第十二話 鉄砲百合と冒険者の流儀
前回のあらすじ
余裕ぶっこいて観戦するウルウ。
果たしてリリオに授けられた策とは。
やっぱり、無理だ。
リリオは強い。もとから強くて、そして旅に出てからもっと強くなった。
それはあたしの贔屓目なんかじゃなくて、きちんと段階を踏んで、少しずつ実力を確かなものとしてきた。
あたしはそれをすぐ近くで見てきた。いくつもの壁を、乗り越えてくる姿を見てきた。
だから、きっと、なんて。もしかしたら、なんて。
思っていた。願っていた。
でも、やっぱり、無理だ。
無理だったんだ。
リリオは諦めも悪く剣を振るうけど、それは御屋形様に傷ひとつ付けることもない。小指一本ですべて防がれて、一撃当てるどころか一歩動かすこともできないでいる。メザーガとの試合の時と同じように、でもあの時よりももっと絶対的な壁がそこにあった。
強いとか弱いとか、そう言う次元じゃない。
辺境貴族って言うのは、
人のカタチをした竜。
人のカタチをした怪物。
この世の果てに竜どもを押し込める、人間世界の番人。
それが、弱いわけがない。
そんなもの、どうしようもないじゃない。
負ければそのまま世界に竜どもが溢れかえる、そんな重圧を軽々と肩にして、不可能を繰り返し続けてきた一族の末裔が、その頂点が、軽々しく乗り越えられる壁のはずがない。
やっぱり、どうやったって、無理だ。
無理だと思う。
思うんだけど。
だーけーどー。
「ちょっと」
「なあに?」
ちょっと睨んでやるけど、あたしを膝に乗っけたウルウはのんびり観戦してお茶なんてすすってる。さっきもあたしの口にお茶請けを放り込んできて、いやまあ美味しかったけど、そういうことじゃなくて。
そりゃ、あたしだって別に冒険の旅自体はどうでもいい。別にあたしは旅は好きでも何でもない。そりゃあ、結構楽しかったし、続けられるんなら、いいなあって思う。でも別にこだわりはない。こだわりはないけど、リリオが悲しむから、それは嫌だ。嫌なのだ。
リリオが悲しむかもしれないというのに、その原因となったウルウは暢気なもので、それに腹が立つ。
「あんたが焚き付けたんでしょ。旅できなくなったらどうすんのよ」
「ええ? ううん、そうだなあ。辺境での生活って言うのも面白そうだけど、私の目的は人様の冒険を特等席で眺めて楽しむことだからね。他のよさそうなパーティでも見つけて寄生するんじゃないかなあ」
お茶請けをかじりながらあっさり言うもんだから、一瞬あたしはなに言ってるんだかわかんなかったわ。
だってそうじゃない。あたしたちはこれまでずっと一緒に冒険屋してきて、それに、順番がいろいろ狂っちゃったとは言え、契り合った仲なのよ。
それをあっさり見捨てるなんて、しかもこの試合の言い出しっぺの癖にそんなこと言いだすなんて、思わずかっとなっちゃいそうだった。
でもウルウはすぐに、こう続けたの。
「まあ、そうはならないんだけど」
「どういうことよ?」
「トルンペートってトリッキーなテクニカルタイプに見えて、リリオ以上に辺境的脳筋タイプだよね」
「言ってることはわかんないけどなんとなく意味はわかるわよ。急に何よ」
「脳筋蛮族ガールってこと」
「前も聞いたけどほんとなによそれ」
ウルウはしみじみとお茶をすすって、ほんのり温かい溜息を吐いた。あたしの後頭部のあたりが、湿っぽくぬくい。
「君たちはさあ、工夫しないんだよねっていう話」
「はあ?」
「腕が立つし、地力もある。鍛えて強くなってきたし、いま届かなくてもいずれ届くと努力を重ねる。すごいと思うよ。皮肉でも何でもなくって、私はそう言う価値観をすごいと思う。少年漫画ならド定番の王道路線だ。私にはとてもできない。そんな健全な精神を保っていられる自信はないね」
いつもの露悪趣味者みたいな自虐めいたことを言いながら、ウルウは手の中で卵を転がす。小さな卵。鶏の卵かしら。何かが張り付けてある。なんだろう。
「なにこれ?」
「さすがに私の手品もいつか種が切れるからね。作れるものは作っておいたんだ」
「はあ?」
なによそれ、って聞くよりも先に、試合に動きがあった。
ただただひたすらに打ち込んでいるだけに見えたリリオが、何度目になるか、距離を置いた。そして数瞬呼吸を整えてもう一度斬りかかるって言うのが今までの展開だった。御屋形様もそれに備えてか、腕がわずかに上がって構えられる。
その瞬間、リリオは空いた手を腰の《
「あれはボーラ。狩猟用の道具だね。腕を絡め取れたらよかったんだけど、すぐ千切られそうだし、それなら動かない足元に確実に入れて、意識を下半身に逸らさせるのに使えって言っておいた。プライドからも動き回ったりはしないと思うけど、いざというときワンテンポ遅らせることも出来そうだし。人間、足を動かしづらくなると体勢を変えるのも大変なんだ」
確かにボーラとやらが足元に絡みついて、御屋形様はそちらに気が取られたようだった。多少の拘束程度、辺境貴族ならすぐに引きちぎれる。でもそのすぐは、戦闘では致命的な時間だ。
リリオは気がそれた隙を見逃さず、いえ、そもそも投げた直後から即座に次の手に出ていた。迷いがない。
取り出したのは、あれは酒瓶かしら。それに火種。瓶の口にねじ込まれたぼろきれに火を灯して、今度は御屋形様の上体に投げつけられる。一瓶だけじゃなくて何本かが投げつけられて、一つは咄嗟に振るわれた小指で打ち砕かれ、いくつかが地に落ちて割れる。
いくらなんでも割れやすすぎる。何か細工してあるのかしらって思った瞬間、爆発するような勢いで御屋形様が炎に包まれた。
「うぇあっ!?」
「火炎瓶だね。作り方はとても簡単だから真似しないように」
打ち砕かれた瓶から飛び散った液体が御屋形様の体にかかり、地面に散らばったものと一緒に燃え上がってるみたい。御屋形様は手足を振って消そうとするけど、火は広がる一方だ。
「ヴォーストの錬金術街で見かけてね。
リリオはさらに何本か瓶を放り投げて追加し、御屋形様はいよいよもって全身炎に包まれる。足元は拘束されてうまく動けず、地面に転んで雪の上を転がるけど、全然消えない。
「油火災って厄介でね。水をかけると油が水に浮いて広がって、かえって火事が広がる。温度を下げるか酸素の供給を絶たないといけないんだけど、難しいよねえ。毛細管効果で衣類や体毛に沁み込んで燃えるから、人間が燃えると消火は大変だ」
燃え上がる御屋形様を眺めて、ウルウは淡々と続ける。
「熱や電撃に対しても、魔力とやらはある程度耐性を高めるのは実証済み。でも限度はあるのもわかってる。火傷はするし、何より呼吸が必要。肺が焼けたらもっといいんだけど、咄嗟に息を止めてる。惜しいね」
えぐい。言ってることがあまりにもえぐい。
呆然と見守るあたしの頭を、ウルウの手がゆっくりと撫でた。
「君たちは、努力はするけど工夫が少ない。そうできるならその方がいいけれど、そうできないならどうにかしないといけない。確かに私は戦闘は苦手だけどね、でもさ」
その目はあまりにも冷静だった。
獲物を追い詰める狩人の様に、最後の瞬間まで気を抜かない静かさがあった。
「でも、
御屋形様がぐぐっと身を屈めて、力を籠める。
そして爆発した。違う。炎を吹き飛ばしたんだ。
集中させた魔力を、一気に体外に放出して炸裂させたんだ。
辺境伯家の炸裂する魔力が、炎に巻かれた髪や服ごと、沁み込んだ燃料を吹き飛ばして炎を払う。
その目はもはやわがままな娘を見守る親の目じゃあなかった。
明確な危機を前に、
覚悟の決まった眼が、リリオを睨みつけた。
そして炎に食われた空気を取り戻すように大きく息を吸い込
「よしきた」
んだらだめです御屋形様ー!
いやどっちを応援しているんだろうあたしは。リリオを応援しないと。
でもここまでえげつなく
のけぞるように大きく息を吸い込もうとしたところに、リリオが投げつけたのはさっきウルウが持ってた卵だった。それも一つや二つじゃない。投石器みたいな袋を使って、十個以上を放り投げてくる。
御屋形様もさっきの火炎瓶で十分に警戒してるから、うかつに打ち砕けない。地面に落としてもヤバいかもしれない。かといって割らないようにすべてを柔らかく受け止めるにも、瓶以上に割れやすい卵を全て受け止められるわけがない。
じゃあ距離を取るかって言うと、最初のボーラがここで生きてくる。火に巻かれたし、千切ろうと思えば一瞬だ。でもその一瞬は、卵を避けるには遅すぎる。
結果として、すべてが中途半端な体勢で御屋形様は卵を浴びることになった。
割れた殻から弾けるように舞い上がったのは、血? 赤い液体?
「おっと、気を付けてね。風下じゃないから大丈夫だと思うけど」
「なに? なんなのよあれ?」
「催涙弾」
「は?」
サイルイダンとやらの液体を顔面に浴び、また大きく息を吸い込んでいたので鼻や口からも取り入れてしまった御屋形様の悲鳴はすさまじいものだった。
「あッぎッばッづァあああああああああああああああああッッッ!!?」
いままで一度も聞いたことのない、ウルウに言わせるところの「イケメンが出しちゃいけない声」が響き渡り、その流れで言うところの「イケメンがしちゃいけない顔」にリリオの拳が迷いなく叩きこまれたのだった。
用語解説
・ボーラ
狩猟用具、または投擲武器の一つ。
構造として最もシンプルな形は、ロープの両端に重りをつけた形になる。
おもりの遠心力を利用しての打擲や、投擲、そして絡みつけせての捕縛などに用いる。
ロープの数や錘の種類に変動はあるが、使い方はおおむね同じ。
日本においては分銅鎖がこの仲間とも言え、「微塵」などと呼ばれる。
微塵の名の由来は、うまく使えば相手の骨を木っ端微塵にできるからだとか。
・火炎瓶
モロトフ・カクテルとも。
家庭で作れる非人道兵器。
「ガラスびんその他の容器にガソリン、灯油その他引火しやすい物質を入れ、その物質が流出し、又は飛散した場合にこれを燃焼させるための発火装置又は点火装置を施した物で、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるもの」。
瓶の中にガソリンなどの可燃性の液体を詰め、布などで栓をした簡易の焼夷弾。
栓をした布に火をつけて火種とし、投げつけて割ることで燃料を飛散させ、火種の火で燃焼させる。
人体に使用した場合、燃焼による火傷のほか、呼吸のための酸素が奪われることによる窒息、呼吸によって炎が肺に運ばれて内側から焼かれるなどの結果に至る。
当然、本邦での製造・所持は御法に触れるので厳禁。
・
燃える水とも。原油のこと。
この世界は惑星の歴史的には割と最近陸地が作られたのだが、それ以前からも海洋では植物が豊富に繁茂していた。
恐らくはそれらが海底に堆積して原油のもととなり、大陸構築の際に巻き込まれて地表近くに露出したものと思われる。
精製技術はあるものの、ほとんど一部の錬金術師の実験程度で、大量採掘、大量生産はまだなっていない。
帝都では計画はしているものの、採掘予定地の選定が困難なため揉めているようだ。
・
ゲームというものは効率を追い求めていくと、ボタン押しっぱなし放置で経験値やアイテムを入手し続けられる脳死プレイが見えてくるが、それとは別にアイテムやスキルを駆使して敵の弱点を突くことが大事になってくる。
ウルウのプレイしていた「エイシストール」というキャラクターは即死攻撃こそ強力だが本来の攻撃力は低く、即死の通じない非生命系の敵に非常に弱かった。
そのため、そう言った敵を倒すために《青い大きなボム》や《ソング・オブ・ローズ》といった爆弾をはじめとする攻撃アイテムや支援アイテムを多用していた。
冒険者というものは本人の強さがどうこうというより、目標を突破してなんぼなのである。
最終的な収益が黒字になれば勝ちであるし、何なら赤字でもやってやったぜ感があれば勝ちである。
・催涙弾
文字通り涙を催させる弾。
ここでは中身を抜いた卵の殻に、後述する赤い液体を詰めたもの。
投げつけて破裂させることで液体を飛散させ、眼球や粘膜部分に当てて使う。
・赤い液体
家庭で作れる非致死性兵器。
ざっくり言うと
カプサイシン・スプレーとおおむね同じ。
目や粘膜、皮膚に強烈な痛みと灼熱感を与える。
目に当てた場合一時的な盲目が期待できる。
鼻・喉の粘膜に触れれば、呼吸困難、せき、鼻水が期待できる。
非致死性とはいうものの、使い方によっては窒息死などの可能性があるほか、心臓や肺への負荷や毒性などによって死亡に至る可能性も否めないのでよい子のみんなは手を出さないように。
・イケメンがしちゃいけない顔
イケメンの顔面偏差値が著しく低下すると攻撃が通るようになる。
という話ではもちろんなく、催涙弾の影響でまともに魔力を練れなくなったため、魔力障壁、身体硬質化がまともに維持できなくなり、攻撃が通るようになった。
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