第三話 亡霊と新婚旅行

前回のあらすじ


おてんば令嬢リリオは、旅の支度を差配しようとするもうまくいかず、落ち込んでしまう。

そんなリリオを、家族は優しく見守り、見送ってくれるのだった。






 なんだか大ごとになっちゃったなあ、なんて他人事のように思っちゃったけど、私の発言が原因でこんなことになっちゃってんだよなあ。

 静かだった御屋形は騒がしく人々が行きかうようになり、使用人の皆さんがあれこれと支度をととのえてくれている。

 話聞いてただけだと、なんか馬車も用意してるらしいし、食料がどうのとか言ってるし、どうも日帰りではないような遠出をするみたいな感じだった。


 うーん。

 マジで大ごとになってしまった。


 いや、軽い思い付きだったんだよね。

 極夜とかあるしさあ、北欧とかに近い感じなのかなあってぼんやり考えてて、じゃあオーロラ見れるんじゃないかなって。


 テレビでは見たことあるんだよ、オーロラ。

 でもツアーとかでもさ、見れるかどうかは運次第みたいなこと毎回いうし、旅行行くような余裕なんてなかったし。

 それが何の因果かこうして北国にやってきて、もしかしたら見れるんじゃないかなーって、そういう、あわよくば精神みたいな。


 別に、絶対見たい! って言うほどじゃないんだよ。

 せっかくだから見れるなら見ておきたいなみたいな。

 でもそれって、庭先でお喋りしながらチャンスを待って、運よく見れたらよかったねーって感じで、済むかなあって思ってたんだけど。


 済まなかったね。

 全然済まなかった。


 出不精っちゃあ出不精な方だけど、きれいなものは見たいし、素敵なものは探しに行きたい。

 いい加減やることもなく家の中にこもりっきりってのも飽きてきたから、外出したくはあったよ、そりゃ。

 だからありがたいはありがたいけど、規模がでかすぎて腰が引けるというか、わくわくはするけど、でも、申し訳ないというか。

 ちょっと車出そうかみたいな感じで旅行計画立てるくらいにはフットワーク軽いし、お貴族様なんだよなあ、リリオ。


 トルンペートは準備で忙しくしてるし、私はやることもないので、《隠蓑クローキング》で姿を消しながら支度の様子を見物してみた。

 厩の方では幌付きの大きな馬車、という名の大ぞりが用意されて、ストーブやら毛布やらいろいろと旅に必要そうなものが詰め込まれていた。ボイの馬車もこんな感じだったなあ。

 あの子、置いてきちゃったけど、まあ辺境の雪の中に連れてくるより、南部で暖かく待ってもらった方がいいだろう。


 馬車をひくのは、例の巨大なモグラ、雪むぐりネヂタルポだった。

 飛竜たちも運動不足じゃないかなと思ったけど、連中は冬は冬眠と言うか、ほとんど寝て過ごしてるらしい。君ら極寒の北極から来たんじゃないのか。


 大モグラに姿を消したまま近寄ってみると、なかなか毛並みがいい。多分。

 目が完全に毛に埋もれていて、サツマイモみたいな体型なので、前後がわかりづらいけど、一応鼻はつんと突き出ている。

 他の馬じゃない馬を見ても思うんだけど、この世界の人たちはよくまあこんなへんてこな生き物を家畜にしようなんて思い立ったものだ。

 なんか家畜の神とか牧畜の神みたいのもいるんだっけ。リリオ解説がなかったので詳しくはない。


 厨房をのぞいてみると、トルンペートがキッチン・メイドさんとかとあれこれ話しながら食材を箱詰めしてた。

 私のインベントリに放り込めば鮮度も量も気にしなくていいし、何なら新鮮食材がすでに山のようにあるんだけど、そのあたりをあえて御屋形の人たちに公開する必要もない。貰えるものは貰っておくべき、ってことかな。


 それに辺境のものはまだあんまり買い込んでないから、辺境の味と言うか、そう言うものを楽しむ意味でも嬉しい補給だ。余った分はインベントリないないしちゃえばいいし。


 私がうろちょろしてると、トルンペートは気づいたみたいでちょっと片眉をあげたけど、《隠蓑クローキング》で隠れてるってわかったから、何にも言わないでくれている。

 パーティメンバーには、半透明の姿で見えちゃうんだよね。

 パーティから外せば見えなくなるとは思うけど、外し方がわかんないし、そもそも今更彼女たちをパーティから外せるかっていうと難しそうだ。


 私は何となく、そうしてしばらくトルンペートの仕事ぶりを眺めていた。

 昇格試験の時に、人を使うのは慣れてないって言ってたけど、私からすると結構うまいことやってるように見える。

 上司として部下を使う、って言うのじゃあ確かにないけど、どういう用事の時は誰に声をかければいいのかをよくわかってるし、その相手にどういうふうに頼んだらいいかもわかってる。

 この人には顔を合わせて伝えるとわかりやすい、この人にはメモにまとめた方が伝わりやすい、って。

 誰かに用事を頼んでる間に、手持ち無沙汰な時間が全然できないのもすごい。

 自分の仕事だけじゃなく、他の人の仕事のペースとか、そう言うのをうまく勘案している。

 こいつはあっちに行くからついでに伝言も頼もう、あの人今日はあれしてたからあの件について聞いておこう、そういうのを、計画的にじゃなく、その場の判断で器用に回してる。


 私はそう言うの全然ダメだったなあ、なんてちょっと思い出す。

 人に仕事を任せることも、頼ることも、全然できなかった。

 他の人がいま何をしているのかは、わかってた。全部覚えてた。

 このペースだと間に合わないなとかもわかってた。

 この人に手を貸せば、この人に助けてもらえばもっと早く済むなとかもわかってた。

 でもなにひとつできなかった。

 ひとりで黙々と作業を進めていた。


 トルンペートは楽しそうに笑い合い、お喋りしながらも作業を進めていく。

 その周りにいる人たちも、それにつられて仕事を進めていく。

 私にはこれも、できなかったなあ。

 お喋りして全然仕事が進まない奴ら、そのくせ人の作業にはケチつける奴ら、自分たちがさぼってたから進んでないのに人に押し付けてくる奴ら。

 それに、そういうのがわかってて、何にも言わないで心の中だけで文句を言ってた私。


 あの人たちと仲良くできたとは今でも思わないけど、それでもまあ、私もずいぶん不器用だったんだなって、そんな風に思う。


 私は他の人の邪魔にならないようにトルンペートに近寄って、耳元に頑張ってねって言い残して後にした。


「うへあ」

「なにトルンペート、キモい声出して」

「キモい言うな。いやちょっと、あれよ、あの……淫魔が」

「淫魔が!?」


 ある程度準備が整って、出発は翌日の早朝だった。

 私たちはもうすっかり手慣れた旅支度をととのえて馬車に乗り込み、御屋形の人たちに見送られて出発する。

 御者はまずトルンペートが担当して、残り二人は幌の中で暖まる。

 それで、こまめに交代して休憩しながら進む。

 そう言う形になるようだった。


「ずいぶんな大荷物になったけど、どれくらいかかるの?」

「そうねえ、まあ普通に進めば何日かくらいじゃないかしら」

「天気もしばらくいいみたいですし、遅れても一週間まではいきませんよ」

「ふむん」


 飛竜の旅とかで感覚がマヒしてるけど、まあボイの馬車の時もそんな感じだったかな。

 馬車で数日と言えば、近いと言えば近い。多分一日で五十キロとか六十キロとか、そのくらいじゃないかな。それかけるところの日数だ。

 速いように思えて、実際のところは馬車ってそんなでもないんだよね。

 整備された道を行っても、歩くよりは早いかなってくらいの速度だ。時速何キロかなってくらい。走れば追い抜けるくらいだ。

 自動車や電車に慣れた地球人からするとちんたらしてるようにも思えるけど、なにしろ生き物がひいてるんだ。無理に急げば疲れるし、疲れればその後の回復にも時間がかかる。

 長距離を旅するには、これくらいの速度が限度みたいだ。


 なんて訳知り顔で言ってみたけど、この感覚も信用ならない。

 というのも、馬と一口に言ってもこの世界の人間大雑把すぎるので、騎乗する動物はなんでも馬なのだ。

 普通の馬も馬。犬も馬。鳥も馬。この雪むぐりネヂタルポも馬。

 なので馬車と一口に言っても、平均速度も、持続距離も、全然変わってくる。


 それに、内地では宿場がしょっちゅうあったけど、辺境ではそこらへんは整備がされてないみたいで、夜は野宿になるだろうという話だった。

 野宿となるとその準備も時間を食うから、なんて考え始めると、私にはさっぱり旅程がわからなくなる。

 なので何も考えず揺られている、というのが最適解なのだった。


「新婚旅行なんですからウルウはゆっくりしててくださいね!」

「はあ?」


 成程そうなるのかと思ったが、そもそも式も挙げていない、などと真面目に考えてしまって、私はリリオにアイアン・クローを決めていた。


「照れ隠しが痛い!」






用語解説

・《隠蓑クローキング

 《隠身ハイディング》の上位スキル。《暗殺者アサシン》が《隠身ハイディング》を一定レベルまで上げると取得可能。姿を隠したまま移動できる。ただし低レベルでは移動速度が遅く、実用に足るレベルまで上げるのは苦労する。また使用中に攻撃を仕掛けると自動で解除されてしまう。

『アレドの殺し屋は孤独なものだ。仕事の時も休みの時も、死んだ時さえ誰にも見つからないのだから』


雪むぐりネヂタルポ(Neĝtalpo)

 魔獣。巨大なモグラの仲間。冬場は非常に軽く長い体毛を身にまとい、雪に沈まずに移動できる。

 夏場は換毛し、土中のミミズなどを食べる他、果物などを食べる。


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