第三話 もう逃げられないゾ♡

前回のあらすじ


ごはんも着替えもお手洗いも、全部私がお世話してあげるからね♡

なお全部被害者からのアドバイスが入る模様。

※絶対に真似しないでください。





「ねえ、別に急ぐ旅ってわけでもないし、ちょっと泊まってみようよ」


 不意にそう言いだしたウルウに、私たちはちょっと顔を見合わせました。


「ええ? 普通に行けば明るいうちに街につくわよ?」

「そりゃ町の方が快適だし便利かもだけど、せっかく見つけたんだしさ。この家だって、寂しい思いをしてきただろうしね」

「ウルウのポエットが出ましたよ」

「なんだかんだそういうところあるわよねこいつ」

「こーらー、君たちねえ」

「んふふ、はいはい、わかりましたよ」

「そうね、じゃあ軽く掃除もした方がいいだろうし、ちゃっちゃとやっちゃいましょ」


 たまにはそういうのもいいよねってことで、私たちはさっそく小屋の掃除に取り掛かったのでした。

 一晩泊まるだけだから、と思っていたのですけれど、ウルウ基準の軽くというか、ウルウってこういうとき妙に凝り性ですよねっていうか、なんだかんだ結構しっかり掃除してしまいました。


 まずは厩舎を掃いて、ウルウがしまい込んでいるわらを敷いてあげてボイの寝床を作ってあげました。

 それで小屋に上がってみると、迎えてくれたのはうっすら積もった埃。それに蜘蛛の巣や、小動物のフンなどなど。


「うへぇ……」

「ほら、家ってのは放置するとすぐこうなっちゃうのよ」

「これはひどいですね……ウルウ、止めておきましょうよ」

「ううん。ここで退いたらなんか負けた感じがする」

「ウルウって妙なところで強情ですよね……」

「よく負けるのに負けず嫌いよね」

「負けてないが?????」


 私たちは手分けして掃除をしていくことにしました。

 窓を開け放って換気し、箒で天井近くから家具、床まできれいに掃き清め、埃を全部追い出してしまいました。小屋中の埃をひとところに吐き出したものですから、もうその量と言ったらちょっとした小山みたいなものですよ。

 窓の隙間なんかから舞い込んだ土埃や、小動物たちの毛や羽なんかが、積もりに積もってたわけです。


 それから、井戸から水を汲んで床から家具からしっかりと拭き掃除までしてしまいました。雑巾は何度も洗って、水も何度変えたことでしょうか。井戸水はきりりと冷たく、春先の空気はそれをぬるませることもせず、何度もひいひい言いながら手を真っ赤にしてみんなで雑巾絞りをするんですよ。

 時間がかかってしまったのは、別に私が力加減を間違えて何枚か引き裂いてしまったからではありません。


「絞る動作で布を破断させる握力とか……」

「し、しかたないでしょう! ご令嬢に雑巾絞りの経験なんてあんまりないんですから!」

「冒険屋としてはあってしかるべきだと思うわよ」

「ぐへえ」

「そういえば、子供同士のいたずらみたいな感じで、腕をぎゅうって絞るのを雑巾絞りって呼んでたなあ」

「なにそれときめく」

「トルンペートほんとそういうのさあ」


 おしゃべりしながらでしたけど、一度やり始めるとみんなてきぱきとしたもので、掃除はさくさく進んでいきました。


 私は寝室だけでいいじゃないかとも思ったのですが、なにしろ奇麗好きのウルウが仕切るのです。開けられるところは全部開けてきれいにし、手入れできるところは全部手入れしてしまい、台所の水がめやかまどの薪置き場まで、もうすっかり人が住み着けるくらいに整えてしまったのです。

 トルンペートが仕方ないわねって家事技能を発揮し、ウルウがなんか増えて動き回り、私は突っ立ってると邪魔だからお風呂でも磨いててと浴室に放り込まれたのでした。


 そう、お風呂です。なんとこの小屋、しっかりした浴槽を構えた浴室があるんですよ。

 お金持ちのご隠居が済んでいたというのもあながち間違いではないのかもしれません。

 ウルウの風呂とどっこいくらいの大きさですけれど、それでもこんなところにお風呂があるというのはすごいことですよ。


 しかもウルウの風呂のように直接浴槽を加熱するものではなく、台所にある風呂釜で薪を燃やし、壁越しに浴槽につながる管を通じて加熱されたお湯が循環して浴槽の水を温める、というつくりなんですね。

 つくり自体はわかりやすいものですけれど、造るのにも修理するのにも職人の手がいるし、お金がかかるんですよね、これ。そして本当のお金持ちは今日日きょうびは家に風呂の神官を常駐させているという……。

 まあ、街中ならともかく、こんなところにぽつんと立った小屋には不釣り合いな、いいお風呂ってことです。


「追い炊き風呂じゃん……君たちの技術ツリーほんと意味わかんないよね」

「山の中でも風呂沸かすやつがなんか言ってるわね」


 掃除が終わったころにはもうすっかり夜が更けてしまって、私たちも達成感と引き換えにすっかり汚れてしまっていました。

 でもこのくらいはわけのないことです。

 なにしろ、汚れたままじゃなんだし、私のわがままに付き合わせちゃったしと、ウルウが手ずからお風呂を沸かしてくれたのですから。


 まあ浴槽の大きさから一緒には入れなかったので、私とトルンペートで先にお湯をいただく形になったんですけれど、すぐ隣にあけられた窓から湯加減を聞いてくれたり、調節してくれたりとこれはこれでうれしいものですね。

 そしてウルウが入るときは、残り湯でいいよっていうウルウを押し切って、私たちで火の番をしてあげるわけです。


「湯加減はどうですか、ウルウ」

「ありがとう、ちょうどいいよ」

「なんだかこういうのもいいですね。声だけでやり取りっていうのも新鮮で」

「確かにそうかもね」


 ええ、本当に、こういうのも新鮮でよいものです。

 普段の、一緒にお風呂に入る裸のお付き合いは、身も心も開いて向き合うものですけれど、こうして声だけで通じ合うものもあります。

 少しこもったような、浴室内で反射した声は、普段と響きが違ってなんだかドキドキしますね。


「……ちょっとそっち詰めなさいよ」

「トルンペートこそ」

「…………なに騒いでるの?」

「あー、っと……ちょっと天体観測を……」

「そうそう。見えそうで見えないあたりを、見ようとしちゃったり」

「ふうん?」


 あと窓からぎりぎり覗くと湯煙の向こうがやけに魅力的に感じたりもですね、あったりとかなかったりとか。まあ、ちょっと盛り上がった後、ふたりでセイザしてなにやってるんでしょうねって反省しましたけど。

 なんでしょうね。お風呂でさんざん見てきたんですけれど、真正面から見るのと覗いて見るのとでは違う感動がありますね。


 まあ、閑話休題なんやかんやで


 掃除に駆け回り、心地よくお湯につかり、すっかり脱力してしまった私たちは、簡単な汁物でお夕飯を手早く済ませて、あとは食後のお茶をまったりと楽しみました。


「思った以上に働かされちゃったけど、でもこの達成感は悪くないわね」

「そうですね。しっかり掃除してみると、この小屋結構つくりがいいですし、快適に過ごせますし」

「たまにはこういうのもいいわねえ。ウルウがお茶まで淹れてくれて、至れり尽くせりっていうか」

「まあ、私のわがままだからね……ごめんね、ふたりとも」

「いいわよ、このくらい。でもさすがにちょっと、疲れたわね……」

「ええ……このまま眠気に身をまかせたいです……」

「いいんだよ。ゆっくりお休み」

「でも……まだ……歯を磨いて……」

「あっ、そうだった、どうしよう……でももう飲ませちゃったし……あ、トルンペートが落ちちゃった……リリオももう寝ちゃうかな……」


 まあ、それで気持ちよーく寝ちゃって、目が覚めたら手錠でつながれてて、にっこにこのウルウがおはようって言うんですよ。


「おはよう、ふたりとも。今日からここで暮らすね」


 それから今日になるまで、私たちは監禁されてるんですよ。






用語解説


・ウルウがなんか増えて

 《影分身シャドウ・アルター》のこと。

 ゲーム|技能《スキル》。《暗殺者アサシン》系統が覚える。

 単体敵に対して、複数の分身体を生み出し、高速の連続攻撃を見舞う物理属性の《技能スキル》。

 攻撃回数がとにかく多いので、クリティカルが連発すると恐ろしいダメージ量になる。

『お前が己で、お前も俺で、お前も俺なのか、そうするとお前も俺だな、じゃあお前は誰だ、俺か。それで、そう。俺は、誰だ?』


・もう飲ませちゃった

 《眠りに誘うものエンスリーパー》。

 《暗殺者アサシン》系統の上位職|執行人《リキデイター》が覚える特殊|技能《スキル》。

 近接単体に状態異常「睡眠」を付与する。奇襲が一番効果があり、気づかれている状態、敵対されている状態と成功率が低下し、直接戦闘時にはほぼ抵抗される。

 エフェクトはランダムで、後ろから口元に布を押し当てる、ひもで吊るした五円玉を振る、粉末を目元に投げかける、謎の模様が浮かんだ板(スマホ?)を見せる、首筋を手刀で打つ、みぞおちを殴る、飲料を手渡すなど無駄に豊富に種類がある。

 閠は今回、頑張って台所でスキルを使いまくって最後の飲料が出るまでガチャった。さすがに二回は豪運でもちょっとかかったようだ。

『オラッ!催眠!寝るまでやれば実質確定!』

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