第十一話 亡霊と気楽な観戦
前回のあらすじ
やはり通じない必殺技(必殺するとは言っていない)。
果たしてリリオの剣は父に届くのか。
天気がいいと寒いってこういうことなのかな。
よく晴れた昼前。雲一つなくすきっと晴れた空は青く、日差しも温かい。温かいけど、でも空気は乾いていて、そして冷たい。陽光を浴びてちょっと暖まっても、すぐに冷えてくる。
まあでも、辺境にもずいぶん慣れたし、死ぬほど寒いとまではいかない。カンパーロで男爵さんに貰った
結構分厚くてもこもこしてるけど、そこまで動きにくくもない。ファー付きのフードまでしっかり被るとちょっと邪魔くさいけど。通気性が悪いから、ちょっと胸元を開けてるけど、それでも全然寒く感じない。割といい貰い物だ。
真っ白だから、普段黒ずくめの私はちょっと落ち着かないけど。
便利な《ミスリル懐炉》は、トルンペートに貸している。さすがに雇い主のアラバストロさんの圧には参ったみたいだし、いつもみたいに飄々とってわけにもいかないみたいだから、まあ気持ちはともかく身体だけでも暖かくなってもらいたいところ。
それだけじゃあまだ落ち着かないみたいだから、仕方なく膝に乗っけてあやしてるけど、やっぱりはらはらと試合を見ている。
そりゃねえ。どっちを応援するって言うのも、トルンペートには難しいよね。
リリオを最優先したいっていう気持ちもあるだろうし、それはそれとしてアラバストロさんには恩義もあるし。リリオに無事勝ってほしいけど、アラバストロさんがリリオに出ていってほしくないっていう気持ちもわかるだろうし。リリオが辺境に残って夢を諦めるか、それとも旅に出てアラバストロさんがすっかり落ち込んじゃうか。どっちが勝ってもトルンペート的にはマイナスなように思えちゃうんだろう。
向き合って遣り合う、というよりは一方的にリリオが攻め立てて、アラバストロさんが片手で、それも小指だけで弾くっていう遣り取りを観戦しながら、私はのんびり暖かなお茶など頂いている。
辺境伯の御屋形も、まあやっぱり蛮族は蛮族というか、蛮族野試合はいつものことみたいで、テーブルやら椅子やら軽食やらお茶やら用意してもらって、完全に観戦ムードだ。
マテンステロさんは相変わらずお酒飲んでるし、私が暢気にお茶すすってても罰は当たるまい。
トルンペートももうちょっと気楽になればいいのに、どうにも雇い主の前だと硬くなるらしい。まあ、恩義もあるらしいしね。
ティグロ君も思うところがあるだろうに、酒かっくらうほどではないけど割と余裕のある顔だ。彼の場合あれかな、リリオが勝って主張を通すのが一番望ましいけど、負けて辺境にいてくれてもそれはそれで悪くないっていう、どっちでもいいっていうポジションなんだろうなあ。
私は戦闘のことはさっぱりわからないんだけれど、傍から見ていてもまあ、まるで鋼鉄の柱を相手に棒切れを振り回しているようというか、とてもじゃないけど勝負になってない。
構図としては、いつぞやのメザーガとの試合を思い出させるけど、そのメザーガだってここまで無茶苦茶ではなかった。
人体が立てているとは思えない硬質な音を立てて、あのリリオの剣撃を素手で弾くって言うのは、私には理解できない。
確かにリリオはちっちゃいし、軽いから、あんまり剣に体重は乗らない。でも剣の技術そのものは結構達者みたいで、鋭く的確に剣を振るうから、その切れ味は生半ではない、はずだ。素人目だけど。
その立派なプロが振り回す刃物を素手で受けるってどういうことなの。
「魔力による強化も、極まると、ああなります。魔法・魔術という程には、洗練されてはおられませんけれど、単純に出力が大きいというだけで、あのように、鉄よりも硬くなるものです」
しれっと椅子に腰かけて観戦してる武装女中のペルニオさんがそんな解説してくれる。ほんとふてぶてしいなこの人。
そして私も大概太くなったな。初対面の人でもちゃんとお話しできてるぞ。偉いぞ私。まあ、そう言ってもほとんど向こうが一方的に解説してくれてるだけだけど。
まあ解説してくれるって言うならありがたい。私はのんびりお茶をすすり、膝の上のトルンペートのお口にお茶請けをねじ込み、あくあくと頬張るのをぼんやり見下ろす。
「辺境貴族でなくとも、熟練ともなれば、例えば奥様などであれば、身体の一部を魔力で強化するのは、よくある戦法ですね」
そう言われてみれば、モンテートのおばあちゃん武装女中も打撃のインパクトの瞬間だけ魔力で硬質化させて殴ってたっけ。あれを防御に転用……というか元々防御用の技なのかな。
トルンペートもちょっとは出来るんだっけ。まああれは曲芸みたいなもので、実用化できるのは本当に手練れだけみたいだけど。マテンステロさんはしてるのかどうかよくわかんない。あれだけの戦闘ができるんだから、してるとは思うけど、防御させられるほど私たちまともに相手できてないしね。
「御屋形様の場合は、常時全身を硬質化させた上、魔力の膜を、こう、広げておられます。無尽蔵に魔力がおありだからできるのであって、こちらは普通ではありませんけれど」
「……全身?」
「はい。大人気のない方にございますので」
大人気ないにもほどがある。
まあ、マテンステロさんとやり合ってる時もそんな話だったから、辺境貴族の戦闘モードってのは基本的にそうなのかもしれない。飛竜とやり合うんだったら、最大限にバフ積んでやりたいだろうしね。自分自身が最大の凶器である辺境貴族的には、それを最大限活かす戦法なわけだ。
しかしそれにしても、全身に魔力を回しておいてなおリリオの『
ひとりだけスーパーロボット系のユニットみたいになってる。
散々不発に終わってる必殺技だけど、あれでもリリオの最大火力だ。
あれを無傷で耐えちゃう鎧なら、リリオの攻撃はまず通らないってことだ。そりゃ勝ち目はない。
「感電してないってことは本当に全く通さないってことかな」
「いえ。しておられます。あれはいわゆる、痩せ我慢にございます」
「痩せ我慢」
「さしもの障壁も、雨粒の全てを全て、風の流れの全てを全て、防げるわけではございません。ある程度の電流は、確かに通っておられます。通った上で、魔力で体を抑え込んでおられます。辺境貴族は、人族ではございませんけれど、身体の構造は、人族とお変わりございませんので」
痩せ我慢でも、減衰したとはいえ高圧電流を耐え切るのは大した根性だ。魔力ってのは凄いもんだね。あるいは父親としての愛という奴のおかげかもしれないけど、それは私にはよくわからない世界の話だ。
「しかし、あの程度であれば、何度受けようとも、御屋形様が崩れることはないでしょう。残念ながら、お嬢様ではあの鎧を貫くことは、叶いませんね」
「いや、いいよ」
「おや。お嬢様がお勝ちになることを、お望みだったのでは?」
お望みというか、勝てるということは知ってる、っていう感じだよね。
信頼でも何でもなく、事実として。
リリオでわかってたけど、アラバストロさんもやっぱり人体なら、勝てる。
私の目が、即死させるラインを目に見て取れる以上、あれは殺せば殺せる生き物でしかない。
殺せる生き物なら、通じる手段があるならば、勝ち方を作るのは、それほど難しいことではない。
そして、それはもう、リリオに伝えてあるのだった。
だから大丈夫だよーとトルンペートの頬を突っついて遊んでたら、ガジガジ噛まれてしまった。情緒不安定過ぎるだろこのチビメイド。
用語解説
・痩せ我慢
感電してしまった場合、精神論ではどうにもならない。
筋肉が収縮して痙攣したり、意識が飛んでしまうのは電気刺激によるものであり、ホルモンや脳内麻薬ではどうしようもない。
アラバストロの場合、かなりの部分、特に頭部への電流を障壁でカットし、筋肉の痙攣を魔力で強引に押さえ込んでいる。
咄嗟にこらえたものの、格好悪いところを見せるのではと内心かなり焦っていたようだ。
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