第八話 亡霊と森の思い出

前回のあらすじ


イベント進行の都合で素通りした地点にも、意外なエピソードが眠っていたり。

飛行船とか入手した後にサブイベントとしてこなしていくやつ。




 境の森の街道を、ボイは軽快に駆け抜けていく。時折すれ違う馬車もあるけれど、そちらも結構な速度を出していて、驚くほどの速度感だ。


 馬車というものが身近ではない人間からすると、車っていうくらいなんだから結構な速度で走るものだろうと思っていたけれど、この世界で実際に馬車……馬……?まあ馬車に乗ってみて、意外と遅いことに気づかされたものだ。

 もちろん、ちんたら歩いているよりは普通に速い。

 人間の歩く速度が時速四キロくらいらしいけれど、それと比較するとまあ、倍いくか、いかないか。時速六から八キロくらいだと思う。早歩きか、小走りくらいすれば追いつける。


 これは多くの道が舗装されていない、せいぜいが踏み固められた土の道であるという悪路が理由でもあるけど、馬が疲れるからっていうのがでかい。

 馬力とか言う単位に使われるくらいパワフルであっても、馬は生き物なのだ。餌も食べるし、水も飲むし、休憩だっている。

 単体でもそういう諸々があるのに、馬車を曳いて、人も荷物も載せているのだから、その労力たるや。


 もちろん、急かせば速く走ることもある。

 それでも悪路の都合で、時速二十キロはいかないだろう。十何キロってところ。

 まあ、この世界の馬は、でかい鳥だのトカゲだの亀だの種類が多いから一概には言えないけどね。

 例えばうちのボイなんかは、全速力で走ってもらった時は、体感で時速三〇キロから四〇キロは出てたと思う。あの時はさしもの私も中身が出た。いつものとか言わない。


 自動車だったらそんな速度で走ってたら煽られることもあるかもしれないけど、馬車でその速度は大ごとだ。丈夫で元気なボイだって、一時間も走ったらへとへとになってしまう。

 そんな走り方を何度もしていたら、馬の寿命はずいぶん縮んでしまうだろうって話だった。


 宿場とか村とかの感覚も、そういう時間と距離の感覚で結ばれているし、その道は直線なんかではなくぐねぐねと曲がっているものだから、この世界では実際以上に土地が広く感じられるものだ。


 しかし、この街道はそこが全く別物で、別次元だった。

 ボイの軽快な走りは時速二〇キロは普通に出ている。普段なら結構な速足だけど、道がきれいに舗装されているからか、ボイにはまだまだ疲れが見えなかった。

 車輪は実に滑らかに白い石畳の上を駆け抜け、そのわずかな振動は心地よいほどだった。


「この速度で私が酔わないっていうだけで、この道はすごいよね」

「まあ、ウルウの基準はそこですよねえ」


 いや、実際これは大事なことだよ。


 私はもともと馬車の揺れは割と平気なほうなんだ。

 揺れがガツンとしているというか、ガタン、ガタン、と単発の揺れがくるだけで、そこまで辛くない。

 それでも速度を上げたり、悪路を走ったりするとさすがに揺れが激しく、連続してくるので、どうしても辛くなってくるけど、この道はそれが全然ないのだった。

 これほどまでにきれいに平坦に舗装された道というのは、この世界に来てから初めてだった。全部これにしてほしい。本気で。


 まあ、実際のところ道路の敷設っていうのは技術もお金も時間もかかるうえに、露骨に利権が絡むから、そう簡単にはいかないんだろうけどね。


「しっかし、ウルウの乗り物酔いっていうのもよくわかんないわね。馬車は平気。船はダメ。でも小船は大丈夫」

「うーん……水の揺れは、浮いてる限りずっと続くからかなあ。小さい船だとその揺れがすぐに、直接響いてくるから疲れはしても耐えられるんだけど、大きい船ってほら、地面が傾くみたいなそういう嫌な揺れ方するじゃん」

「なんとなくわかるけど、感覚としては全然わかんないわ」

「君ら、三半規管も蛮族してるもんねえ」

「それは、褒めてんの? けなしてんの?」

「褒めてる褒めてる」

「うーん、嘘くさい」


 乗り物酔いする人は、結構わかってくれる感覚だと思うんだけどなあ。

 大きい乗り物のほうがつらいんだよ。タクシーは大丈夫でもバスはダメだったり。あ、タクシーも匂いでダメだったりするなあ。

 大きいと、小さな揺れなんかが抑え込まれる代わりに、大きくてゆっくりした揺れがお腹に響いてくる感じがするんだよ、私は。あれがきつい。

 三半規管が少しずつ狂わされてる感じがするんだよなあ。


 まあ、私の乗り物酔いに関しては掘り下げてもいいことは何にもないので、境の森に意識を戻してみよう。

 私とリリオが初めて会ったのも、この森だった。

 とはいっても、こんなにきれいに整備された道なんかじゃなかったけど。


「完っ全に森の中だったよね。けもの道歩いてたよね君」

「いやあ、懐かしいですねえ」

「そのころあたしはあんたを探して散々さまよってたわよ」

「その節は、なんというか、本当にごめんなさい」


 十四歳になり、成人の儀として故郷から旅立ったリリオは、一人旅への憧れと、トルンペートの甲斐甲斐しいお世話から逃げるために、この忠実な武装女中をまいて一人で森に飛び込んだらしかった。


「お世話から逃げるっていうのがもう意味わかんないわよ。してあげてんのよ、お世話を、こっちは」

「まあ、甘やかしすぎたんだろうねえ。何でもしてもらうのって、一人前になったんだって気分に水を差すだろうし」

「まあ、その件は前にも話して、反省はしてるわよ」


 その反省の結果が、主人を顎で使い、重たい荷物を運ばせ、夜には主従逆転したりもする、そういう現状につながってるわけだけど。


「こいつ、あたしに眠り薬飲ませたうえに椅子に縄でくくってとんずらしやがったのよ?」

「思ってたよりも周到な逃走」

「だって私が起き出すと絶対目を覚ますじゃないですか……」

「だからって縄でくくるまでする?」

「時間稼ぎくらいにはなればいいなあって」

「まあ一分で抜け出したけど」

「うーん、信頼と実績の武装女中」


 トルンペートはトルンペートで、目覚めてすぐに縄を抜け出し、単身ですぐさま追いかけに走ったっていうのは、ほんと忠義の人だよね。

 ただ、残念ながら狩人スキルはあまり優秀ではなかったみたいで、初手からリリオの追跡につまずいて、このよく整備された街道を突っ走っていっちゃったんだって。

 まあ、そりゃ普通はこの街道を選ぶんだけど、リリオは普通じゃないしね。


 街道を抜けて、宿場にたどり着いてもそれらしい姿はなし。

 大慌てでヴォーストまで走っても見つからない。どこかですれ違ったと思って慌てて境の森を駆け戻って、宿舎の面々に手あたり次第して、ようやくリリオが森に入っていったことを知った、と。

 それでトルンペートは森に踏み入ってリリオの痕跡を探したらしいけど、足跡を読めるほどのスキルはなくて、とにかく道になりそうな場所を追いかけていったらしい。


 そんなトルンペートの必死の苦労には申し訳ないんだけど、その時には私と一緒に森を抜けて、宿場に向かってるころだったっぽいんだよね、どうも。


「ほんっと、あの時は大変だったわよ。リリオに何かあったらどうしよう、リリオが何かしたらどうしようって」

「後者のほうが怖いよねえ」

「そうそう。思わず祈ったわよね。せめて示談ですむ相手でありますようにって」

「ぶっとばーすぞー?」


 まあ、実際のところリリオはそこまで喧嘩っ早くはないので、喧嘩売られなければ自分からもめ事を起こすようなタイプでもない。

 それは逆説的に、喧嘩を売られれば喜んで端から端まで買う蛮族ってことでもあるんだけど。

 そういう時はにして返して見せしめにするし、それでかえってやり返しに来るやつにはもう容赦なく根きりにするらしいので安心らしい。なにも安心できない。修羅の国の人?


「それにしてもよ。あんたたち、あたしがいないとこでどんな出会い方したのよ」

「どんな、って言われてもなあ」


 ちょっと説明がしづらい出会いだったのは確かだった。

 私自体がよくわからないシチュエーションだったし。


 日本のブラック社畜OLだった私は、目が覚めたら全然知らない異世界にいて、しかもプレイしていたゲームのアバターボディだった。そのくせこの異世界はそのゲームとは特に関係ない正真正銘の異世界。

 人間づきあいとか社会とかに疲れ切ってた私は、《技能スキル》で姿を消して、ステーションバーよろしく人々の繰り広げるドラマを観劇して自堕落に過ごそうとか考えていた。


 そこで原石めいた輝きを見せるリリオを見つけて、ちょうどいいからこいつの冒険を間近で楽しもうとついていくうちにうっかりほだされちゃって、しかも微妙に気づかれてたみたいで危ないところをかばわれ、それでまあ、落ちちゃったよなあ、私。

 思わずぷっつーんときて、熊木菟ウルソストリゴを倒して、リリオを助けて、それで、まあ、なんやかんやあって旅を共にすることになったわけだよ。


 わけわかんねえなこれ。

 こんなもんがあらすじとかだったら私は読むのやめるよ。


「ふふふ、あれはとても不思議な出会いでしたよ! 私が森の中を一人進んでいくうちに、きれいな幽霊のお姉さんがついてくることに気づきましてね。ご飯を分けてあげたり、私がさっそうと助けたりといった出来事が二人の仲を急速に深めていき、なんやかんやあって二人は結ばれるというわけですよ」

「なにその童貞が三分で考えたみたいな雑な話」

「なーにをー!?」


 いやまあ。

 その童貞が三分で考えたみたいな雑な話もあながち間違いではないから困る。

 なんだったらそのあと、戦うメイドさんとか言う量産ファンタジーみたいな娘が出てきて三人で結ばれるっていうさらに雑な話もあるからなあ。


「うん、ほら、まあ私たちの話はいいとして、トルンペートはどうなのさ」

「あたしがなによ」

「トルンペートとリリオの出会いって、あんまり詳しく聞いたことないなあって」

「あー? そうだっけ?」


 友達ビギナーになって色々話したりしたけど、あんまり深くは突っ込まなかったんだよね。

 なんかこう、リリオに拾われた的な話は聞いてるんだけど、詳しくはよく知らない。


「うーん……ええっと、なんていうかねえ」

「なにさ、トルンペートも話しづらいんじゃないの?」

「別にそういうわけじゃないわよ。ただ、なんていうかこう……」


 トルンペートは少しの間言葉を選んで、それからこう切り出した。


「まず、あたしがこいつを殺そうとしたじゃない」

「初手できていい情報じゃないんだよなあ」


 いきなり物騒に切り出された話は、なるほど物騒だった。






用語解説


・狩人スキル

 ウルウ→なんもわからん。《技能スキル》使えばまあ。

 トルンペート→わかりやすい痕跡とかならわかる。足跡は運次第。

 リリオ→勘と運で大体なんとかしている。


・まず、あたしがこいつを殺そうとしたじゃない

 詳細はトルンペート回でなんかふわっと話しているので、忘れている場合は読み返すとなんとそこに書いてある。

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