を着替えさせるのは難しかったから、前をくつろげさせる程度しかできなかったのだ。いくらか過ごしやすい服に着替えてもらって、ゆっくり休んでもらおう。

 ああ、意識が戻ったなら、水とご飯もいるだろう。

 トルンペートはともかく、リリオはたくさん食べればその分すぐに回復に向かう傾向がある。

 でもさすがに「焼いた肉!」とかいうのは重そうだから、消化によいものを用意したほうがいいだろう。

 後で厨房を借りて、おかゆか何か作ってやろう。こんなに弱った状態でも鍋一杯くらいは普通に平らげそうだから、たっぷり作ってやらないと。

 などとインベントリ内の材料を思い浮かべながら考えてみたけど、うちの子だけご飯食べさせるというのも顰蹙ひんしゅくを買うかもしれない。

 せっかく作るなら二人分だけでなく、村人全員に食事を用意したほうがいいかもしれない。炊き出しだ。せっかく紅真蜱ルジャ・イクソードの脅威が去っても、その後栄養失調で死んでしまいましたでは救われない。

 この村の家畜なんかはすべて灰鷹蜂ニゾヴェスポの餌になり、畑は手入れもできず荒れ放題、備蓄も食いつぶす形になってしまってもう蓄えなんかないだろうから、《三輪百合トリ・リリオイ》の食糧を村に提供しよう。

 ふたりだってきっとそうするだろう。

 幸いにもインベントリにはそろそろ飽きてきた角猪コルナプロ肉だとか、色々に材料が眠っている。ここらで整理がてら在庫放出するのも悪くはなかろう。

 もし足りなくなっても、森に少し入れば死にたてほやほやだったり、衰弱死しそうだったりする獣が多く転がっている。吸い尽くされて味はあんまりよろしくないかもしれないが、文句を言える状況でもない。

 そういえば地竜肉は食べられるのかな。飛竜肉は腐りにくかったし、地竜肉もそうであるならば、あれだけの量のタンパク質は村が食いつなぐのに役立つかもしれない。お金に換えるのも大事だけど、まず村人の回復が先だ。

 それから、それから、


「ウルウ、大丈夫ですか?」

「…………なあに、リリオ?」

「どうかしたのよ、あんた。なにかあったの?」

「…………大丈夫だよ、トルンペート」


 勘のいいガキは、か。

 気づいてほしくないし、語るつもりもないけど、察してくれるふたりの目が、すこし嬉しくて、すこしつらい。


 村に返ってくる途中で、その感覚があった。

 が、確かにあった。 

 その感覚を、なんと例えたらいいだろうか。背筋をすうっと流れる何かを感じるんだ。それは血管や神経のように、胸の内から手足の先へと暖かく広がっていく。

 ぽかぽかとしてしまいそうなそんな感覚の中で、頭だけは嫌になるくらい透き通って、凍え切っていた。


 ────それは、命の流れ込む感覚だ。


 生き物を殺したのだという、そういう確信を伴う、奇妙な流れが背筋から無理矢理流し込まれるんだ。

 自分の行いから目をそらすなと、自分のしでかしたことの結果を知れと、見ないふりなんかは許さないと、そういわんばかりに。

 露骨に、あけすけに、それは生命の重さを私に教える。


 角猪コルナプロと同じくらいだったよ。

 あれよりも、むしろ軽いくらいだったかな。

 私の中に流れ込んだ命の重さは、まるで小さな女の子みたいに軽くて、小さな女の子みたいにあたたかくて、小さな女の子みたいに重くて、小さな女の子みたいにつめたくて、ああ、そうだ、そうだね、まるで、うん、まるで。

 まるで、小さな女の子みたいな、小さな女の子の命だった。


 吐き気を催すような思いだった。

 胃の中からすっぱいものがこみ上げてきた。

 血の気がすうっと引いて、目の前が真っ暗になった。


 でも私は、それを、飲み込んだ。飲み下した。

 吐くことは、できなかった。してはならなかった。

 私はそれを吐き捨てることなど許されなかった。


 私は選んだのだ。

 選んで、しまったのだ。

 私自身の殺意でもって、私自身の決意でもって、私のこころと、ことばと、ゆびさきとでもって、彼女を、ユーピテルを、一人の人間を、殺すことを選んだのだ。


 殺すこと。

 死なせること。

 命を奪うこと。

 その可能性のすべてを吹き消してしまうこと。


 それを、なしたのだ。


 勢いも、あった。

 その場の空気も、あった。

 大義名分だって、あった。

 無辜の人々を傷つけ、リリオとトルンペートを苦しめ、これからさらに被害を広げることを宣言したユーピテルは、殺すほかに止めることはできなかった。


 けれど、そういった後押しがあったとしても、選んだのは私だった。

 私は人を殺すことを選択肢に乗せ、数ある選択肢の中で、たった一つ、それを選んだ。


 これからの私は、いつでも、どんなときでも、無数の選択肢のその中に、殺害という一言が浮かんでしまう。

 最終的な決断と言いながら、いつだって私はその選択肢を手の届くところに置いてしまうようになるのだ。


 リリオは、トルンペートは、きっとその選択をずっと昔に済ませてしまっている。

 この世界の人々は、現代日本と比べてきっとずっと命の価値が軽くなっている。

 私もその中に仲間入りしただけと言えばそうかもしれない。

 ふたりに任せきりになっていた、そういう後ろ暗いところに、ようやく向き合えるようになったと言えるかもしれない。


 けれど、いまはそれを割り切ることはできない。

 飲み下したはずのそれを、まだ形がわかるほどにはっきりと、喉のつかえのように感じているいまは、私はこの選択の価値を、意味を、判断できない。


 


 私は人を殺した。

 そしてきっと、これからも人を殺すだろう。

 正しさや世の中のためではなく、個人的な悲しみや憎しみのために人を殺すだろう。

 二人のことを思いながら、自分のために人を殺すだろう。


 けれど、それは、そんなものは、言わなくてもいいことなのだ。

 語られない物語など、誰も知らなくていいことなのだ。


 だから、私は笑おう。

 それでも、私は笑おう。


「…………うん。だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。なんでもないんだ」


 私は人を殺したのだから。







用語解説


・スワンプマン

 思考実験の一つ。沼(Swamp)の男(man)を意味する。

 ざっくり説明すると、「ある男が沼のそばで雷に打たれて死亡した。その時別の雷がすぐそばの沼に落ち、奇跡的な偶然から化学反応を起こして、死んだ男と全く同一同質形状の生成物を生み出した。死亡直前の男と原子レベルで一致しており、脳の状態も完全にいっしょなので、記憶もそのまま、行動も同じようにとる。この男についてどう考えるか」というもの。

 明確な答えはなく、どう考えるかといういくつかの考え方はあるが、ここでは死亡して拠点に戻らされてリスポーンしたPCがもとのPCと同じなのか、と冗談めいて考えている。


・経験値

 ゲームにもよるが、このポイントをためていくとレベルアップしたり、ステータスを上げられたりする。

 《エンズビル・オンライン》においては原則としてMobを殺すことでしか手に入らない。





























































 街道から離れた森の中を、一人の少女が歩いていた。

 くたびれた旅装に、すりきれた革靴。

 荷物は最低限で、けれど持ち切れるだけを十分に。

 木の根や下生えに足を取られることもなく、慣れた足取りで進んでいく。

 その胸元には、神官のたる真鍮の聖印。

 杖に絡みつく蛇、それが示すものは、医の神に仕えるもの。


 クヴェルコと呼ばれるその娘は、ここしばらくの働きづめでずいぶん疲れた顔をしていたが、それでも足を止めることも、弱音を吐くこともなく、一心に森の中を進んでいた。


 森は静かなものだった。

 鳥の鳴き声も、獣の鳴き声もない。

 それらはすべて紅真蜱ルジャ・イクソードという災禍によって倒れ伏していた。

 ただ風が走るたびにはずれの音がかすかに響き、被害を免れたいくばくかの虫たちが行きかう物音が、どこか遠くにかそけく聞こえるばかりだ。


 その静謐を、疲れ切って乱れ始めた呼吸音と、それでも止めない乱雑な足音で引き裂きながら、クヴェルコは一心に、一途に、ひたすらに歩き通して、そして不意に立ち止まった。

 立ち止まったその足元には、死体が転がっていた。

 獣の死体ではない。人の死体である。全身に焦げ跡が見られ、いくらか血の匂いもしたが、直接の死に至るものが何であったのか、はた目にはわからない死体であった。


 クヴェルコは少しの間、荒い息を整えながら死体を見下ろしていたが、おもむろにかがみこんで死体を仰向けに転がした。

 呼吸を確かめ、脈を検め、何度か呼びかけもした。

 しかしどれだけやっても息を吹き返すことがないとわかると、深いため息とともに、胸元に両掌を当てて黙祷した。それは見習いと言えど、医の神官の真摯な祈りであった。



 その真摯なと裏腹に、軽薄な声が漏れた。

 頑張ったけどまあ、仕方ないよねという、そういうあまりにも軽い諦めの声だった。


「ここ百年くらいでは一番いい感じだったのに、やっぱり計画はやり始めと終わりごろが一番危ないかしら。思えば地竜の孵卵器を見つけたあたりがラッキーのピークだったかしら。あとは苦労と失敗続きで落ち目だった気もするかしら」


 過剰なまでに語尾を強調しながら、クヴェルコはやれやれと乱雑に死体の上に腰を下ろした。


「ようやく。よーうやーく、だったのに。地竜の育て方なんてわかんないなりに結構うまいこと育てられたし、紅真蜱ルジャ・イクソード灰鷹蜂ニゾヴェスポの調整がうまくいったときはさっすが天才ってはしゃいだし、いーい感じだったのに、ほんとうまくいかないかしら」


 言葉と裏腹に、声音それ自体にそこまでに落胆はにじんでいない。

 なにしろ、失敗はいつものことだ。毎度のことで、おなじみのこと。

 いつもいつも邪魔されて、いつもいつも失敗に終わる。

 それでもやり続けるからには、落ち込んでいる暇などないのだ。


 それに、失敗は成功の母という。

 母を何人殺しても、最後に子が一人完成すればそれでいい。

 今回だって、莫大なデータは十分に回収できたのだ。

 地竜の育成。古代遺物イントナルモーリの修復。現地生物のコントロール。遺伝子改造による新生物の運用。すべてが初めてのことであり、そしてすべてに十分な結果が得られた。


 なにより、あの女。

 いまどきハロウィンでも見かけないような古臭い死神のコスプレをした頭のいかれた女。


「やっぱりあれ、プレイヤーなのかしら」


 二千年前にすべてが転がり落ち始めた原因も、プレイヤーだった。

 その時はそういう存在というものをよく理解していなかったが、歴史の分岐点ともいうべき大きな事件には必ず、そのような超常的な個人の存在があった。

 彼女自身が妨害された例以外にも、おそらくそれと思われる記録が多くみられた。

 どこからかやってきて、大いなる役目を果たし、そしてどこかへ消えていく。

 あの忌々しい邪神どもがゲームを順当に進めるために遣わした駒たち。

 クソチーターのプレイヤーども。


 いままでの反省から、めぼしい事件には目を配っていたはずだ。


 最近では西部で放牧していた地竜を無残にも殺した奇妙な二人組。

 その前は文化体系を無視してアイドル興行など大流行させた歌姫。

 いくらか前には帝都に腰を据えた奇妙なアイテムの出処たる老爺。

 さかのぼれば落ち目の帝国を再興して強固に立て直したあのチビ。

 あるいは北大陸で氷漬けになっているはずの忌まわしい不死者共。


 けれど、あの女に関してはまるでノーマークだった。

 冒険屋として活動を始めた辺境伯の娘のほうがよほどに情報にあふれていた。

 なのにその周りをうろちょろしていたはずのあの女は、奇妙に気配が希薄だ。

 記録を精査してみれば、いない時間のほうが多いのに、いつの間にか合流している。


「フムン。それもスキルとかいうやつなのかしら。であるからだなんて、ハ、まったく、いっそ笑えてくるかしら」


 クヴェルコはゆっくりと立ち上がり、死体からはぎ取った白衣を羽織り、眼鏡をかける。

 ずり落ちそうな眼鏡を指先でくいっと持ち上げて、娘は笑った。


「くひっ、きひひひひっ! 覚えているがいいプレイヤー。この《蔓延る雷雲のユーピテル》が、いつか必ず殺してバラして、調べ尽くしてホルマリン漬けの標本にしてやるかしら! きひひひひひひひひひっ!」


 クヴェルコは、いや、いまはユーピテルは、狂気に満ちた哄笑を森に響かせたのだった。


「きひひひゲホォッゴホッガハッ」


 そしてむせた。







用語解説


・《蔓延る雷雲のユーピテル》


《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》

あなたはセキュリティレベル5ファイルにアクセスしようとしています。

このファイルへのアクセスに関する情報は情報局に記録・提出されます。

継続する場合は再度ユーザー認証情報を入力してください。


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