第四話 鉄砲百合と魔法の懐炉
前回のあらすじ
軽い気持ちで言い出したことが大ごとになってしまい戸惑うウルウ。
新婚旅行を前に遅めのマリッジブルーな気分。
その頃トルンペートは淫魔に耳を犯されていた。
「あだだだだだだっ! 顔が! 顔が取れます!」
「取れてから言って」
「手遅れでは!?」
なんか後ろがうるさいけど、まあ出発は上々ね。
空は良く晴れてるし、風もそんなにない。空気はかなり冷えるけど、風がないだけでずいぶん助かるわ。
馬車をひく
冬場の移動って言うのは色々大変だから、そういうちょっとした幸運でもありがたいものね。
雪国ってのはどこもそうかもしんないけど、冬場の移動ってかなり退屈なのよ。
なにしろ雪で真っ白、どこまでも続く銀世界。景色を眺めて気を紛らわそうにも、いつまで経っても変わり映えしないんだから、つまんないもんよ。
ウルウなんかは結構面白そうなんだけど、まあそれも今のうちだけよ。
あたしなんかはもうすっかり慣れて、飽きて、嫌いにもなりそう。
それでもまあ、うんざりしながらもどうしようもない馴染み深さを感じるし、内地の雪のない景色に物足りなさを感じちゃうんだから、郷愁っていうのはまるで呪いね。
しかもこの退屈は、ただうんざりするだけじゃなくて、命にもかかわってくるのよ。
いくら慣れてるって言っても、辺境って、寒いのよ。
ただ寒い寒いって言っても内地の人間にはわかんないでしょうけど、水が凍るよりもずっと寒いの。
露出してる顔なんかは皮膚も凍っちゃうかもしれないから、油や軟膏を塗って気をつけないといけないわ。
あたしはこの道も慣れてるから、普通に進んでる分には迷ったりはしないけど、でもそうじゃない人だったら、一面真っ白で目印もない世界じゃ、遭難待ったなしよ。
そう言う点では、雪上の旅は、船旅に似てるわね。
目印のない海上で、太陽と星だけを頼りに何か月も船を走らせるように、辺境人は雪の上を旅する。
あたしだって、星や太陽からある程度の進路は決められる。
でももし吹雪いたり、何か問題があって道を間違えたら、ちょっと覚悟しないといけない。
何の覚悟かって、春先の雪解けで発見される未来をよ。
冗談じゃなく、凍死ってのは身近なものなのよ。
男爵閣下に頂いた
辺境の冬場はみんな帽子とか頭巾をかぶるけど、これはお洒落とかじゃなくて、単純に、そうしないと脳が凍って死ぬからなのよね。
もし旅程が狂ったら、食料、水、燃料、どれが足りなくなっても、あたしたちを待つのは凍って死ぬ未来だ。
「まあ、気を付けてても、毎年凍死者が出てるわよ」
「飛竜より寒さでの被害の方が多いですよねえ」
「怖っ」
死ぬだけじゃなくて、雪焼けも怖い。凍傷ってやつね。
寒いはずなのに、手足が火傷したみたいに腫れあがったり、ひどい時は腐ってしまって切り落とさなきゃならなくなる。
だから、寒いからってじーっと縮こまってないで、ちょこちょこ手足や指先を動かして熱を作らないといけない。気づかないうちに凍っていて壊死しましたなんて笑い話にもならない。
なにしろ冷えてくるとまず感覚がマヒしちゃうから、本当に気づけない。
そしてそれだけじゃあ当然持たないから、短い間隔で交代するし、休憩も頻繁に取る。
あったかいものを飲んで、活力になるものも食べる。
おやつ食べるってんじゃないの。燃料をくべるようなものよ、これは。
こういう時に重宝するのが、昔ながらの熱量食である
寒さでとんでもなく硬くなるけど、これを軽くあぶって食べると、生存率が上がるわ。
冗談じゃなく、
最近だと
昔ながらの人だと、脂身を食べたりもするわ。生のやつ。
体の中で熱になりやすいし、栄養も豊富なんだって。
お酒を飲む、って言うのも一つの手だけど、これは良し悪しね。
お酒を飲めば、血管が開いて血の巡りがよくなって、暖かくなった気にはなるわ。
でもそれは血のめぐりがよくなったからであって、身体に何かあたたかいものが付け足されたわけじゃないの。
むしろ体のあたたかみが、外に逃げやすくなるってことでもあるのよ。
ちょっとのお酒で寒さを誤魔化すのはいいけど、頼り過ぎると死んじゃうわ。
辺境では、貧乏人は強い酒を飲んで、それで道端で死ぬわね。
金持ちはより強い酒を飲んで、道端で死ぬわ。
外が寒いから、幌の中は遠慮なしに
中の人が暑いと感じるくらいにね。そうじゃないと、御者席で凍え切った体を温めることはできないもの。
でも汗をかいたまま外に出ると凍っちゃうから、そこは気をつけないといけないわね。
あたしが後ろからじんわりこぼれ出る暖気を背中に感じてると、のっそりとウルウが出てきた。
「はい、あったかいものどうぞ」
「あら。あったかいものどうも」
受け取って、湯気を顔に浴びる。
すすってみれば、それは塩気の効いた汁物だ。表面には蓋をするように脂が浮いている。
寒いと言っても、防寒具の下では汗もかく。汗をかけば塩を失う。
脂も塩も、寒さを乗り切るのに大事なものだ。
「ね、寒いでしょ。交代しよっか」
「まだ大丈夫よ。それに、交代するって言っても、あんた道わかんないでしょ」
「それもそうだけど……中は退屈だし」
「外も退屈よ?」
「でも隣にいたらあっためてあげられるよ」
「ふむん」
ちらっと横を見ると、ウルウは懐から銀灰色の容器を取り出した。
触れていると体が暖かい膜に覆われたようにあたたまる、不思議な魔法の
隣にいてもらわなくても、それを貸してもらえば済む話ではある。
あるけど、ふむん。なるほどね。
ウルウは銀世界を楽しみたい。
あたしはあったまりたい。
思いついて、ウルウを隣に座らせる代わりに、後ろから抱えてもらった。
あたしはリリオより大きいけど、でもウルウからしたら大差はない。
すっぽりとウルウの腕の中に収まって、二人で魔法の
なにより、背中に感じる
「あー! ずるい! トルンペートずるいですよ!」
「交代よ交代。かわりばんこ。あんたも後でやってもらったらいいじゃない」
「ぐぬぬぬ」
「でもこんなにあったかかったら交代しなくてもいいかも」
「ちょわー!?」
「冗談よ冗談……気が向いたらね」
「ちょっとトルンペート!? 独占禁止です!」
「この前のポーカーの負け分、まだ受け取ってないわよ」
「むぐぐ……う、上乗せして返しますから!」
「うーん、私の体が私の意思に反して取引されてる」
結局、あたしはウルウをしばらく堪能して、リリオから三度ほどせっつかれるのだった。
用語解説
・目が焼ける
雪国では実は冬場の方が日焼けする、と言ったら笑うだろうか。
北方はオゾン層が薄いから、というのもあるが、足元の雪に反射した日光が照り返してくるので、上から下からダブルで焼かれるのである。
このため、目が日焼けする雪目というものが起こる。
皮膚でさえ日焼けしたらぴりぴり痛むのだから、眼球となると涙が止まらなくなる。
北部や辺境では、この雪目を防ぐために古くからスリットの入った板を目元に当てる遮光器が用いられ、近年では色眼鏡も使用されている。
・
オオヘラライチョウ。
大陸最大級の羽獣。辺境及び北部の一部に棲息。雄は箆状の巨大な角を有する。
成獣の体長は三メートル前後、肩高は二メートルに及ぶ。
記録では一トン越えの個体も見られる。
草食ではあるが、成獣は
針葉樹林及び沿岸部でよく見られる。
夏は褐色、冬は純白の羽毛に換毛する。
羽獣としては珍しく足にも羽毛がある。
毛皮は防寒性、防水性、耐久性に優れ、肉も食用になるが、仕留めるのには危険が伴うため、傷の少ない毛皮は非常に希少。
・
力強く朝の空を駆ける飛竜の影、また朝駆けしても体力が続くように、という名づけとされる。
元は後述の名前だったのだが、内地からの客に供する際にさすがにそのままでは品位に欠けるということで、急遽名付けられた。
材料は竜脂または獣脂、バター、牛乳、砂糖、メープルシロップ、胡桃などの種実類、ドライフルーツ、冷凍させて水分を抜いた凍み芋、
ざっくりとした調理法は以下のようなもので、すなわち脂及び糖、シロップを煮溶かした乳を加熱して練り、凍み芋や
ある種のキャラメルに近い。
出来上がったものを四角く幅広い容器に広げ、ある程度固まってきたところで巻物状に丸め、冷やし固める。固まったものを端から輪切りにし、一巻きずつ提供するのが普通。
近年では最初から細かく切り分けたものも見られる。
・
いわゆるチョコレート。
チョコレート菓子を最初に作ったものは、神の啓示を受けたと主張しており、「神は
・銀灰色の容器
装備すると、状態異常の一つである凍結を完全に防ぐことができる。
ほぼ全ての敵Mobが凍結攻撃をしかけてくる雪山などのエリアでは必須のアイテム。
燃料などの消費アイテムも必要なく、なぜこれで暖が取れるのかは謎である。
『地の底より掘り出され、ドワーフが鍛え上げたまことの銀。を、贅沢に使用した高級感あふれる仕様でお届けいたします』
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