第七話 白百合と知りたくなかった事実
前回のあらすじ
Q.。手違いでまだ支度が整っていない。いいね?
A.アッハイ。
他の地域より洗練されているとはいえ、やはり辺境は辺境で、朝食はフロントでも似通ったものです。
ウルウに言わせるところの辺境流、つまりは大量の炭水化物と干物と漬物です。
ただ、カンパーロやモンテートと異なるのは、牧畜が非常に盛んなため、卵や乳が多く使われるということですね。
一度の朝食に、目玉焼きと卵焼きと茹で卵と落とし卵が揃うこともあるくらいで、昔の卵好きの詩人がこれを絶賛する詩を残しているくらいです。彼は毎朝必ず卵を六つ以上使った目玉焼きを食べていて、卵を食べ過ぎて早死にした詩人として有名です。
乳に関しては
卵焼きにも使われたり、多くの料理に使われている隠れた立役者ですね。
そしてウルウがあんまり嬉しそうな顔をしなかった
ひきわりの
すべての家でこうした
内地の貴族や大商人には、たくさんの食事を並べるだけ並べることがある種の権力の誇示として行われていて、その余りものを使用人たちが食事として頂き、それでも残飯が出るということがままあるそうです。
しかし辺境においてはそのような無駄は大領主であるフロント辺境伯でもできません。並んでいる分はすべて胃袋に収まる前提で並べられています。
ウルウがげんなりした顔をしていますけれど、もうちょっと食が太くなってもいいと思うんですよね。私たちほどではないにせよ。
出されたものは全部食べますけど、一人で放っておくとすぐ好きなものだけ食べようとしますしね。
ウルウ曰くの氷の麗人であるお父様も、所作はとても美しいながら私と同じように皿を平らげていきます。昔は当たり前に思ってましたけど、他所の常識を知ってから改めて見ると面白いくらいに健啖なんですよね。私もですけど。
むしろ、私なんか割と所作がゆるいのと顔に出やすいので大食いでも納得されるところ、お父様は綺麗なお顔と綺麗な所作で何かの奇術か何かのように皿の中身を消していきますからね。
私たちが「何も見なかったこと」についての衝撃を乗り越え、朝食をゆっくり楽しめるようになってから、お父様はおもむろに口を開きました。
「リリオ。改めて、よく帰ってきたね。大変だっただろう。旅の間にどんなことがあったのか、」
「お父様ごめんそれもうやった」
「そうか……そうか。うん。あとでティグロから聞くとしよう」
威厳たっぷりのお父様をティグロが遮ります。お父様しょんぼり。
いや実際しょんぼりなさっているかどうかはちょっと顔色からわからないんですけれどね。でもまあ、十四年間お父様の娘をやってきているので、なんとなく雰囲気で分かります。空気さえ読めれば割とお父様もわかりやすいんですよね。動物と同じです。
お父様はもそもそと
これは言葉を探している感じですね。お父様、割と咄嗟のことが苦手な人ですので、出端をくじかれると立て直すのに時間がかかるんですよね。
「リリオ。冒険の旅は楽しかったかね」
「はい! とっても! ウルウとも出会えました。いろんな出会いや冒険がありました。素晴らしい旅だったと思います」
ティグロには遮られてしまいましたけれど、私としては何度語っても語り足りないくらいです。
せっかくなのでお父様にもじっくりとウルウのかわいらしさもとい旅の楽しかった思い出を、
「では、もう十分だね」
語ろうと、えっ。
「
「え、あの、お父様?」
「そもそも成人の儀自体時代遅れだ。ティグロの時も思っていたんだよ。わざわざ内地になど行かないでもいいだろうと」
「お父様、私は」
「私を安心させておくれ、リリオ」
「私は、それでも、冒険屋になりたいんです」
「……私は悲しい」
私たちの会話は完全に平行線でした。
まあ、お父様元々会話が得意な方ではないので、頭の中で練った言葉を一方的に言って、それが駄目だった時はまた言葉を練り直さなければいけないんですけれど。
細い指が再び匙で
お父様がこういったことになることはあまりないのですけれど、私やティグロが癇癪を起こした時と似たような空気です。それを敏感に感じ取った武装女中たち、ティグロ付きのフリーダや、食堂に先導してくれたルミネスコが腰のものに手を伸ばしました。いざというときは主人を殴ってでも止めるのが武装女中のお仕事なのです。
お父様付きの武装女中であるペルニオだけは、お父様の斜め後ろで普段と変わらぬ態度です。背筋に鉄の棒の入ったように姿勢よく、浅く目を閉じるように静かにたたずんでいます。さすがの余裕ですね。……寝てませんよねこれ。
お母様はちょっと眉を上げたようですけれど、目下の関心はお父様の発言よりも、お父様の癇癪で食卓が吹き飛ばないかということの様で、好きなものをそそくさと食べてます。そうですよね。お母様大概放任主義ですもんね。
まあお父様が暴れ出したら手は出るんでしょうけれど。
トルンペートは慣れないお父様の圧に、食事の手も止まって腰が少し浮いています。武装女中としての習性もあるんでしょうね。おいてきた武装の代わりに、袖口の隠し短剣に手が伸びています。いやほんと、どれだけ仕込んでるんでしょうね。
ウルウはとてつもなく面倒くさそうな顔で、ものすごく関わり合いになりたくなさそうな顔でした。まあ、ウルウって、家族間の話とかすごく苦手そうですもんね。おまけに人の家なのでちょっと居心地悪そうですし。
でもくろぉきんぐとかいうまじないで姿を消してないだけ、私にかかわってくれようとしているんだなあという気がして嬉しいま一瞬半透明になりませんでした?
私はと言うと、子供の頃からのお父様に叱られた記憶がなんとなく思い出されて、そわそわと落ち着かない感じです。私の言い分は胸を張って主張できますけど、それはそれとして叱られてきた記憶というものはなかなか消えないものなのです。
同じくらい叱られていそうなティグロはしれっとしたもので、玉子立てのゆで卵を匙で掬いながら、肩をすくめました。
「ねえお父様。リリオは自由な旅の空が好きなんだよ。家に閉じ込めちゃかわいそうじゃない」
「ティグロ。お前はリリオを引き留めると思ったが」
「そうしたいけどね。でも僕はリリオが楽しんで生きることの方が大事だよ」
「私も娘の幸福を願わないわけではない」
お父様は寄りに寄った眉間のしわをほぐしながら、大きなため息をつきました。
「しかし、心配するのが親というものだ。腹を痛めた子供なのだから」
お父様の愛情は少し歪んでいるかもしれませんけれど、ちょっとお母様に傾きすぎているかもしれませんけれど、それでも、確かにお父様は私のお父様なのでした。すれ違うことはあっても、父は私を愛してくれているのでした。私が父を愛しているように。
と、いい話風にしたいんですけれど、あのちょっと、あのですね。
困惑する私と同じように、ウルウも首を傾げています。
「あの、揚げ足取るみたいですけど、お腹を痛めたのはお母様では?」
「下らないことを言わないでおくれ」
ああ、ですよね。ちょっとした言葉の綾で
「
あまり知りたくなかった私の誕生秘話にちょっと気が遠くなりそうでした。
用語解説
・卵を食べ過ぎて早死にした詩人
コンパクトー・ファレーゴー(Kompakto Falego)。
辺境の農家に生まれ、吟遊詩人に憧れて、詩作にふけりながら放浪するようになったとされる。
師が誰であったかは判然としないが、詩からは極めて高い教養が感じられ、貴族と親しくしていた、あるいは本人が貴族であったとの説もある。
詩のモチーフとして食べ物をはじめとした庶民の身近な物事を扱い、大衆派としてよく知られる。
特に卵に関する詩が多く、本人も大の卵好きであったという。
そのため、卵の食べ過ぎで極度の肥満状態にあり、心臓を悪くして亡くなったというのが通説だった。
しかし現代の研究では、卵の食べ過ぎでそこまでの肥満に陥ることは考えづらく、また当時の風聞にもファレーゴーの体格に言及するものは少なく、そう見えるくらい卵を食べていたというのが実際のところだろう。
なお、いまのところ最も信頼できる説における最期の地は東部の農村であり、そこでは固ゆで卵を丸呑みして喉に詰まらせて亡くなった、施療師が慌てて切開したところ腹には十二個も固ゆで卵が詰まっていた、という話がまことしやかに語り継がれている。
・腹を痛めた子供
プルプラちゃん様の加護の中でも実用的なものに、子宝に関するものがある。
子供に恵まれない夫婦の間だけでなく、同性間の子作りにおいても性別の境界を「ちょいちょい」して子供ができるようにしてしまう。
その際にどのような手段が用いられるかはまちまちだが、男性が子供を孕むくらいはよくある。
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