第十九章 天の幕はいま開かれり

第一話 鉄砲百合と北の輝き

前回のあらすじ


極北よりやってきたのは三人の特等武装女中。

なぜ女中なのか。

なぜ女中にこんな戦闘能力が必要なのか。

我々はいったい何を見ているのか。

女中とはいったい……。


そんなもろもろを石を投げつけるだけで終わらせる女がこちら!






「オーロラって見られるの?」

「おーろら?」


 ウルウがそんな問いを投げかけてきたのは、ある日の昼下がりのことだった。

 まあ昼下がりって言ったって、真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコの最中だから、時計ではそうなるって話だけど。


 その日は、って言うかその日も、あたしたちはリリオの私室でごろごろしてた。

 なにしろ辺境の冬ってのはできることが限られてくる。ここ何日かは雪も降っていたから、あたしたちはそろって引きこもっていたのだ。


 冬至祭ユーロとか、ウルウがしたことないって言う雪遊びとか、季節外れの飛竜退治とか、まあ色々してみたけど、そんなのはもう一瞬よね。あとは全部、閉ざされた雪の中で退屈に過ごすしかない。


 領内を見て回るのにも限度があるし、御屋形の中だって一通り案内しちゃったら終わりよ。いくら立派でも、極端な話は住居なわけだから、そこまで見どころらしい見どころもないし。

 しいて言うならお庭だけど、それも冬じゃあね。


 ウルウはどうも御屋形様にちょっと目をかけられているのか目をつけられてるのか、たまにお茶に誘われてるけど、あたしとリリオはなぜか呼んでもらえない。

 嫁会なんだって。なにそれ。


 その御屋形様も冬場はやることがなくって、寒がりの奥様もやることがなくって、そうなるとやることしかなくなるからしばらく見てない。

 リリオはそのことに関して考えないようにしている。

 年の離れた弟か妹ができるかもしれないと考えるのも複雑だろうし、父親の胎が膨らむのを想像するのはきついものがあるんだろう。

 あたしはそれはそれで耽美だと思うけど。


 それでもしばらくは、プラテーノやプンツァプンツァと遊んでたけど、リリオが叱られたのでそれもお預けだ。

 一応リリオが拾ってきた愛玩動物だけど、面倒を見るのはもっぱら御屋形様や使用人で、懐いてるのもそっち。

 リリオはたまに遊んでやる、というか、玩具にするので、割と嫌われてる。本人はまるで気付いていないけど。


 ウルウは意外に愛玩動物たちを気に入ったようだった。

 というかモフモフが気に入ったようだった。

 生き物は苦手だって言うウルウだけど、どちらかというと小動物が苦手みたいだった。壊してしまいそうというか、どう扱ったらいいのかわかんないから。

 リリオの愛玩動物はみんなでかいのでその心配はない。


 ただ、そこは潔癖と言うかなんというか、触った後は手を洗う。

 プンツァプンツァのショックを受けたような顔が笑えもといあわれだった。

 まあ、でかいだけあって抜け毛もたくさんつくので、あたしも触った後は気を付けるけど。


 愛玩動物に拒否られて、御屋形様にも叱られたリリオは、室内での鍛錬に励んでいた。暖炉で温めているとはいっても、薄着でうっすら汗かきながら、逆立ちで腕立て伏せしてる。

 骨ばって色気に乏しいリリオだけど、こういう健康的に汗をかいてる姿は逆になんかこう、いい。


 ウルウは寝台にごろんと横になって、そんなリリオを眺めるともなく眺めがら、うとうとと半分まどろんでいた。

 ほとんど部屋から出ることもないから、雑な部屋着でくつろいでる。その無警戒で無防備で気だるげな感じは、なんか退廃美術めいたおもむきがあった。


 あたしはそんな対照的な二人を眺めながら短刀を研いでいた。眼福。


「オーロラは……あの、あれ。なんか寒い地方で観れる……空に光る幕みたいのが見えるやつ」

「ああ、北の輝きノルドルーモね」


 北の輝きノルドルーモはきれいだけど、辺境じゃ別に珍しいものでもない。

 空さえ晴れていれば、そのうち見られる。

 でも冬だし極夜だしなんだかんだ外に出ないから、目にする機会がなかったわね。

 珍しくはないって言っても、見られるかどうかは運次第だしね。待ち構えても全然出てこなくて、少し休もうかと仮眠してる間に出てきたり。


 あたしも辺境に来たばかりの頃、うんと寒い晴れた晩に、夜空にはためく光り輝く帯のようなものを見てすっごく感動したもんよ。こんなにきれいなものが世界にあるんだって、泣きそうになったわ。

 でもいま思えば出血多量と低体温と激痛で意識がもうろうとしてたから、それで一層きれいに見えてたのかもしれない。笑ってるリリオも絶世の美少女に見えたし。

 死ぬ間際はなんでもきれいに見えるものよ。


 まあ、そうでなくても毎年見られるもんだから、いまとなっちゃあそんなでもないわね。

 たまに外出した時に運よく見れたりしたら、あらきれいねってなるけど、それだけ。

 空ばっかり見上げてるわけじゃないから知らないけど、かすかに漂うような程度のものなら、もしかしたら一年中見られるんじゃないかしら。


「お花見とかお月見とかみたいな感じで、北の輝きノルドルーモを見る行事とかないの?」

「うーん。まあ個人ではやるかもだけど、そんな大々的なのはないわね」


 昔は北の輝きノルドルーモを眺めるお祭りって言うか行事みたいなのもあったらしいけど、見ごろとなる時期はあっても確定で見られるわけじゃないから、廃れていったみたいね。

 ただ、冬至祭ユーロとか、そう言うお祝い事の時に見事な北の輝きノルドルーモが出ると、すっごく盛り上がるわ。


「なによ。見たいの?」

「そりゃあ、まあ。せっかくだしね」

「じゃあ、見に行きましょうか!」


 逆立ちしながらリリオが言う。

 まあ、そうね。ウルウもここしばらくすっかり退屈してるし、リリオも体力を持て余してる。あたしだって、まあ、仕事はしてるけど、冬場は鬱屈するってもんよ。


「それじゃあ、準備がいるわね」


 とびきりの北の輝きノルドルーモを見るには、とびきりの支度が必要なのだ。






用語解説

北の輝きノルドルーモ

 詳しい原理は省くが、北極・南極地帯で見られる大気の発光現象。

 いわゆるオーロラ。極光とも。

 帝国では辺境でよく見られるほか、北部でも山際が赤く燃えるように見える。


・プラテーノ

 リリオのペット。身の丈二メートルほどの白金の雌狼。

 辺境では普通の獣であってもみな大きく、魔獣のように魔力を持つという。

 群れを雪崩で失い一頭でうろついていたところ、かけっこをしていたリリオに出合い頭に轢かれ、そのまま拾われた。

 面倒見はいいがやや神経質。

 リリオが帰ってきてから雪の下の草などを掘り返して食べる頻度が増えており、胃薬なのではと言われている。


・プンツァプンツァ

 リリオのペット。身の丈四メートルの白い雌虎。

 親虎がリリオの乗る馬車に襲い掛かり返り討ちに遭い、みゃあみゃあと鳴いているところを拾われた。

 プラテーノより年下で、よく甘えようとして踏みつぶしている。

 人懐っこく、ややおつむが弱く、臆病。

 リリオが来るとプラテーノの後ろに隠れようとするが、おやつで簡単に釣れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る