第五話 亡霊と語らう剣

前回のあらすじ


可愛い姪っ子の思わぬ成長に叫ぶ叔父。

子供はすぐに大きくなるものですね。




 もう慣れてきたからなんも言わないけどさあ。

 この世界の人、公用言語が肉体言語なのかっていうくらい、手合わせしたがるよね。

 いや、私の見てきた人たちが特別肉体言語に親しんでいるバーバリアンどもであるという可能性は大いにあるのだけれど、それを認めてしまうと私のバーバリアンSSRの引きがよすぎて気持ち悪い。

 バーバリアンが出過ぎて「どのバーバリアン?」ってなっちゃうのはほんと勘弁してほしい。


 さて、その蛮族♂と蛮族♀が向かい合っている。

 片や白髪気だるげダンディことメザーガは、聖硬銀の玄妙なる輝きを見せる剣を無造作にひっさげ、特に構えをとるでもなく悠然とたたずんでいた。

 片や我らが若き脳筋蛮族ガールことリリオは、大具足裾払アルマアラネオの甲殻を削りだした真珠のごとき白い刃をやや上段に構え、腰は軽く落として臨機応変の対応を試みているのだろうか。


 別にリリオを侮っているわけではないだろうけれど、胸を貸すという立場でもあるからか、メザーガは自分から繰り出すことはない。

 ないのだが、その妙に色気のある皮肉気な笑みとか、無造作に体を開いて見せた構えだとか、そういった自然体そのものが雄弁な挑発として成立しているというのは、技術ワザというよりこの男の性質サガのようでもあった。

 多分いらん喧嘩とかたくさんしてきたんだろうなあ。


 ただ、この無言の挑発というのは厄介なもので、リリオとしては攻めねばと焦れる一方で、隙だらけに見えて恐るべき実力があることを知っているので、手が出しづらいのだろう。

 「構え」というのは、攻守の種類を自ら限定して、戦闘をやりやすくするものであるが、メザーガの棒立ちにも見える悠然とした立ち姿は、その限定のない自在性を秘めている。


 とか何とか分かったようなことを言ってみたけど、実際のところ私にはさっぱりそこら辺の戦術理論はわからない。

 でもリリオのことは少なからずわかるので、やりづらそうではあるなあ、というのは察せる。


 しばらくの間、リリオは剣先をぴくりぴくりとわずかに揺らしながらメザーガを見据え、メザーガはそれに対してわずかにつま先をずらした。


 そして何かの合図があったわけでもなく、唐突に空気のはぜるような音とともに、リリオの体は真横に落下したかのような速度でメザーガに肉薄していた。

 上段に構えた剣が小細工なしにその運動量を乗せて振り下ろされ、半身にかわしたメザーガの剣の腹にいなされ、わずか横にそらされる。じゃおん、とわずかに濁った金属音は、メザーガが完璧にはいなし切れなかった証左だ。らしい。なんかそんなこと言ってた気がする。


 メザーガもわずかに目を見開いて感心した様子で、まあだからといって甘んじて受け止めるつもりもないようで、流れるような足払いが浮足立ったリリオを払い転ばせない。転ばない。パン、と音を立てて払われた以上に勢いをつけてリリオの体がくるりと宙返り、地面に手をついてそのまま両足をそろえての変則飛び蹴り。早々に剣はどうした。

 メザーガはこれを上体をそらしてあっさり避けると、軸足を変えてからの逆足、槌のように振るわれるかかとがリリオの頭を狙うも、伸びきった足を器用に振り回し、ぱん、とまた爆ぜる音、重心を移動させて飛びのいたリリオは毛先を少し刈られたのみ。蹴りの鋭さで髪の毛を切るな。物理学仕事しろ。


ましらのごときというやつだな。身軽なもんだぜ」

「軽さも悪いことばかりではないというのがわかりましたから」

「それにその爆ぜる音……魔力の使い方を覚えてきやがったな」


 そう、先ほどからの爆ぜる音は、リリオが魔力を使って起こしているものだった。

 魔力というものには個人の体質のように、特性があるようだった。リリオのそれは炸裂。爆ぜる魔力だ。当初は癇癪などを起こすと暴発して、近くのものを破壊してしまう厄介な性質だったけど、冬ごもりの間にマテンステロさんにみっちり叩き込まれた結果、リリオはこれをある程度自在に扱えるようになっていた。


 例えば踏み込む足の裏で魔力を爆ぜさせれば推進力となるし、空中であっても魔力を爆ぜさせることで強引に体勢も変えられる。どんな体勢からでも運動エネルギーを好きな方向に発生させられるというのはとても便利だろう。

 炸裂するという性質上、威力を間違えれば自分の体にもダメージが入るもろ刃の剣だけど、そもそも頑丈なリリオはその許容範囲がとても大きい。自爆兵器ただし壊れるとは言っていないみたいな凶悪な爆発能力だ。


 ただ、戦闘中のような動き回る状況下では、武器を通して発現させるのはまだ難しいようで、どうしても自分の体を起点にせざるを得ない。そのため、攻撃に用いるよりはもっぱら自分の身体操作に拡張性をもたせるために使用しているところだ。


 などと私が自分の理解のために解説しているさなかにも、リリオは踊るように動き回り、メザーガもそれをいなしながらくるりくるりと回り続ける。

 激しく見えるが、これは準備運動みたいなものなのだろう。


 一度大きく離れた後、リリオは刃に手を添えて、雷精を巡らせ始めた。


 リリオは魔術師ではなく、魔術の訓練も受けてこなかったから、以前はとにかく雷精をため込んで、装備の力を借りてようやく必殺技である『雷鳴フルモバティ一閃・デンテーゴ』を放てていた。

 しかしいまだにろくに必殺していないことからもわかるように、これは技としては未完成すぎる。


 いやまあ、それでも普通の相手には普通に恐ろしい技なんだよね。

 そもそも雷精っていうのが、普通の人は使えないし、だから雷精使いの相手をしたことがある人って少ないらしい。

 というのも、火や風なんかと違って、雷や電気というものは目で見て理解するというのがとても難しい。どういうものかわからないと、魔術は途端に難しくなるらしい。


 リリオの場合は霹靂猫魚トンドルシルウロの雷撃をその身でもって受けるという経験があったから体で覚えてしまったけれど、普通の魔術師的な人たちはそんなことしたら普通に死ぬので、まず覚えられないそうだ。

 そしてその霹靂猫魚トンドルシルウロ狩りをしているヴォーストの冒険屋たちも、電撃を体で覚えても、魔術を使うような人たちではないので、結局使われない。


 雷精という恐ろしい代物を、規格外のメザーガとマテンステロさんがただ規格外だからと言って軽々と攻略してのけたわけではない、というのを、冬ごもりの間にリリオは学んだ。というか叩き込まれた。


 それは極めてシンプルな理屈だった。


「音よりも早く届く雷撃でも、一キロ先からわかってたら避けられるわ。目の前にいたって、これから撃ちますよって構えてたら、そりゃ避けられるわよ」


 テレフォン・パンチみたいなものだ。

 ために時間がかかるし、狙いも大雑把、特に隠蔽もしていないので相手に技の構成が筒抜けと、見た目の派手さのわりにメザーガにはあっさりそらされ、マテンステロさんに至ってはその場で模倣までされてしまった。


 必殺技の威力はすさまじいものだから、それはそれで高めるとして、もっと効率的な運用をしなければ格上には通用しない。

 リリオはだから、とにかくスムーズに魔力を運用することを叩き込まれた。

 尋常ではない高みにいる、魔法剣士というハイブリッド・ジョブのハイエンドにいるようなマテンステロさんの域には到底立てないが、それでも、その下位互換たるメザーガと戯れる程度であれば、届く。ようやく、届くのだ。


 雷撃をまとわせた剣を、リリオは大振りに振るう。

 コンパクトな体から繰り出されるすさまじい膂力というリリオの特性を考えると、剣を大きく振るうのはあまり意味がない。

 しかし、雷撃をまとっていると話は別だ。


「おうおう、おっかねえなあ、おい」

「ふふふ……これぞ新必殺技! 『超電磁ブレード……改』!」

「なんだその……なんだ格好いい奴は!」


 かつて私と戯れに開発した、スタンガンと同様の効果を持つ『超電磁ブレード』。ため込んだ雷精をたたきつけるという基本は変わらず、よりコンパクトに、スマートにまとめ上げたこれは、消費電力をぐっと抑えながらも、継続的に電撃を与え続ける凶悪な性能だ。

 一発当たりのショックは少ないが、それでも十分スタンロッドのような感電が見込める。

 つまり、大振りで振り回して、すこしでも当たれば、それで十分な威力があるのだ。


 これによってリリオの、怪力ながらも精密な剣術によって敵にダメージを与えるような「点」をつく戦法は、より広く「線と面」でもって相手の行動を阻害して追い詰める領域に至ったのである。


「おっ、おお……! なかなかひやひやさせるじゃねえか……!」

「ふふふははははっ! 必殺技がちゃんと活躍すると嬉しいものですね!」

「ふつうはちゃんと活躍するものを必殺技って呼ぶんだがなあ」

「正論はやめてください!」


 まるで詰将棋のように、リリオは着実にメザーガを追い詰めていき、メザーガも回避に余裕がなくなってきていた。

 なにしろ、剣でいなせば剣を通して感電するという厄介な攻撃だ。


 しかも、省エネとはいえ常に魔力を使い続けるこの魔剣、こと無尽蔵の魔力生成力を持つリリオが使う限りは、スタミナ切れというものがない。

 いや、実際には普通に体力とかスタミナとかを消費するのでいつかはダウンするんだけど、それが普通の人に比べて段違いに長持ちする。すくなくとも、対人戦の間にスタミナ切れはないだろう。


 おまけに、リリオ自身は雷精で感電しないので気にせず振り回せる。ああ、いや、実際には感電してるらしい。ただ、本人曰く「もう慣れました」らしく、なんだその暗殺一家の子供みたいなのは。

 多分、デンキナマズが脂肪組織で絶縁してるみたいに、魔力でコーティングしてるんだろうけど。


「これはリリオも調子に乗っちゃうよね」

「まあ、ようやく披露できたものねえ、新必殺技」

「私はそもそも当たらないし、マテンステロさんも雷精対策できるし、トルンペートも遠間から攻め潰せるしね」

「あたしが言うのもなんだけど、リリオって本当に相手に恵まれないわよね」

「もっと私を応援するようなこと言ってもらえません!?」

「あー、まあがんばってーって言いたいけど、多分もう遅いね」

「えっ」

「じゃあ、そろそろ飽きたから終わるぞー」


 私が適当に手を振った先で、メザーガの無慈悲な反撃ですべては終わってしまった。


「よし、ほれ。はいよっと」

「えっ、あっ」

「革は、雷精を通さねえんだよなあ」

「そげなあッ!?」


 リリオが油断して振るった剣を、メザーガが皮手袋をした手であっさりとからめとってしまい、すこーんと剣の腹で額を叩かれて、一本。

 まあ、そう、皮革って一応絶縁体なんだよね。ゴム手袋ほどではないけど。人間の皮膚も絶縁体っちゃあ絶縁体。ただ、水分とか塩分とかで湿ってると絶縁性が下がって電気が伝っちゃう。

 ここで瞬間的に電圧上げられたりすればまた違ったかもしれないけど、完全に調子乗ってた省エネ電気じゃ無理だろう。


「まあ、悪くはなかったぜ。初見の相手はまず間違いなく得物で受けて、そのまましびれっちまうだろうよ」

「ですよね!」

「だが俺は、お前が雷使うのはもう知ってるからな。知ってるなら対処できる、対策できる。もとより初見でお前の必殺技破ったの忘れたわけじゃねえだろう」

「ぐへえ」

「素直、正直は美徳かもしれんが、お前さんにゃもう少し悪辣さ……いやさ、言葉が悪いな。遊びだ、遊びを覚えるんだな」

「遊び、ですか……」


 まあ、余裕とか、そういうことかな。

 新必殺技で満足しちゃって、それを磨いたけど、本当はその使い道や、それさえもブラフにした搦め手といった先の先まで考えておかなければならないだろう。


 リリオは強い。強いけど、まだ、それだけだ。

 辺境貴族っていうのは、そういうところあるんだろうね。

 アラバストロさんも、地力では圧倒的に強いはずなんだけど、マテンステロさんにいまひとつ及ばないところがある。

 そのマテンステロさんにしたって、天性の才能が結構大きい。本人の努力ももちろんあるけど、最初からできる人間の努力であって、存外挫折や苦労の経験は少ないんじゃないかな。


 そういう強さゆえに、っていうのは、私やトルンペートにも少なからず言えることかもしれない。


 そこにきて、メザーガっていうのは、凡人のハイエンドみたいなところがある。ブランクハーラの血筋であっても天才ではない。むしろブランクハーラという看板の下では見劣りするくらいらしい。

 それでもほどほどの才能と、表に見せないたゆまぬ努力が彼をこの高みに立たせたのだろう。

 数えきれない苦労と挫折、そしてそれらを乗り越えてきた結果こそが。


 まあ、そんな風にリリオだけじゃなく私たちにとってもメザーガは優れた先達ということだけれど。


「じゃあ、次は私の番ね!」

「いや待て。マテンステロ、時に待て。お前は手合わせなんていらんだろ」

「ほら、私、むかしメザーガに負けたことあるじゃない」

「馬鹿言え、ガキの頃の話だろ。冒険屋になってからは俺が負け越してるじゃねえか」

「負けた時のこと思い出すたびに腹立つのよねー」

「おっまえ! ほんっと!! 昔っからそういうとこだぞお前!」

「ほーらー、いいじゃない。手早く済ませるから」

「負けず嫌いがてめーだけの血筋だと思うなよこのクソアマ!」

「じゃあやりましょ!」

「ぜってーやだよ!!!」


 恥も外聞もなく逃げるメザーガの姿は、大人の生き汚さも教えてくれるのだった。






用語解説


・『超電磁ブレード改』

 以前咄嗟に名付けてしまった『超電磁ブレード』の改良版。

 改良前はため込んだ雷精を剣先から一度に放出してたたきつけることで気絶させる技だった。

 改良後は常に一定の雷精を帯びていることで、接触した対象に電流を流すようになっている。

 一度に流れる電圧・電流量は減っているが、金属製の武器防具でガードするだけでしびれてしまうという、対人戦では非常に効果的な技。

 触れ続ければ電流を流し続けることもできるし、本人の意思で瞬発的に電圧・電流量を調整できる……かもしれない。

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