第六話 鉄砲百合と旅の予定

前回のあらすじ


人生の先達としていろんなことを教えてくれるメザーガであった。




「ほーら、むかしみたいに遊びましょうよー、

「勝つまで毎日抜き身の段平ダンビラ引きずってきやがったのは遊びとは呼ばねえんだよ!」

「加減なく手加減してくれたデコピンのお返しはまだ済んでないわよー」

「根に持ち方が陰湿なんだよてめえはッ!」

「ほーらほら、喋ってると舌も下っ腹も刻んじゃうわよー」

「フジャッケンナ!」


 一見おっとりして柔和に笑う奥様と、気だるげで斜に構えたようなところのあるメザーガ。

 二人はあんまり似ていないように見えて、目元とか、髪質とか、部分で見ると結構似ている部分もあって、それが追いかけっこしている姿というのはなるほど兄妹のように見えなくもなかったわね。


 ああ、もちろんあたしはそんな楽し気なに混ざろうとは思わないけど。

 しっかし、よくまあメザーガも、あれだけわめきながら奥様から逃げられるものよね。

 あたしたちからすると、三人がかりでも届かない奥様の猛攻を、いまもしのぎ続けるメザーガには恐れ入るし、同時に、リリオを軽々とあしらってみせるメザーガがそこまで必死になる絵面というのが面白くもある。


 笑えるって意味じゃなくて、自分たちがまだ届かない領域のすさまじさを見れているんだっていう、そういう感動まじりのやつね。

 まあ普段余裕こいてるメザーガがなりふり構わない様子っていうのが笑えるのは事実だけど。


 そんな楽しそうな二人を邪魔することはせずに、あたしたちはガルディストさんとあらためて再会の喜びを分かち合った。


「やあ、元気にしてたか、って聞かなくても、さっきのを見ればわかるか」

「元気も元気です! やっぱり辺境はいいものですね!」

「リリオちゃん、北部の夏でも大分だれてたからなあ。寒いほうが体に合ってるんだろう」

「かもしれません。暮らすのが大変でも、あの寒さがないと調子を崩しそうです」

「俺は寒いのが苦手だから、うらやましい話だよ」


 そういうガルディストさんは、かなりの厚着だった。

 ガルディストさんは北部のヴォースト住まいとはいえ、土蜘蛛ロンガクルルロっていうのはあんまり寒さに強くないらしいと聞く。

 もこもこに着ぶくれた姿は、夏ごろのいかにも身軽そうな姿とは一変しちゃってた。素早く動き回って敵を翻弄ほんろうしたり、密やかに動いて索敵したり、そういう野伏のぶせとしてはかなり重装備になっちゃってるわね。


「里帰りを終えたってことは、また冒険屋稼業だろ。今度はどこに行くんだい?」

「そうですねえ、辺境で結構冒険しちゃいましたし、しばらくはのんびり旅でもしたいですね」

「いいねえ、いいねえ。おじさんもたまに旅したくなるねえ」

「ご馳走ぜめだったし、野宿でもして、あたしも腕を振るいたいわねえ」

「まあ、でもなんにせよ、一度ヴォーストで荷物を整理したいね。辺境は激レアアイテムたくさんあるけど、普通のものがなあ」

「そうですね! なんだかんだ消耗品もそろえたいですし」

「雑誌も新しいの出てるはずだし、そっちも、」

「そりゃ、やめといたほうがいいな」


 じゃあヴォーストに一度帰ろっか、と盛り上がりかけたあたしたちを、ガルディストさんが静かに止めた。


「やめといたほうがいいし、行ってもろくな品もないぜ、いまのヴォーストにゃ」

「ええ? なにかあったんですか?」

「まあ、があったらしいんだがな、詳しくはわからん。ウールソが何か知っているらしいが、あの坊さんは口が堅いからな」

「なによ、何があったっていうの?」

「なんていうかね。こう……」


 ガルディストさんは言葉を探すように、手で空中をしばらくかき混ぜて、それから諦めたようにそれをくしゃくしゃ握りつぶした。


「こう、クソ寒いんだよ」

「まあ、そりゃあ、そろそろ雪解けとはいえ、まだ冬ですし」

「辺境と比べたらあれだけど、北部も十分寒いものね」

「そういう寒さじゃねえんだよ。俺もヴォーストに住んでそれなりだけど、こんなに寒かったことはないね」

「フムン。異常気象ってやつかな」

「まあ、異常は異常だな。空読みどもは、観測史上最低気温、最大の大寒波だとか言ってたな」

「って言ってもねえ。あたしたち辺境から来たのよ?」

「辺境の寒さは俺も知ってるよ。けどなあ、ヴォーストは辺境じぇねえんだよ」

「フムン?」


 あたしとリリオが小首をかしげていると、ウルウはなんだかわかったようにうなずいていた。


「寒いのには慣れてるヴォーストの人たちも、いままでにない寒さで対応できなくなってるんだ」

「そういうことだな。エージゲ子爵直々にヴォーストに常駐して陣頭指揮執ってるんだが、どうにもな」


 エージゲ子爵ってのは、確かヴォーストのあたりを治めてる貴族ね。普段はヴォーストには代官を置いて、たまに視察に来るだけみたいだけど、そのが一冬構えるってのは結構大変な話なんだろう。


「なにしろあの運河が一部凍っちまってな。冒険屋どころか衛兵やらも総出で氷割りに駆り出されてな」

「池とか湖ならともかく、流れてる川も凍るんだねえ」

「まあ、北部でも川が凍ることは結構ありますよ。でも都市部のヴォーストで凍るっていうのは私も聞いたことがありませんね」

「俺も初めてだよ。そのせいで運河の魚どもも鈍くなってて、漁獲量は激減。停泊した船が凍っちまうから、船の出入りも減っちまってな」

「ってことは、運河経由の荷物がだいぶ減っちゃったんじゃない?」

「そういうことだなあ。だから、いまのヴォーストにゃ碌なもんが残ってなくてな」


 おまけに雪解けの時期もずれ込み、周辺農家や牧場も大打撃。その作物を食べている消費者たる都市としては、自分のことだけで手いっぱいらしかった。都市の備蓄を放出しているなんて話まで聞いたら、さすがにそこで装備を整えようとは思えないわね。


「っていっても、ヴォーストって北部のハブ都市なんでしょ? あそこ経由しないと大変じゃないの?」

「まあでかい道も運河もヴォーストにつながってるが、別に迂回しようと思えばできるさ。いまは寒波を避けて、下道のほうが早いくらいかもしれん」


 まあ、そうなのよね。

 ただ、どこにでも道はあるって言ったって、勝手がいい道っていうのは限られてる。道がしっかり固められているかっていうのもあるし、道中で宿場があるかっていうのも問題だ。

 あたしたちは狩りをしたり野宿したりで、荒野を突き進むこともできなくはないかもしんないけど、それはそれとして文明人としていろいろと保ちたいものもあるのだ。


「そうさなあ。いったん東部に抜けて、そっから帝都にってのはどうだ? 帝都観光はまだだろ?」

「帝都は確かに行ってみたかったですね」

「東部は、前に行った町はできるだけ避けてみるのはどうかしら」

「それ大丈夫なの?」

「まあ東部は町も多いですし、地形も割となだらかですから、そこまで心配はいりませんよ」

「東部も南のほうじゃあもう春の気配がするだろうし、雪が降らないところも多い。のんびり旅するにはいいとこだぜ」

「だらだら回って、暖かくなってきたら帝都に行きましょうよ。雪解けの時期の帝都は大変らしいですし」

「帝都も寒いの?」

「寒いは寒いけど、それ以上に滑るのよ。舗装されてて、水はけがちょっと悪いから、道が凍っちゃうらしくて」

「ああ……そういうの聞いたことある」


 ウルウが遠い目をする。

 まあ、大変そうだものね、滑るのって。

 あたしたちも寒いのや雪には慣れてるけど、凍って滑る道っていうのは、そこまで慣れてもいないのよ。

 あれは雪が少なくて、でも寒いっていう土地ならではの恐ろしさらしいわね。


 あたしたちがきゃいきゃいとあれこれ相談していると、ようやく奥様に解放されたらしいメザーガがよたよたとやってきた。

 服は汚れて、額の汗もえらいことになってるけど、それでも厚着したままで特にけがもなくしれっと逃げ延びているあたり、メザーガもただものじゃないわよね。

 まあ、じゃれあいでけがしてもって感じなんでしょうけど。


「帝都行くのか? じゃあそこから西部行きゃあ、一応全国制覇だな」

「東西南北、で中央と辺境ですね」

「まあ帝国も広いから、完全制覇ってわけにゃあいかねえがな」

「メザーガもあちこち旅したのでしょう?」

「それでも全部ってわけにゃあいかねえな。広いぜえ、帝国は」


 それを聞いて、リリオはひるむどころか「むふー」と楽し気ですらある。

 そりゃあ、そうか。旅が好きで、冒険が好きで、夢見て故郷を出てきたんだ。そのくらいのほうが、やりがいがあるって話だろう。

 まあそれは、好きでついてきてるあたしも、ウルウだって同じことだ。


 あたしたちはそれから頭を突き合わせて、ああだこうだと旅程を組んでいった。

 雑誌を見ながらここはどうだろう、あそこに行ってみたいとリリオが考えもなしに提案し、そこは行ったことあるな、そっちはよく知らんけど道が険しいなど、旅慣れた先達二人が言い添える。

 この街道は見ものだと聞けばそこを歩くことにして、この街に美味しいものがあると言えばそこにそれて、ここはしばらく浴場がないとなればウルウがとてつもなく渋い顔をしたり。

 まあ、こういうのって考えているときが一番楽しいまであるわよね。

 

「そういえば、メザーガたちはどうするんですか?」

「まさか本当に、ここまでボイと馬車を連れてきてくれただけってことはないでしょ?」

「そこまでお人よしじゃあねえよ。高い通行料も払ってとんぼ返りじゃ馬鹿みてえだろ」

「ま、ヴォーストがやりづらいんでね。しばらくは辺境風情を楽しもうと思ってさ」

「辺境に旅行感覚でねえ……まあ、私が言えたことでもないけど」

「辺境っつっても、カンパーロあたりでのんびり過ごすつもりだ。蒸し風呂と辺境飯でも楽しもうってな」

「こういう時のための積立だからな。まあ俺も役得ってことで楽しませてもらうよ」


 酒だ肉だ蒸し風呂だと盛り上がる男二人に、ウルウがぼそりとつぶやいた。


「そういう旅行にクナーボ君おいてくるのはどうかなあ」


 クナーボは事務所の経理やら料理やら様々な雑用やらをこなしてくれる女装の少年で、そしてメザーガにとってもほれ込んでいる子だった。嫁にしてほしいと公言しているし、だめなら嫁にしたいとも言ってのける豪のものでもあるわね、

 そのクナーボを置いて野郎ふたりで旅ってのは、確かに、ねえ。


「うぐ、い、いや、事務所に誰もいないってわけにゃいかんからな。留守を任せられるのはあいつくらいでだな」

「いつか刺されるんじゃないの?」

「はっはっは! 言われてるぜメザーガ!」

「ガルディストさんが」

「まさかの俺かい!?」

「頼む、俺のために刺されてくれ」

「どんだけ義理があってもごめんだよ馬鹿野郎!」


 まあ、いくらなんでも刺したりはしないだろう、とは言い切れないのが、情愛の難しいところよねえ。






用語解説


・なにか

 北部エージゲ子爵領近く、臥竜山の山肌脈を「奇妙な色彩」が昇っていき、やがて山頂から空へと広がり、消えていったという。

 この「奇妙な色彩」は突発的な暴風を伴っており、直接的な干渉は不明なものの、以降ここを中心として北部全体に厳しい寒波が広がっていった、とされる。

 エージゲ子爵は関与を否定し、領内最大の収益を誇るヴォーストの被害軽減のため、冬の間常駐している。

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