第二話 亡霊とあふれ出る思い出

前回のあらすじ


実家でがっつり冬休みを堪能してしまった《三輪百合》。

食っちゃ寝してだらだらと過ごしてしまったツケが下っ腹に来てもよさそうなものだが。




 結局、写真を撮ったり、そのためだけに何着かおろしたり、アクセサリーがおもちゃみたいに気軽に購入されたり、というイベントは足早にこなされ、並行して進んでいたらしい出立準備は私の一切あずかり知らないところで終わってしまっていた。


 いやまあ、私にできることって特にないんだけど。

 私にできたのは、竜車に乗り込んで、シートベルトしめて、そして可及的速やかに意識を失うべく目を閉じることだけだった。


 モンテート要塞の土蜘蛛ロンガクルルロたちの手によって実用に足る程度に改修された竜車は、ここフロントでさらに辺境伯の紋の入った立派な竜車に改造、というかほとんど丸々再建されていた。

 これは、アラバストロさんが公用で使うのと同じくらいの品格のもので、きちんと手続きさえすれば他の貴族のお屋敷に乗り付けても問題がないくらいらしい。

 まあ、格付けの上での話であって、たいていの貴族はどれだけ手続きを済ませようと竜車で乗り付けられるとか普通に勘弁してほしいだろうけど。


 まあそれだけ立派な竜車なので、内装もかなり快適だ。

 揺れも軽減されているらしいけど、そこは、まあ、比較的であって、私はすでにつらい。

 気圧や室温も保たれて、シートもかなり上等で沈み込むような柔らかさ。

 リクライニング機能というか、野営用として倒してそのままベッドにもなるという、どこまでも武辺が抜けない辺境仕様だ。当然のように武器や猟具、野営道具もきっちり収まっている。


 飛行中に倒しておくのは危ないらしいので、私は背もたれにしっかり身を預けて、揺れから意識をそらすべく現実逃避に走った。


 さて。


 時間が経つのは早いものだねえ、なんて言い出したら年を食った証明らしいけど、実際そんな気持ちだった。子どものころは毎日がもっと長かったような気がするし、明日っていうものにたくさんの希望を抱いていた気がする。


 でも二十歳過ぎると十代のころとは時間の流れが違ってくるんだよね。

 生活の違いもあるんだろうけれど、毎日が忙しく過ぎ去ってしまう。子どもの頃より夜遅くまで起きられるようになっても、やることがたくさんで残り時間を気にするようになってしまう。

 それで、たまの休みなんかも、何かしようと思っていたはずなのに、ベッドでだらだら過ごしているうちに気づけばあっという間に日が暮れて、何もできないで終わってしまう。


 ブラック企業に勤めていたころはもうただ毎日が過ぎていくのにしがみついているのに精いっぱいで、ただただその日をどうやり過ごすかっていうことばかりで、今日が何日の何曜日なのかっていう感覚さえなくなっていたような気がする。


 この世界にやってきて、リリオと旅をするようになって、私の世界は一変した。

 毎日が本当に濃密で、それでいて驚くほどに楽しく軽やかに過ぎ去って。

 落ち着く間もないくらいにせわしなくって、それなのにまた明日を楽しみにできた。

 リリオとトルンペート、二人の若さにつられたのかなって思うくらい、私は健やかな日々を送っていた。


 そんな私が、こんな降ってわいたような正月に実家に帰省するようなお休みをいただいてしまうとどうなるかというと、それはもう驚くほど堕落してしまったのだった。


 いや、実際これはまずいって。

 最初こそ、貴族のお宅だし、人様の家だし、なんなら婚約者というかお嫁さんの実家なわけで、緊張したり気を遣ったりと落ち着かないものだったんだよね。


 でもここ、何もしなくていいんだよね。


 朝は結構お寝坊しても、二人が一緒にお寝坊してくれるし、ご飯だって呼びに来てくれるし、片付けもしなくていい。部屋の掃除もしてくれるし、お茶やおやつも出てくる。

 そもそも用事もなく外に出れないような厳しい冬なので引きこもってても何も言われないどころか、リリオ様と違って手がかからなくていいとか謎の誉め方されるし、大型ペットと安全に触れ合えるおさわりコーナーもある。

 かといってこもりっぱなしでもなく、暇をしてたらちょっとした仕事をさせてくれたり、図書室に通してくれたり、たまーに外に遊びにも行ったり。


 その上、真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコ、つまり一日中太陽がほとんど昇らない極夜の日々だから、私の体内時計とか生活リズムとかは徹底的に壊されて、ブラック社畜時代の始発前に起きて終電ギリギリで帰るか会社に泊まるようなクソバイオリズムとはおさらばしたわけだ。

 比較的健康な冒険屋バイオリズムも破壊されちゃったけど。


 いや、それでもまあ、昨年中はまだましだったと思うんだよね。

 オーロラ見に行ったり、領都観光したり、劇を見に行ったり、色々出歩いたりしてたんだよ。


 でも年末になってクリスマス的な年越し祭り的な日々を過ごしているうちにどんどんだらけていったよね。おいしいもの食べて、暖炉の前でうとうとして、ダメ人間街道をまっしぐらだったよね。

 飛竜乗りたちと紅翁アヴォ・フロスト、現地のサンタ的なやつを捕まえに行ったり、それはそれで遊んだりしてたんだけどね。

 まあ歴戦の戦士達でも、音速突破する飛行そりはさすがに無理っぽかった。もともと辺境の空は荒れ気味だしね。


 それでだらだら年越して、あんまりだらだらしてるからってその時も一度かつを入れられたんだよね。まあ喝というか、じっとしてられないリリオに遊びに行きましょうよってねだられて、雪の中ひいこら言いながらの地獄ハイキングだったなあ。

 最初は初狩とかいって、なにか仕留めて今年の縁起を占うとか言う蛮族おみくじしようっていう話だったっけ。そろそろジビエも食べたいなあとかなんとか私も乗っかって出かけたんだけど、出かけてった先で、このあたりは大具足裾払アルマアラネオの生息地が近いんですよみたいな話してさ。


 ほらあれ、リリオの剣の素材になってる辺境の生き物で、辺境貴族が返り討ちにあうくらい強くてレアな生き物らしいんだよね。

 その時ゲットした素材が結構あって、リリオの剣もそこから削り出したらしいんだけど、それ以来絶対に手を出しちゃいけないってことで新規素材の入荷はないみたい。飛竜素材がんがん狩ってきてる辺境人にしては大人しい話だって思ったけど、いや、賢明な判断だったんだねえ、昔の人。


 ちょっと見るだけならとかリリオが言い出して、トルンペートは止めたんだけど私も調子乗ってて、どうせ回避できるし見てみようよとか言っちゃって。

 いやあ、まさか一回死ぬとは思わなかったよね。しかも初撃で。


 あれかなーって遠目に見えたか見えないかあたりで、『不明なエラーが発生しました』とかシステム音声みたいなのがしたと思ったら、吹っ飛んでたよね。私一人で先行しててよかったよあれは。

 避けられなかったんじゃなくて、自動回避そのものが発動しなかったんだよね。

 自動蘇生アイテムもってなかったら本当に死んでたよあれは。いや、一回本当に死んだのかな。死んでる間のことはさすがに覚えていないんだよね。

 ただ、着ていた防寒着が大分セクシーなことになってたから、相当な強制ダイエットを食らったのは確かっぽい。


 二人を担いで逃げ帰ったんだけど、それでまたしばらく引きこもったよね。

 あの時の私はかなり精神状態やばかった気がする。転生した時はもう半分くらいメンタル死んでたし、自分が死ぬんだってこともわかんなかったけど、あの時は死って言うものがあまりに容赦なく目の前にいたからね。


 それで、二月にバレンタインデー大祭っていうのがあってさ。

 あ、これ原文ママね。本当に現地でもこの呼び方するんだよ。

 なんか、チョコレート菓子を発明した人が、神託ハンドアウトを受けて発狂して叫んだ言葉がもとらしいよ。この世界の神様、気軽に人を発狂させるから油断できない。


 二人も私を元気づけようとしてチョコ作ってくれたり、私もそれを受けてありがとうねって、それで済んでたら美談だったんだけどね。

 三人でキャッキャしてたら次から次に決闘申し込まれて、とんだ一日だったよ。


 辺境のバレンタインってさあ、高価なチョコレートを果たし状代わりに送って、決闘でお付き合いの是非を決めるとか言う蛮族フェスティバルらしいんだよ。

 みんなチョコ好きで、もらえたらうれしいんだけど、じゃあチョコもらったから付き合うかっていうとそれはまた別の問題で、付き合う前段階の力試しをする権利をチョコでゲットするってことらしい。


 なに言ってんだこいつら。


 辺境人の好みって、強い人が基本らしいからね。

 もちろんそれだけじゃないけど、ある程度強くなくっちゃ話にならない。

 まあでも、自分より強い相手じゃないと嫌だ!っていうほど過激派は少ない。だって、相手も同じ考えだったら、絶対付き合えないし。

 だからまあ、情けないくらい弱いってことじゃないのを証明するための決闘みたいなものなのかなあ。ダンスみたいなものかも。

 それで相性がよさそうだったら付き合うっていう感じ。


 私の場合、一応領主の娘の婚約者ってことになってるから、本気で付き合ってくれ、っていうやつじゃなくって、多分私と戦ってみたい戦闘狂どもがイベントにかこつけて挑戦してきたみたいな流れだと思う。騎士団全員来たしね。馬鹿か?


 私が新入りだから私に多く来たけど、リリオやトルンペートにも結構並んでたから、もう結構な騒ぎで、最終的に面白がったマテンステロさんが乱入してくるし、それを追いかけてきたエプロン姿のアラバストロさんがぶち切れて大暴れするし、散々だったなあ。


 あれ。意外と私、なんだかんだあれこれしてる気がするな。

 今月も、なんだっけ、乳酪祭りブテーロ・フェストとかいうのでお祭り騒ぎしたし。

 クレープみたいなやつを、たっぷりのバター使ってたくさん焼いたり、バタークリームでこってりのケーキとか、揚げバターなんかもあったな。

 クレープの丸い形は太陽を象徴していて、春が来るのを祝うみたいな……ああ、そういえばもう春ですねー、早く出発しないとですねーみたいな話してた気がする。普通に聞き流してた。


 あとはまあ、うっかり誕生日過ぎてたんだけど言い忘れてて、誰にも知られないままに二十七歳になってしまったり。二月二十九日なんだけど、平年だったみたいだからそもそも誕生日がない年ではあったんだよね。

 いや、いまさら言い出せないんだよねえ。絶対二人とも怒るし、盛大に祝ってくれるし、なんか申し訳ない。

 ここしばらくお祝いもしてなかったから、私の中で誕生日という概念そのものがなくなってたんだよなあ。

 ほとぼりが冷めたころにそっと言い出そうと思う。


 うーん、こうして思い返してみるとなんだかんだ意外といろいろイベントをこなしてしまってるなあ。

 リリオが言う通り、私がこの世界に来てからまだ一年もたってないんだけど、なんだかもう五年くらいはのんびりやってる気がしてた。


 でもまあ、リリオでなくても、さすがにこうもダラダラと過ごしていてはだめかもしれない。

 私はもう余生というかセカンドライフみたいなもんだから悠長に構えていてもいいんだけど、二人はまだ十代だし、私に突き合わせて時間を無駄にさせるのも悪い。


 もう少しもすれば、泥濘の季節になるという。

 それがどんなものか私は見たことがないけど、確かナポレオンも、冬将軍だけじゃなくって泥将軍にもずいぶん苦労したって聞く。

 現代のロシアとかでも、雪解けの時期はさぞかしぬかるむことだろう。そこまでいかなくても、日本の北海道とか長野とか、豪雪地帯は毎年ニュースで見るくらいだ。

 しかもそれは大体の道がアスファルトやコンクリートで舗装された都市圏の話だ。


 辺境でも領都なんかは石造りだったり、コンクリートやアスファルトもたまに見られる。

 でもほとんどの土地は自然のままで、街道なんかだって舗装されていない、土を踏み固めたものに過ぎない。一年の半分は雪の下にある道を舗装するのは徒労感もあるし、雪の下でも劣化するから補修も大変そうだし、そりゃそうだろう。


 となれば雪が解けて水浸しになれば、それらは全部水を吸って泥の沼に成り果てるというわけだ。

 草地だって、きっと湿地帯みたいなことに成り果てるだろう。

 確かにそれは嫌だ。泥の中を歩いていくなんて私にはとても無理だし、たとえ馬車でも、すぐにはまり込んでしまって、それを抜け出すのにまた一苦労、なんてのは本当にご免被る。


 だからそうなる前にさっさと旅立つっていうのは正しい選択であり、私も異論はない。

 異論はないけれど、揺れに揺れる竜車の中で、思い出に浸って耐えるのもそろそろ限界だった。

 行きでもそうだったのだ。帰りでも、乙女塊が空に輝ける虹を作ってしまったのは、私だけのせいではないと思いたい。






用語解説


・アヴォ・フロスト(Avo Frosto)

 紅翁。

 赤衣をまとった謎の老爺の言い伝え。起源不明。民俗学者も突然湧いて出てきたと頭を悩ませる存在。

 角の生えた四つ足の馬にそりを牽かせて空を飛び(!?)、二十四日の深夜に飛来し、良い子供には玩具や菓子を与え、悪い子供には罰を与えたりさらったりするという。

 さらに学者たちを悩ませるのは、毎年その存在の観測や捕獲を目的に作戦が練られるも、一度も捕まえられず、そのくせ姿は見せることがあるという点である。証拠はないが見たものは多いという、たちが悪い怪異。

 辺境においては毎年飛竜乗りの精鋭が追跡を試みるも、成功したためしはない。


大具足裾払アルマアラネオ

 辺境の森林地帯などに棲む巨大な甲殻?生物。裾払の仲間に見えるが全然別の種であることが近年の研究から示唆されている。

 かなり鈍重そうな外見ではあるが、その甲殻は極めて強靭な割に恐ろしく軽く、裾払に似た機敏な身のこなしに強固な外角が相まって、竜種を平然と捕食する程に強大な生き物である。

 蟲獣ではなく、どちらかというと蟹の仲間ではと考えられていたが、菌類っぽい気配がすると湿埃フンゴリンゴからの聴取で可能性が示唆されている。

 棲息地帯が危険な森林地帯の奥地であること、個体数が少ないこと、また戦闘になった場合の生存者が少ないため、詳しい生態は全然わかっていない。

 体長は十メートル程度という記録が残っているが、そもそも平均値が出せていないうえに、寿命も不明であるため予測が立っていない。

 一応竜種ではないとされるが、それさえも(多分)と但し書きが付く。

 唯一の討伐記録を持つ辺境伯が、討伐どころか生息地への接近も禁じているため、調査は必然的に護衛の期待できない命がけになる。


・自動蘇生アイテム

 ゲーム内アイテム。

 正式名称聖なる残り火

 アクセサリー枠を一つ埋めることになるが、死亡時に自動で全回復して蘇生してくれるレアアイテム。

 蘇生時にこのアイテムは失われる。

 上位陣はお守り代わりに必ず一つは持っているが、複数持つのはさすがに難しいという程度にはレア。閠もあと何個かしか持っていない。

『目覚めなさい。その火が消えないうちに』


・バレンタインデー大祭

 楂古聿チョコラード、いわゆるチョコレート菓子を最初に作ったものは、神の啓示を受けたと主張しており、「神はを望んでおられる!」という発言が当時の新聞に残っているが、完全に発狂していて詳しくはわからなかったとのことである。つまりいつもの。

 バレンタインデー大祭はこの叫びを発祥とするイベントで、チョコレートの普及を推し進めたい商会などの目論見によって全国的に広まったとか。

 その雑で荒っぽく急激な広がり方のせいでローカルルールが激しい。


乳酪祭りブテーロ・フェスト

 辺境で執り行われる、春を祝う祭り。

 たっぷりの乳酪ブテーロを使った薄円焼きクレスポがたくさん焼かれる。

 蕎麦ファゴピロ粉の薄円焼きクレスポは辺境では日常的によく食べられているが、この日は特に小麦を使った柔らかなものが饗される。

 この薄円焼きクレスポの丸い形は太陽を象徴するとされており、真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコを過ぎて春の太陽が昇ることを祝うとされる。

 また薄円焼きクレスポに使うほかにも乳酪ブテーロをたっぷり使う習慣が生まれており、特に揚げ乳酪ブテーロ燻製肉ラルド楂古聿チョコラードがけを添えた『さよなら健康アディアウ・サーノ』コンボは人気。

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