第七話 白百合と境の森

前回のあらすじ


イベント進行の都合上、初期拠点に後戻りできないやつ。

セーブするタイミングには注意しよう。




 男二人で気兼ねなく旅行を楽しんでくるというメザーガとガルディストさんを見送り、お母様ともここでお別れです。


「じゃあ、私ももう行くわね」

「お母様は、一度南部にお戻りになるんでしたね」

「ちゃんと実家に報告しないと、怒られちゃうもの。あったかいころになったら、また辺境に戻るわ」

「辺境と南部で行ったり来たりは大変そうだ……」

「そうでもないわよ。ピーちゃん、キューちゃんも羽を伸ばせるし、私も旅は好きだものね」

「うう……でも、もう少しご一緒してもですね」

「旅がしたいなら、親離れしなきゃだめよ、リリオ。それに、娘の新婚旅行の邪魔なんかしないわよ」

「は」

「じゃあねー」


 二頭の飛竜が飛び上がり、境の森をざわつかせながら南部へと去っていくのを見送って、私たちは顔を見合わせました。


「新婚旅行……もう済ませちゃってますよね」

「オーロラ見に行った時のだね」

「まあ、あれって結局お里のうちじゃない。旅に入るの?」

「そう言われると、ノーカン?」

「というかそもそもまだ式も上げてないですし」

「実態は事実婚だけど、まだ婚約扱いかしら?」

「はやめに確定してほしいんだけど」

「あら、ウルウが乗り気なんて意外」

「するならするで、せめて三十路前には済ませたい。ドレスとかきつい」

「うーん、前向きなのか後ろ向きなのか」


 成り行きでなし崩しでなあなあで、私たちはお互いを嫁と言いあっているわけですけれど、ええ、ええ、そうです、まだ結婚式は上げていないんです。法的にはまだ婚前なのです。実態はもう結構どっぷりたっぷりねっちょりしてるんですが、それはそれとして。

 式を挙げるなら、それはもう盛大に、華やかに、大々的に揚げたいと思っていますので、そのあたりは根回しも大事なんですよ。


 なのでまあ、厳密には新婚旅行というか、婚前旅行ではあります。

 でもまあ、心情的にも響き的にも、新婚旅行のほうが素敵ではなかろうかと私なんかは思うんですよね。

 これからの私たちの旅はみんな新婚旅行なのです。なんてすばらしい薔薇バラ色の日々でしょう。


「おいしいもの食べて、温泉を楽しんで、魔獣とか盗賊を狩り倒して素敵な新婚旅行にしましょう!」

「うーん、隠しきれない蛮族感」

「趣味なのか仕事なのかで結構変わると思うわ」

「……半々くらいですかね」

「蛮族ラインだなあ」

「えー、じゃあ四分六しぶろくで」

「境界線を探ろうとするあたりが、知的蛮族」

「ちょっとよくなりましたよトルンペート!」

「あんたがそれでいいなら、あたしは何にも言わないけどさあ」


 なまあたたかーい目で見られてしまいました。


 私たちは適当にじゃれあった後、ボイちゃんの曳く馬車に乗ってさっそく境の森の入り口、関所に向かいました。


 帝国内地と辺境を隔てる遮りの河と境の森は、領地としては辺境に含まれていますが、辺境の玄関たるカンパーロではなく、辺境筆頭フロント辺境伯の直轄領となっています。

 領境としての守りを任される二つの関所は、それだけ重要ということですね。


 あ、いつものですが、この守りというのは、辺境への侵入者を阻むのではなく、辺境から危険な害獣が出てきたりしないようにするという意味合いですね。


 もちろん、太平の世においては、守りだけではなく内地との交流の要としても非常に重要な場所なんですね。

 辺境への出入りは、飛竜のような特例を除けば必ずここを通ることになりますから、ここの通行が滞ってしまうと、辺境の経済はかなり困ったことになってしまいます。

 それはそれでまあ普通に生活はできるんでしょうけれど、一度上がってしまった生活水準を落とすのはみんな耐えられませんからね。


 それだけ重要な関所ですので、これもまた当然。


「えっ、たっっっか……!」

「そうなんですよねえ……通行料が結構するんですよねえ」

「通行する頭数と、馬車があるなら馬車代も、大きさによって変わってくるわね」

「荷物も、種類によっては課税対象ですね」

「それにしたって、随分するんだねえ」


 通行料。関税。

 宿舎もついた大きな建物を横切り、重厚にして壮麗な時代がかった大門を抜けながら私たちは、そのお値段のお高いことに盛り上がりました。

 いや実際、ちょっとした記念になるくらいの金額なんですよね。

 荷物なしの素通りでもいいとこの旅籠の宿泊費くらいはします。そりゃあメザーガもとんぼ返りは御免となるほどです。


 関所というのは、通行の要所に設けられるもので、どこの領地にも何か所かはあるものです。川にかかった橋だとか、領境にある街道だとか、人が多く通る場所ですね。大き目の町の門番のようなものです。

 単純に危険物や危険人物を取り締まるだけのこともありますが、たいていは通行税としていくらか支払うことになります。人が通るだけでお金になるので、領地としては貴重な財源なんですね。

 だからと言って高額過ぎれば通行する人もいなくなるので、普通はまあ仕方ないなって思うくらいのお値段です。


 普通の関所でここと同じ値段設定だったら、まあまず誰も通らず、私設橋とか道とか横行しちゃいますよ。

 とはいえ、お高い理由もちゃんとあるんです。


 大門を潜り抜けた私たちを出迎えてくれたのは、雪をかぶりながらもあざやかな深緑を見せる豊かな森が、左右に真っ二つに切り開いててまっすぐ続く街道の姿でした。

 その道幅は大型の馬車が二台余裕をもってすれ違えるほどで、ここからは見えませんが、道中には一定間隔で待避所もあり、軽い休憩などもできるようになっています。

 道の端は金属製の柵で森と隔てられ、道は幅のそろった石畳できれいに舗装されて乱れもありません、仮に柵が壊れていたり、石畳が割れていたり沈んでいたりするものがあれば、一日数回の定期巡回がそれを見つけて、翌日にはきれいに修復されています。

 この定期巡回はそれだけでなく、害獣などが道に出てきていれば即座に討伐してくれますし、なにかの事情で立ち往生している馬車があれば助けてくれます。


 しかも、普通の街道がある程度地形に寄り添い、また人々の往来に合わせて曲がりくねっているところ、この街道は完全に計画的に測量・伐採・舗装工事が行われたそうで、境の森を最短距離の直線で貫いているのです。


 おかげで馬車はかなり速度を出して突っ走ることができ、帝国で最も流れのはやい街道として記録に残っているほどです。

 私が森の中をちんたらさまよっていたのと比べ、この街道を突っ切れば一日で楽々通過できてしまうのです。


「はあ……これは大したものだね。帝国流の高速道路だ」

「これだけの道を整備維持しているものですから、通行料もお高いんですね。税収にもそりゃあなりますけど、かなりの部分が街道の補修に使われているそうですよ」


 これだけの街道は帝都につながるものにもほとんどなく、敷設には相当の期間とお金がかかったことでしょう。

 とまあ、それだけ立派な街道なのでお値段がご立派なのも仕方ないんです。


「まあ払えるし、払うけどさあ。リリオなら名乗れば通してくれたんじゃないの?」

「無駄ですよ。ここの関所は辺境伯直轄ですけれど、

「……んん? どういうこと?」


 そう、ここは辺境伯令嬢たる私どころか、辺境伯その人であるお父様であろうと、通行しようとする限りは絶対に定められた通行税が課されてしまいます。一切の減額なしです。

 もし万が一、仮に辺境貴族が支払いを拒んで武力で押しとおろうとした場合、関所は総がかりでこれを迎撃してきますし、仮にそこで辺境貴族が、絶対ないとして辺境伯が命を落としたとしても、関所には何の咎めもありません。


「……なにそれ」

「まあ複雑な歴史と言いますか。そもそも厳密には、このあたり、境の森と遮りの河は、辺境総督領だったんですよ」

「うん? 辺境伯じゃなくて?」

「ええ、辺境が帝国に編入した時、辺境総督府がおかれまして、それが先ほどの建物ですね」


 その当時、帝国は編入した国に総督を置き、その文化や環境を学びながら帝国内に融和させていくという政策をとっていました。総督がそのまま貴族となって封じられる例もありますが、たいていの場合は現地の有力者と縁をもって治める形だったようです。中には現地有力者を直接総督として採用する例もあったとか。


 辺境もその例にもれず、辺境総督が送られてきたのですけれど、辺境筆頭の住まうフロントはあまりにも厳しく、仕方がなく辺境の玄関口、つまりここに総督府がおかれたんですね。

 そう、宿舎もついたあの大きく立派な建物は、大昔には総督府として建設され、総督が住んでたんです。


 この総督は一応皇族で、辺境筆頭であった我が家のご先祖様から娘が一人この総督に嫁入りして、帝国と結びつきを強めるっていう政略結婚だったみたいですね。

 このお二人は、帝国内地と辺境の環境や文化の違いでいろいろすれ違ったりぶつかったりしながらも、いくつもの苦難を一緒に乗り越えていったそうです。


「あー、それ聞いたことある」

「ほら、舞台を観に行ったじゃないですか」

「ああ、そういう演目だったねそういえば……あの時は結構それどころじゃなかったからなあ……」


 総督と姫騎士の物語は辺境だけでなく帝国全土で人気の定番劇で、フロントの劇場に三人で観に行ったりもしました。まあ、確かにあの時は観劇どころではなかったんですけれど……。


 その後しばらくは、総督府が帝国とのつなぎをとり、ドラコバーネ家との交流を続けました。最終的には総督府が廃止された際に、辺境は帝国辺境伯領と定められ、我が家が辺境伯として辺境を治めることになったんですね。


 この地は今でも当時の名残というか、伝統というか、正式にはいまも辺境総督府直轄領として書類に記載されていて、管理人も名目は代々総督代行を襲名しています。

 そういう感じで、ここ境の森の関所と、同じく遮りの河の関所は、非常に独立性の高い施設なんですね。


「フムン。面白い歴史だねえ。今度あの劇ももう一度真面目に観に行かないとなあ」

「いやまあ、あれは劇なので結構脚色とかありますし、歴史通りではないみたいですけれどね」

「ああ、いや、まあそっか。具体的にはどこら辺が脚色なの?」

「華麗な武装女中出てくるじゃない。実際はしょっちゅう鉄棒で姫騎士をぶんなぐってたらしいわよ」

「そりゃあ脚色するよ……」


 あと、劇では無理矢理嫁がされた苦悩とか描かれてましたけれど、実際にはかなり押せ押せだったみたいで、初夜から「さあお子種を、婿殿!」って迫って総督さんを泣かせたりしてぶん殴られたりしてたみたいですね。

 当時は同性婚って内地では珍しかったらしいですし、総督さんも苦労したとか。


 私たちはそんなことをグダグダ喋りながら、軽快に走り抜けるボイちゃんの馬車に揺られていました。

 揺られていたといっても、揺れはかなり軽微なもので、ウルウが驚くほどでした。


「びっくりするくらい揺れないね」

「もともとがしっかり平坦になるように敷設されたらしいですからね」

「よくまあこんな森を切り開いたものだね……その総督さんってのが?」

「いえ、実はもともとは古代聖王国時代に敷設されていたんです。全面聖硬石製の道だったそうですよ」

「フムン? でも今は石畳だよね?」

「反乱戦争の時に、聖王国製の建物とかものを破壊する流れがあったんですけど、さすがに全面聖硬石の舗装をすべて破壊するのは途中で心が折れたみたいです。端っこはちょっと削ったみたいですけど」

「それで、せっかく道があるんだから使いたいけど、聖王国の造ったものってのは腹が立つから、埋め戻して石畳敷いたらしいわよ」

「うーん、すがすがしいほどのごり押し力技」


 そうなんですよねえ、結構そういうの多いんですよ。

 聖硬石製だったり、とにかく頑丈で壊せないやつは、表面をごまかして流用したり。

 フロントの防壁もその類ですし、あとは帝都の城壁もそんな感じだとは聞きます。

 有名な観光名所だと、大陸橋跡なんかは、そのまま残ってるみたいですけれど。


「となると、足元を掘ったら遺跡があるから工事延期どころか、聖硬石で掘り返せないからその一帯全部建築不可みたいなのあるのか……」

「資源として活用するにも、聖硬石削り出すの、あんまり割に合わないんですよね……」

「聖硬石製の武器って頑丈ではあるけど、もはや趣味の領域なのよね……」


 美しい街道に、なんとも渋い感想が流れたのでした。






用語解説


・総督と姫騎士

 タイトルは地方や脚本・演出によって異なるが、大筋としては同じ。

 史実上の人物である皇女にして初代辺境総督と、辺境棟梁の娘である姫騎士を中心に語られる。歌劇・演劇・叙事詩など様々な形で演じられ、歌われてきた。

 ほとんどの場合は大いに脚色されており、史料的価値はあまり高くないが、武装女中や同性婚、辺境の文化を帝国内地に広く知らしめた功績がある。


・総督府

 現在は通行者が有料で使える宿舎にもなっているが、建物時代は総督府として建造されたものをそのまま使っている。当時の価値観がうかがえる壮麗なもので、総督と姫騎士の物語のファンからは聖地でもあるとして、この総督府を見に来るだけの観光客もいるほど。

 実際、通行税だけでなく、宿舎の利用料でもかなりの収益があるようだ。


・聖硬石

 とんでもなく硬いため防壁などには便利なものの、掘り出すのも削り出すのも相当な労力がかかるため、費用が天井知らずになりかねず、もとからあるものを流用する以外ではほとんど使われていない。

 同じく古代聖王国時代の遺物であるスペル硬質陶磁ツェラミカージョがものによっては金属としての性質が強く実用的な刀剣などに加工される一方、聖硬石製の武器となるともはや趣味の領域。

 刀剣は折れず曲がらずよく切れるが理想とは言うものの、聖硬石製の刀剣はわずかなしなりさえもなく、衝撃が逃げずに振るった人間の腕のほうが折れたという逸話もある。

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